22.公爵令嬢

(満点合格はたった二人……こんな形で悪目立ちしてしまうとはな)


 あの難易度が高い最終問題で躓いた者が多かったのだろう。

 アルバートが満点合格者から答案を返すといった時から何となく嫌な予感がしていたが、その予測は奇しくも当たってしまった。


(……まあ、仕方ない。本来ならば同期に対する良いアピールとなるんだろうけどな) 


 アルバートにスレイを晒しものにしようとかそういう意図はなく、おそらく満点合格から先に答案を返すのは通例なのだろう。

 そして、スレイはこれといって同期にアピールしたい事はなかった。平民である事を弁えて、目立たず見習い期間を過ごしたいと思っていたくらいである。 

 スレイはアルバートを見たが、彼は特に表情を変えることなく、フレデリカと同じように答案用紙をスレイに手渡した。実に事務的なものである。

 答案用紙には100の数字。このような状況でもパーフェクトの答案を見ると若干の嬉しさがこみ上げてきた。


「スレイって確か、平民の……」

「えっ、アイツが満点……」

「……あの難問を解いたって事か?」

 

 公爵令嬢であるフレデリカの時と違って、起きたのは拍手ではなくどよめきだった。

 錬金術の分野は貴族によって取り仕切られている。その分野において平民に負けてしまうなど、本来はあってはならない事だろう。

 今漂っているのは貴族たちに恥をかかせてしまったかのような空気である。特に今回筆記で不合格だった者にとっては屈辱的かもしれない。

 もっとも錬金術師試験は競争試験ではない。あくまで設定された条件をクリア出来るかどうかの試験である。スレイが満点を取った事は、他の者の合否に一切関係がないし、落ちた者は単に勉強不足なだけだった。


「平民……彼は平民ですの?」


 スレイと同じく満点を取り、一足先に答案を受け取っていたフレデリカがつぶやいた。

 信じられないといったような、呆気にとられた表情である。


「フレデリカお嬢様。今回、特別に試験を受ける権利を得た平民が居るとの噂がありました。おそらくは彼がそうなのでしょう」

「まあ、そうですの。……それにしても、あのような難問を。大したものだこと」

「生まれは知を決定づけるものではないという事です。フレデリカお嬢様もよくご存じでしょう」

「……そうでしたわね」


 小声での会話だが、スレイは耳が良いので聞こえていた。悪気はないのだろうが、その内容はナチュラルに見下されている気がしなくもなかった。

 とはいえ、教育面において貴族と平民の間に大きく差があるのは間違いのない事実なので、一般認識としては間違ってはいない。


 クロエの説明に今ひとつ納得がいっていないのか、フレデリカは広げた扇で顔半分隠しながら、スレイに対し好奇な眼差しを送っていた。

 フレデリカは少女である。だが妙な威圧感があった。おそらく敵意を向けているわけではない。

 それは言葉では説明しづらいが、上に立つ者のオーラの類のものかもしれない。あるいは両サイドに構えるドリルによるものだろうか。


(……まあ、難問があれば解きたくなるのがさがってもんだろう)


 スレイは居心地が悪そうに呼吸を止め、視線を何もない空間に向けて外していた。

 やがてフレデリカは口元を塞いでいた扇を閉じ、護衛のクロエに手渡すと、ざわめきが収まらない中、両手で拍手した。


「優れた知を示した者に賞賛を。……失礼。このような物言いは、同じく満点である、わたくしの自賛になるかもしれませんわ」


 拍手をするフレデリカが微笑を浮かべると、それに倣うように、まばらに拍手が起きた。

 彼女がそう言えば、拍手はスレイだけでなくフレデリカを含めた賞賛という形になる。もしかすると、スレイや貴族たちに対する彼女なりの気遣いだったのかもしれない。

 拍手はフレデリカの時よりも小さな音だったが、それでも多くの者が拍手をしていた。公爵令嬢である彼女に言われれば、否が応でも、そうせざるを得ないはずである。


 ただ、本心からスレイを祝福している者がどれほど居るだろうか。

 おそらくは数えるほど、あるいは全くいないだろう。多くが小癪な平民上がりがやってくれたと考えているかも知れない。

 アルバートからスレイの名前が上がった時の、微妙な空気感が全てを示している。それは何とも耐えがたいものだった。


(今後は気を付けよう。……俺の目標は、あくまで故郷に帰って錬金術師をしつつスローライフだ)


 スレイは受験者たちの拍手に対し、小さく一礼をする。

 アルバートはそのやり取りを見届け終えると、再び答案の返却を再開した。


「続いて通常合格者を発表する。……2番ジェイク。86点」


      ◇


 答案返却後、一旦、解散の流れになった。実技試験は休憩を挟み、一三時から始まる。

 不合格だった二五名の受験者は、落胆、号泣、憤慨、沈黙……発露した感情は様々だったが、いずれも午前の内に錬金術協会を後にした。


 スレイは錬金術協会の食堂で一人休憩を取っていた。

 月の輪亭は、ここからそう離れていないので一旦帰っても良かったが、うっかりベッドで昼寝でもしてしまったら大ごとである。念には念を入れて、この建物を離れないのが無難だとスレイは考えた。

 テーブルに置かれている弁当は、宿屋娘のジュリアに特別に作って貰ったものである。朝食の余り物を詰めたとの事だが、店で出している物だけあって味は確かなものだった。


(美味いな。これも変成術で作れるように……あれは)


 食堂にフレデリカとクロエの二人が姿を現した。

 まず見た目からして目立つし、彼女が姿を現すと、少し周囲がざわめくのですぐに分かった。


 するとフレデリカは、ぽつんと離れて食事をしていたスレイの方に向けてゆっくりと歩いてきていた。

 それに気付いたスレイは思わずむせ返りそうになり、セルフサービスのお茶を手に取って、つっかえそうになったものを流し込んだ。

 ゆっくりと呼吸を整える。目の前で金髪ドリルの公爵令嬢が立ち止まった。


「ごきげんよう、スレイ。同席してもよろしいかしら」

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