19.野薔薇<ヘンリー視点>

 ブリジットの追放から一〇日後、盗賊のグレゴリーと顔合わせをする事になった。

 彼はフリーだったが、たまたまスポットで別のパーティーに参加していたらしく、顔合わせまで時間が空いた。そのお陰で色々と準備出来た事もある。

 グレゴリーは流石にガンテツほど高圧的な様子はないが、また曲者な雰囲気だった。見た目は優男であり、そして口調も優男だった。

 

「オレがグレゴリーだ。よろしくな」

「よろしく、グレゴリー。僕がローランドだ。……当然勇者の名は知っているだろう?」


 ローランドは初対面でも流石の物言いである。自己顕示欲の強さは相変わらずだった。

 最近になって特にそれが顕著だった。エリアに袖にされ続けている事で鬱屈が溜まっているのかもしれない。

 

「ああ。名高い『爆ぜる疾風ブラストウィンド』の面々に加わる事が出来て光栄だ。……特に聖女エリアの名はよく知っている。最近元気がないって噂になってたが、相変わらずの美しさで安心した」


 グレゴリーは勇者という単語には特に反応せず、代わりに聖女の名を挙げ、エリアを気遣いしつつも、彼女に色目を使った。

 真顔のままのエリア。だが、こういった冷たい表情も美しく様になるのがエリアである。グレゴリーはこういった反応に対しても満足そうに微笑を浮かべた。


「……グレゴリー。エリアにいやらしい視線を向けるな」 

「おいおい、勇者さんの女ってわけではないんだろう? ……しつこい男は嫌われるぜ」

  

 早速火花を散らせる二人。その様子を見てガンテツは爆笑していた。レイモンドは黙々と火酒ウィスキーをあおっている。 

 エリアはうつむき加減で、一瞬だけヘンリーに目配せをした。


(うん。……やはり、あのツテを頼ろう。高く付くと思うが関係ない)


 ヘンリーはブリジット追放後にエリアと相談し、一週間ほど前から最も信頼のおける知人の冒険者にアポイントを取っていた。 

 ルーンサイドまでの護衛。その為に荷物を少しずつまとめてある。

 二人は夜逃げをするつもりだった。


     ◇


「遅くなったな。『爆ぜる疾風ブラストウィンド』のお二方」


 グレゴリーの歓迎会が終わった後、王都セントラルシティにある高級料理店に姿を現したのは、緩いウェーブのかかった金髪のエルフの女性。

スタイルが抜群に良く、エルフ特有の神秘的な容貌の持ち主だった。エリアもそうだが、見栄えだけで人目を引く人物である。

  

「こんにちは。ローザさん。遅くなんてないですよ。時間ちょうどです」

「いや、一週間前から話を聞いていたからな。今は仕事を全て空けてある」


 エリアがローザと呼ばれたエルフの女性に、やわらかに微笑みながら挨拶をする。

 スタイルの良い美女二人が並ぶと絵になったが、今はその事を目の保養とする余裕はなかった。


「やあ、ローザ。久しぶり。遠慮無く好きなだけ食べてくれ。何を頼む?」 


 ローザ。王都の冒険者界隈では非常に有名な存在で『野薔薇』の異名を持つ。特定のパーティーは持たず、基本的には金貨二〇〇枚で冒険者に雇われる形で仕事を引き受ける。

 その仕事ぶりは一流である。彼女は剣技、弓技、魔術、召喚術の四つのスキルでBランク以上の認定がされている、フリーの万能手オールラウンダーの『サポーター』で、特に召喚術においてはSランクという比類なき実力を持つ。

 『サポーター』というパーティーのセオリーから外れた役割ながら、その実力と恵まれた美貌もあいまって、高コストにも関わらず、引く手数多になる程の存在だった。


「メニューを貸してくれ、自分で頼む。酒は控えよう。……それにしても、聖女と賢者、揃ってお出ましとはな。話を聞こうか」

「ああ、それじゃあ単刀直入に。言った通り君を護衛として雇いたい」

「予め言っておくが、もし『爆ぜる疾風ブラストウィンド』としての依頼なら断る」


 ローザは一拍置いて、続けた。


「立て続けにメンバー二名を解雇したらしいな。代わりにガンテツとグレゴリーといった評判の悪い冒険者を迎え入れたようだが」

「随分詳しいな。……グレゴリーっていうのは、どんな評判の男なんだ」

「好色家、と言えばわかるか。私が最も嫌いなタイプだ」


 その説明でヘンリーは察した。グレゴリーについては概ね第一印象の通りである。

 

