17.爆ぜる疾風その後2-前編<ヘンリー視点>

爆ぜる疾風ブラストウィンド』が新体制となってから一カ月。

 引き受けた三つの依頼は一応成功という形で終わったものの、いくつかの問題点が浮き彫りになっている。


 まず、人間関係の悪化による刺々しい空気。

 やはりムードメーカーの一人だったスレイ、そしてロイドが居なくなったのが大きい。今はもう一人のムードメーカーである、明るく能天気なブリジットが救いとなっている。

 人間関係悪化のほとんどの原因がローランドを中心としたものだった。彼は勇者の血統を鼻にかけ、プライドが高く、そして自己顕示欲が強い、自己中心的な性格である。

 正直いえばパーティーリーダーの器ではない。リーダーは勇者が務めるものと説き、立候補してからずっとリーダーを務めてはいるが、パーティーのまとめ役を果たす処か、むしろ空気悪化の主要因となっている。

 形だけではなく、本当の意味でパーティーリーダーの役割を果たして欲しいものだった。 


 もう一つの問題。以前から懸念していた、ローランドとガンテツのメインアタッカー争いと、それに伴う後衛への弊害。

 こちらの方は、パーティーの空気の事より、深刻で差し迫った問題である。

 そして、ついにその事でブリジットが爆発してしまった。


「ちょっと、ガンテツ!」

「……ああ? ブリジット。どうしたんだ。お前が怒ってもあんまり可愛くねえぞ。エリアちゃんなら別だけどよ。ガハハハハ」

「う……うるさいわね! 前の依頼の事なんだけど」

「前の依頼? ……なんかあったか? 依頼なら成功に終わったじゃねえか」


 ガンテツは、前の依頼でブリジットに起きた事を気にした様子はなかった。


「アンタが好き勝手暴れるから、後衛が大変な事になっているの! あたしが大怪我しちゃったのを忘れた訳じゃないわよね!」


 ローランドとガンテツは激しく戦果争いをしていた。あの歓迎会の一騒動が影響しているのは想像に難くない。今の処、抜きつ抜かれつで戦果は同数の互角である。

 二人は『アタッカー』としてSランクに相応しいだけの強さはあり、そして実力は甲乙付け難いものであった。

 

 だが、そんな争いをよそに、後衛に怪物がなだれ込む事態が表面化した。抑えが効いていないのである。

『アタッカー』の二人は、戦果争いの為か、仕留めやすい敵を仕留める事だけに集中し、前衛を掻い潜る敵に対し意識が向いていない。

 抑えは『ディフェンダー』のレイモンドの役割でもあったが、彼一人で受け持てる敵の数には限度がある。本来ならばそういう時こそ、サイドアタッカーの出番だった。


 ヘンリーはアイアンゴーレムを魔術で造り出し、後衛の護衛として配置してみたが、やはり機転が利く動作はしてくれなかった。ゴーレムに対し臨機応変に命令を指示すると、攻撃魔法の詠唱がおろそかになってしまう。

 とてもではないが、自発的に最善のポジショニングができるスレイやロイドの代わりなど到底務まらない。


 幸いなのはヘンリーとエリアはある程度、敵の攻撃をかわす技を身につけている。これはスレイから手ほどきして貰った回避の技で、杖に魔法力を籠めて敵を上手く牽制し、間合いを取る技術を二人は習得していた。

 接近戦で戦う事などないとは思っていたが、今はこれがとても役に立っている。

 まさに転ばぬ先の杖である。接近されてしまう事自体望ましくはないが、この技を残してくれたスレイに対し感謝せざるを得なかった。


 だが、ブリジットは接近戦闘が全く出来ない。現状、決して接近戦が得意とはいえないヘンリーやエリアより苦手である。

 そして、とうとう怪物に近づかれ、致命傷ともいえる大怪我をしてしまった。

 幸い戦闘終了後に、聖女の力を持つエリアの神聖術によって、傷跡が残らない形で完治したが、彼女の力がなければ死に至っていた可能性も否定は出来なかった。


「……ブリジットちゃんよぉ。争ってどっちが優れた『アタッカー』か決めろっていったのはお前だろ」

「それはそうだけど、後衛を怪我させていい理由にはならないでしょ! エリアが居なければ死んでいたわ!」

「俺様はメインアタッカーだぞ。抑えはサイドアタッカーの仕事だぜ。アイツにやらせりゃいいだろうが」


 ガンテツは不敵に笑うと、ローランドの方を見た。

 一方のローランドはガンテツを睨み付けたまま沈黙している。

 火花が散っている。お互いに自らがメインアタッカーと自負して一歩も譲らなかった。


「……ローランド様ぁ、ガンテツがこんな事いってますけど~、でも、ここはローランド様がサイドでもいいと思います。守られてみたいなぁ」

「ブリジット。僕がメインアタッカーでは不服なのかな。……勇者に脇役になれと?」

「……いいえ! 勇者であるローランド様こそメインアタッカーに相応しいです! ……ガンテツ、やっぱりアンタがサイドに回るべきだわ!」

「おい、俺様はやらねえって言ってんだろうが……怒るぞ」


 ころころ態度の変わるブリジットに、ガンテツの頭に血管が浮かび上がっているのが見えたが、ブリジットは全く気にしていなかった。

 

 そして、次に崩壊の引き金となる、禁句とも言える決定的な一言が出てしまった。

 おそらくは本音だが、どうして彼女がそれを口にしたのかはわからない。

 鈍感だった彼女がようやく彼のありがたみに気付いたのか、それとも彼を悪く言っていたのはローランドの指示で、指示を守る事を失念してしまったのか。


「……あーあ、スレイが居てくれればなぁ」


 そして、この発言が、ブリジットの『爆ぜる疾風ブラストウィンド』での活動を終了に導いた。


 空を切る鋭い音──。

 ガンテツのいかつい拳が、ブリジットの顔面を力強く振り抜いた。

 鈍い音と共に身体が浮き、地面に倒れこむブリジット。 


「……スレイがなんだって? てめぇがヤツをクビにすると言って、俺様を連れて来たんだろうが、このクソアマが!」


 ガンテツの怒号が響き渡ると、パーティー全員の視線が集中した。


「きゃあああ!」

「ブリジット!」 

「あ……うう」


 虚ろな目の視点が定まらないまま、鼻からぼたぼたと血を垂れ流すブリジット。

 脳が揺れたのか、身体をがくがくと痙攣させ、まともに立つことが出来ないようだった。


「ブリジットさん、すぐ治療します!」

「おい、ガンテツ、なにやってんだ! ……ブリジット、大丈夫か!?」


 エリアが慌ててブリジットに駆け寄って、神聖術を行使する態勢に入っている。

 そして、あまりの出来事に呆然としていたヘンリーだったが、我に返ると血相を変えてガンテツを止めに入った。

 荒事の仲裁には慣れていないが、ローランドもレイモンドも動こうとしないからである。


レイモンドが動かない理由はなんとなくわかった。彼は一カ月前からエリアの事で言い争い、ローランドとの冷戦がずっと続いている。

 その影響でローランドの賛同者イエスマンであるブリジットとも微妙に仲が悪化していたのである。もしかしたらローランドが、レイモンドを無視するようにブリジットに対し指示していたのかもしれない。


 そして気になったのが、ローランドである。

 彼はガンテツによって吹き飛ばされたブリジットに対し、冷たい視線を向けていた。

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