16.追放一カ月後

 月の輪亭を宿泊滞在地と定めてから一カ月。

 スレイは明るい朝方から昼下がりまでは、借りた部屋で錬金術試験の勉強に励み、夕方から黄昏時の、涼しくなる頃に街の外に出掛け、ロイドと一緒に散策をした。


 合間に日雇いの仕事を少し探してはみたが、結局マッチしたものは見つからなかった。そこまで真剣に探したわけではないので、こんなものだろう。

 適切なのは、これまでこなしてきた冒険者家業だが、宿を一カ月半取った手前、ルーンサイドから離れたくはない。『サポーター』としての需要も不透明である。

 結局は試験に備えて入念に準備をした方が良いと判断した。どうせSランクパーティーである『爆ぜる疾風ブラストウィンド』に所属してた頃のようには稼げない。


 数日前、月の輪亭の主人であるマーロックから貸家を所有する知人を紹介して貰い、下見に行った。

 街外れで商売的にどうかって問題はあるが、それだけに家賃が安く、街の外に近いという点は、ロイドの事を考えると非常にありがたい。

 室内でもロイドを『降伏化』しないままでも構わないとも言われたので、もし錬金術師試験を合格したらという前提で借りる契約をかわした。


 本格的にルーンサイドで錬金術師として名をあげたいわけではない。一年の見習い期間を過ごせればいいのだから、一等地でやっていこうなどという思いもない。

 平民の錬金術師って事で、ただでさえ肩身の狭い思いをしそうな予感もある。見習い解除を目的として目立たずこっそりやればいい。スレイはこのルーンサイドでも、ある程度のスローライフを享受したいと考えていた。


     ◇


(筆記試験はこの感じなら大丈夫そうだな。まあ、あくまで重きを置いているのは実技だろうしな)


 ちょうど追放一カ月目の昼下がりの事。勉強を終えたスレイは、ソファーに座ってまどろんでいた。

 目の前のテーブルには、餞別に貰った赤いルンザの実が入ったバスケットと、薄紅色の液体の入ったコップ──氷の入ったベルメ草のお茶が置いてある。

 お茶の方はスレイが変成術によって作り出したものだった。錬金術協会の受付嬢であるイライザに出して貰ったのが美味しかったので、真似させて貰っている。

 ただ、ベルメ草を作り出せるわけではない。小さな植物や果実くらいならば変成は可能だが、ベルメ草の実物の解析を終えていないからである。

 スレイが変成術で作っているのは、受付で貰ったベルメ草のお茶の複製品コピーだった。

 

「ロイド。ルンザの実、食べるか?」


 バスケットから真っ赤なルンザの実を手に取ったスレイは、近くに座っているロイドに訪ねた。

 すると、ロイドは赤い果実に近づくでもなく、じっとスレイの目を見た。

 何かを見透かすような、真っすぐな眼差し。


(おい……そんな目で見るなよ)


 スレイがパーティーを去って一カ月。

 当然エリアと別れてしまった事にロイドも気付いている。細かい事情まではわからないと思うが、スレイがパーティーを追放された事は理解しているようだった。

 ロイドはもう拗ねてはいなかった。むしろ一人になったスレイの事を心配をしているように思えた。

 その眼差しは「私はもう大丈夫だが、お前の方は大丈夫なのか?」とでも、言わんばかりである。


「……わかってるよ。全く気にしてないわけじゃないぜ。ただ、まあ、自信がなかったって事だよ」


 スレイは苦笑いを浮かべると、手に取ったルンザの実を齧りながら、もう片手でロイドのもふもふとした身体を撫でた。

 こうしていると心が安らぐのが分かった。ロイドがいるお陰で鬱屈した気持ちを発散し、穏やかな日々過ごせていると思う。

 

『一緒にこないか。ロイドも寂しがるだろうしさ』


 追放を言い渡された日。この言葉をエリアに一度だけ言いかけたが、結局止めてしまった。

 エリアが可愛がっていたロイドを大義名分にすれば、結構勝算があったのではないかと今でも思っている。

 だが、その一歩を踏み込むことはなかった。

 

 スレイが目指す錬金術師への道は、今まで築き上げたほとんどの財産を投げうつ、道楽に等しいものと言って差し支えがない。

 さらに最終目標は辺境にある故郷に帰ってのスローライフ。彼女にそれを付き合って欲しいなど、とてもではないが言えなかった。


 聖女であるエリアは、SSランクの冒険者パーティーから勧誘を受けた事のある程の実力者である。その出世へと繋がるヘッドハンティングは、彼女が拒否した事で成立はしなかった。

 彼女がSSパーティー入りを拒否した事は、嬉しかった反面、勿体ないという気持ちがあったのも事実である。

 

 神聖術でいえば聖女の証となる聖痕を身体に宿す彼女の右に出る者は、同じ聖痕を持つ者以外存在しない。

 歴代のSSランクパーティーのほとんどが『ヒーラー』役に聖女を据えていた。彼女もその栄誉に立つ資格があったと思う。 

 正直言ってしまえば、彼女はSランクパーティー『爆ぜる疾風ブラストウィンド』に納まる器ではない。もし、スレイが抜けた後、パーティーが上手くいかなくても、エリアには必ず次の当てがあり、もしかしたら今度こそSSランクのパーティーに入ることが出来るかもしれない。 

 その点を踏まえると、彼女に惹かれる理由はよくわかるのだが、ローランドやレイモンドには身の程を知るべきだとも思っている。そして、それは自らにも当てはまっていた。


(高嶺の花ってヤツなんだよ。まあ、このベルメ草のようにはいかないだろ)

 

 スレイはアンニュイな気分で、高嶺に綺麗な花を付けるというベルメ草の成分を含む、薄紅色の液体を見つめていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る