「ああ。やっぱり、そういうのか」

「聖女によからぬ事があったと悪評が立っているぞ。……そういったチームにはスポットでも参加はしたくはない。エリア、なにもされていないか?」


 ローザが心配そうな視線を送り、エリアに確認した。

 

「大丈夫です。なにもされていません。ただ、色々揉め事が続いて気分的に落ち込んでいました」


 ブリジットが追放されてから、エリアはさらに気落ちをしてしまった。

 何だかんだで女同士という事もあってか、それなりには気心が知れた間柄だったらしい。

 そして、ブリジットが居なくなった今、エリアが『爆ぜる疾風ブラストウィンド』に留まる理由はいよいよなくなったと言っていい。


(……しかし凄い情報収集能力だ。いや、一流の冒険者ならこれくらいは当然なのか。うちの『シーフ』はブリジットだったからな)


 ローザは信頼のおける一流の『シーフ』から数々の情報提供を受けていると言っていた。

その上で悪評のあるパーティーや、実力の足りないパーティー、依頼内容に無理があると判断した場合、参加を蹴っている。当然の事だろう。

 卓越した召喚術の使い手は稀少であり、参加するパーティーや仕事を選べる立場である。正直、このようにアポイントを取って面会する事さえコネ無くしては難しい存在だった。


「それにしても『爆ぜる疾風ブラストウィンド』に、そこまで悪評が。……まあ、それはそうか。当然だ。二人追放って相当だと思う」

「ヘンリー、お前に悪い噂はないよ。『狂戦士バーサーカー』のガンテツが加入したらしいな。あいつが『爆ぜる疾風ブラストウィンド』の名前を方々で出すだけで、評判なんて底無しに沈んでいくぞ」


 ローザの台詞に、ヘンリーは思わず顔をしかめた。

 ガンテツという男は想像以上に悪名高い男らしい。


「ローザを雇いたいのは個人としてだ。魔法都市ルーンサイドまで、僕とエリアの護衛を頼みたい。二人とも近接戦闘が苦手でね。君みたいに接近戦が得意な上に、召喚で手数を増やせる万能手オールラウンダーが居ると非常に助かる」

「……そこまでの道中なら、私が必要な程ではないと思うが。夜逃げでもするのか。秘密裏にと言っていたから、そうなのかもと想像していたが」

「ああ、パーティーを抜けようと思っている。……仲間は信用出来ない。特にエリアに対し執着をしている者が一人いてね。……正直恐怖を感じている。強さだけは本物だから手に負えない。万が一の時に君の力が必要かも知れない」

「なるほど。冒険者稼業はどうする。無断でパーティーを抜けると今後に色々差し支えないか」

「僕個人としては、冒険者稼業としては、もういいかなとも思っている。生活するだけの蓄えはある」

「かの賢者とあろう者がえらく弱気だな。……エリアは?」

「パーティーに未練は無いです。……ルーンサイドに居る、スレイさんとロイドに会いたいと思っています」


 二人の返答にローザは少し考えると、もう一つだけ質問をした。

 

「どうしてスレイを追放した。『サポーター』だからか。良い狼を従えていた。腕もそれなりに良かっただろう」

「まあ、色々あってね。スレイも丁度冒険を辞めるきっかけを探していたから、強くは止めなかった」

「そうだったのか。それは知らなかったな」

「嘘ではないよ。ルーンサイドで会えたら聞いてみたらいい。……引き受けて貰えるだろうか。金貨三〇〇枚出す」


 ヘンリーはローザを雇う相場の五割増しである金貨三〇〇枚を提案した。

 高いと言えば高いが、彼女に断られる訳にはいかない。それに夢である錬金術師になる為に、金貨一万枚を必要としたスレイに比べれば大した出費ではない。


「……いいだろう。ヘンリー、お前には魔術の師事の借りもある。金貨一〇〇枚で引き受けよう。準備は?」

「……もう準備は出来ているよ。この一週間で荷物はまとめてある。もしローザが良ければ夜にでも発ちたい」

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