27.合格祝いと称した飲み会

「スレイさんの錬金術師試験合格を祝って。かんぱーい!」


 合格した日の夜。月の輪亭の食堂では慎ましやかな歓迎会が行われていた。

 参加者はスレイと、宿屋の主人マーロック、宿屋の娘ジュリア、そして大灰色狼ダイアウルフのロイドの四名。

 テーブルには料理とお酒、果汁などが人数分だけ並べられている。料理の質も普段と変わらないので、本当にちょっとした飲み会のようなものだった。

 それでもマーロックとジュリアの二人が、自発的にこういったささやかな催しをしてくれたのは、ロイドを除けば割り勘とはいえ嬉しかった。


 月の輪亭に滞在し、一カ月と一〇日ほど経っている。

 あと五日予約を入れてあるが、移転が順調ならばその日を待たずに退去する事になる。スレイとしても一カ月以上過ごしたこの宿に愛着があり、若干の寂しさはあった。

 筆記試験は満点を取れた。受験勉強を行う環境として優れていた事の証左である。その点は本当に感謝しなくてはならない。


「……しかし、寂しくなるね。もうすぐロイドともお別れか」

「本当にそうです。休みの日に時間があったら、散歩がてらロイドに会いに行きますね。随分と街外れに移るみたいですけど」


 二人して最初に出たのは使役獣であるロイドの名前である。

 スレイは思わずロイドをじっと見たが、ロイドは顔を近づけて、スレイが手に取っていたルンザの実を所望してきた。


「おい、ジュリア。お前、飲めるのかよ。まだ成人してないんだろ」

「失礼な。もう一五歳ですよ。……でもわたしは酒の混ざらないルンザジュースです。仕事中ですから」


 一五歳はセントラルシティでの成人年齢である。

 溌溂とした中にまだ幼さを残しているものの、王国の法律に則ればジュリアは大人と定義される事になる。


「……そりゃ悪かった。でもお酒は控えるのが正解だな。俺からすると二〇歳はたちになってからが丁度いいんじゃないかと思う」

「スレイ君の話は一理あるかもしれないな。隣の聖王国での飲酒は二〇歳からと聞いた事がある」


 マーロックから聖王国の名前が出て、スレイはふと聖騎士レイモンドの武骨な顔が思い浮かび、ほんの少しの間、表情を曇らせた。


「スレイ君、何か聖王国に思うところが?」


 その表情の変化にマーロックが気づいたのか、質問した。


「いや……昔の仲間に聖騎士が居て。頼れる『ディフェンダー』のおっさんだったんだが、俺の追放に関わったんだ。聖女に近づくなって」

「あ、前に言っていた聖女様絡みの話ですか。わたし聞きたかったんです」

「やめてくれ。その一件は割と尾を引いてるんだよ」

「……スレイさんって、結構カッコいいのに、割とヘタレなところがありますよね。別れ際に『俺と一緒にルーンサイドに来てくれ!』なんて台詞は出なかったんですか」


 それはスレイが一度だけ言おうと考えて、すぐ止めてしまった台詞に酷似していた。

 ヘタレというのは特に言い返す言葉もない。


「そんな事ができるなら、今からだってセントラルシティに乗り込んでいくさ。……ま、ロイド込みの付き合いだったからな」


 スレイは苦い思い出に顔をしかめながら、手に取った果実酒を呷った。


「なるほど。聖王国だと聖女は神に近い存在だからね。聖王都セイクリッドアークには数名の聖女が居るらしいが、いずれも信仰対象になっていると聞いたことがある」


 マーロックが言った事は、スレイも初耳だった。


「信仰対象……マーロックさん、それは個人崇拝って事か?」

「という事になるのかな。なんでも聖王に次いで高い位を持つそうだよ。聖痕を宿して生まれた女性は、聖女神の使いと定義されているらしい」

「そうなのか。あのおっさんは寡黙で、プライベートな話を全然しなかったからなぁ。……女神の如くか。それじゃ恋慕ではなく信仰なのかもな」


 追放劇の時にレイモンドはそれに近い事を言っていた気がした。聖騎士はすべからく聖女を称え崇敬するべき存在と。


「ところでスレイさん、また月の輪亭に来てくれますよね」

「それはもちろん。錬金術師協会が近いからな。寝泊まりはともかく食堂には顔を出すよ」


 月の輪亭は基本的には宿屋だが、この食堂はちょっとした飲食店も兼ねていて、宿泊客以外にも開放されている。

 これで二人とお別れというわけではない。本当の別れはスレイが正錬金術師となって、故郷に帰る時となるだろう。

 

     ◇


 それから二時間ほど談笑し、小さな宴は幕を閉じた。

 ほろ酔い気分でスレイはロイドと共に部屋に戻ると、ベッドに仰向けに倒れこんだ。

 ロイドは一つ大きなあくびをした後、うずくまるようにして身体を休めている。

 基本的には楽しい一時だったが、聖王国と聖女エリアの話題が出た事で、少し忘れかけてきた記憶が戻ってきた。


(女神の使いか……あの神聖術の効果を考えると、信仰対象になるのもわかる。実際エリアには、ロイドを含めて何度助けられたか分からないからな)


 身体に聖痕を宿す聖女の神聖術は、持たざる者の倍近くの効力差がある。

 歴代のSSランクパーティーの殆どに聖女が名を連ねているのはそういった理由だった。おそらく最上位の怪物と対峙した時、聖女の神聖術の力がなければどうにもならないのだろう。


 そしてもう一人。錬金術師試験で会ったノースフィールドの公爵令嬢フレデリカの顔がふと思い浮かんだ。

 今はドリルのような髪型ではなく、最後に合わせた冷淡な眼差しが強く印象に残っている。

 本来ならば、粗野な平民である自分が関わっていい存在ではないとは思うが、あの別れ方だけは後を引きそうだった。再びルーンサイドにいる間に言葉をかわす機会はあるのだろうか。


 思い浮かぶのは高嶺の存在ばかりである。

 何とも言い難い複雑な思いがスレイの心の中で渦巻いていたが、酔いと試験の疲れに任せ、無理矢理にでも眠りにつく事にした。

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