20.錬金術師試験当日

 魔法都市ルーンサイドに滞在し四〇日あまり。とうとう錬金術師試験当日を迎えた。

 スレイはこの日に備えて新調した、それなりの価格をした綿のローブに、餞別に貰った外套マントといった、シンプルな術師ルックで整えた。革靴も底がすり減ってボロボロになった物を捨てて新調した。

 魔法都市ルーンサイドではありふれた格好だが、特に目立ちたいわけではないので、こんなものだろう。


「わあ、似合いますね。術師さんみたいです」

「逆説的に今までは術師に見えなかったって事か。なら新調して良かったよ」


 宿屋の娘ジュリアがスレイの身なりを褒めたが、スレイとしてはあまりに没個性な格好で、特に良いとも悪いとも思わなかった。

 言われてみれば、今までのスレイは革製の装備で身を固めつつ、ショートソードを帯刀という、戦士にも術師にも見えない、あえて言えば盗賊とも取れる格好だった。この格好ならば今後は術師と認識されるはずである。


「取り立てて似合うとは思えないが。……まあ、この外套マントは気に入っている。親しい知人から餞別に貰ったんだ」

外套マントは質が良さそうに見えます。良い知人だったんですね」

「まあな」


 スレイは照れくさそうに笑った。

 このジュリアには月の輪亭で、一カ月半近くの間、お世話になった。

 最初は大灰色狼ダイアウルフのロイドの大きさに驚いておっかなびっくりな対応だったが、三日もすれば手慣れた様子でロイドの傍でベッドメイクをしていた。

 そして、休憩時間にたまにロイドに会いに来て、モフモフしたりもしていた。

 

「試験はいけそうですか」

「順調にいけば受かるとは思うが、試験は水ものっていうからなぁ。確実に受かるとまでは言い切れないな」


 錬金術師試験は、筆記試験、実技試験と二つに分かれ、合否の結果だけはその日の内に出る。

 午前の部の筆記試験は、一般教養、錬金術師規則、変成術の理論問題で、七割以上の得点で合格。

 午後の部の実技試験は、錬金術の基礎といえる主要金属の変成を行い、変成ランクCに該当する、銀から金への変成が出来れば合格基準に達する。

 ジュリアに水ものとは言ったが、それほど紛れの少ない試験なので、正直な処、あまり不安はない。

 

「合格したら、月の輪亭でお祝いしましょう。マーロックさんと、ロイドも一緒に」  

「それはいいな。二人の奢りか?」

「……割り勘でお願いします。ロイドの分は三人で出し合いましょう」

「ただの飲み会だな。でも楽しみにしておくよ。ジュリア、試験の間、ロイドを頼むぜ」

 

 出発するスレイを、ジュリアが手を振って見送った。

 陽気で溌剌とした娘である。この一カ月半近くは、大分その明るさに助けられた気がした。


     ◇

 

 錬金術協会にある試験会場に来ると、既に集まった受験者で賑わっていた。

 受験者は一〇代と思わしき若者が中心だが、スレイより歳を重ねていそうな年配もぽつぽつと混ざってはいた。上品な貴族服、あるいはスレイと同じようなローブを纏っている物が多い。

 中には奇抜なファッションをしている者も居た。いずれにしろ、ほぼ試験会場にいる全員が爵位持ちの家の出である事は間違いない。


「おっ……アイツが噂の平民の」


 スレイが部屋に入ると、噂話が聞こえた。

 どうやらスレイが金貨一万枚を協会に納め、錬金術師試験を受ける事は話題になっているらしい。


「俺たちより年上だな。いかにも平民って顔だが……本当に変成術を使えるのか」

「まあ、出来たとしても、せいぜい変成術Cランクだろ」

「だが、大金を納められたって事は、裕福で教育を受けている可能性もあるな」


 どうやら平民による錬金術師チャレンジは、今回の試験の話題の種の一つらしい。

 小声で話しているつもりかはわからないが、会話の内容は大体聞こえた。

 スレイは結構耳が良かったのである。 

  

(聞こえてるって。まあ、わざとかもしれないが。……つーか既に変成術Bランク認定は冒険者ギルドで受けてるんだけどな)


 王都セントラルシティの冒険者ギルドには、変成術の認定試験官が居て、スレイはそれに合格している。申請するかは迷ったが、四つのスキルをBランク以上と認められれば、万能手オールラウンダーの称号が貰えるので、それで申請を行っていた。

 今回の実技試験の方が難易度が低い。スレイは実技では全く心配していなかった。

 

 筆記試験開始まで二〇分以上もある。万が一遅れたら取り返しがつかないので当然だが、少し会場入りが早すぎたかもしれない。

 スレイは溜息をつくと、腕を組んで柱にもたれ掛かった。

 数分間、待機していると、スレイの時よりもはるかに強いざわめきが起きていた。


「おっ、天才御嬢様のご登場だ」


 入り口から現れたのは、気品のありそうな令嬢が、護衛と思わしきお供の女性を同伴し姿を現した。

煌びやかな金髪はドリル状の縦ロールになっている。

 身に付けているのは高価である事は疑いようのない上質なゴシックドレス。そして日傘。ちなみにここは屋内である。


「あれが公爵令嬢のフレデリカ様──はあ、目が覚めるような美しさだ」

「美しいだけじゃない。既に霊銀ミスリルの変成にまで至ったって話だ」

「……という事は、既に実力は上級錬金術師と同等。末恐ろしい才能だ」

 

 先程の噂話をしている三人組の男。どうやら彼女は公爵令嬢らしい。

 霊銀ミスリル変成が出来るという事は変成ランクAに到達してるという事になる。

 だが、スレイはそれよりも気になる事があった。


(──凄い髪型だな。一体どうやってセットしてるんだ)


 スレイは再びフレデリカを目で追ったが、やはりドリル状の髪型が気になって仕方が無かった。

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