14.爆ぜる疾風その後1<ヘンリー視点>

「俺様がガンテツだ。まあ当然知っているとは思うが、よろしくなァ」


 王都セントラルシティの冒険者の酒場で、Sランク冒険者パーティー『爆ぜる疾風ブラストウィンド』に新規加入した『アタッカー』ガンテツの歓迎会が行われていた。

 歳は二八歳。パーティーの『ディフェンダー』を務める聖騎士レイモンドと同等の巨体で、スキンヘッドと顔面に縦に走った大きな傷が威圧感を強調させていた。

 体格に恵まれず少年のような顔立ちをした勇者ローランドと比較すると『アタッカー』としては非常に迫力があり見栄えのする男である。

  

「頼もしいわ。あはっ、スレイなんかより強いでしょうからね~」


 盗賊ブリジットが、調子よくガンテツを褒めた。

 

「……ああ? スレイって奴は『サポーター』だったんだろ? ソイツより強くて当然だろうが!」


 その発言はガンテツの気に触ったのか、ブリジットを睨みつけた。

 

「ガンテツ~、悪い意味で言ったんじゃないわよ。スレイを捨ててあなたを入れて正解って事!」


 ブリジットは全く意に介さずに、ガンテツを調子づかせるようにお酌をした。

 一触即発な状況なのだが、彼女はこういった危機に対し本当に鈍感なのである。この局面での能天気さは、ある意味で一つの才能かもしれない。

 冒険時もそういった兆候があり、スレイや大灰色狼ダイアウルフのロイドにたびたび助けられている事を全く気にかけていない。

 その辺り、どういった感覚で彼女の中で処理されているのか、ヘンリーは不思議で仕方がなかった。

 

「へっ、そりゃ違いねえ。スレイって奴に限らず、俺様より強い人間なんてこの世に居ないと断言してやるぜ。……パーティーのメインアタッカーになってやるから、お前らドンと構えてろや。ガハハハハハ」


 ガンテツはブリジットのお酌で機嫌を直したのか、酒を呷りながら大声で下品に笑った。

 だが強気なのは決して自惚れでなく『俺より強い人間なんてこの世に居ない』は流石に言い過ぎとしても、おそらく王国全体でも十指に数えていいくらいの戦士である。このガンテツという斧使いの戦士は王都セントラルシティ界隈では、良い意味でも悪い意味でも有名な『アタッカー』だった。

 怪物が微塵になるまで自らの負傷を厭わず戦斧を叩きつける狂暴さから『狂戦士バーサーカー』の異名を持っている。

 その異名にはもう一つの意味があるとわかった。先程も兆候があったように喧嘩っ早く、ところ構わず普段から狂暴という事である。どうやら王都セントラルシティで出禁になっている酒場も複数あるらしい。

 

「……ガンテツ。パーティーのメインアタッカーは僕だ」


 唐突にローランドがガンテツを睨み付けるように、突っかかった。

 ガンテツが独断でメインアタッカーを名乗った事に、ローランドへの挑発の意図があったかは何とも言えないが、少なくともローランドが挑発と捉えたのは間違いなかった。

 彼が普段より酒が入っている事も影響しているだろう。珍しく深酒をしたのは、スレイが去ってから数日間、ローランドに対する聖女エリアの態度が、あからさまに冷たくなったというのもあるかもしれない。


(気になってはいたが。……この二人は、どちらがサイド役に回るのだろうか)

 

『アタッカー』二枚編成のパーティーは、自然とメインアタッカーとサイドアタッカーに分かれる事が多い。

 メインアタッカーは、主に最前線に配置されて戦うアタッカーである。一人編成の場合は自動的にそうなるが、複数のアタッカーが居ると事情が異なる。

 サイドアタッカーは、主にメインアタッカーのサポートをする動きを取る。メインアタッカーが仕留められるように誘導する牽制攻撃や、時には一歩引いて後衛に敵が向かうのを足止めするといった役割である。ある意味で、ひたすら戦うだけでいいメインアタッカーより頭を使い、技巧も必要になるポジションだった。

 

 エースとなるメインアタッカーは通常は一人。

 だが、どちらが上でどちらが下という話ではない。いぶし銀のサイド役に名誉がないかと言われれば、そんな事は全くない。

 優劣があると思うのであれば、それは個人の考え方の問題である。

 ヘンリーとしては、ローランドの方がサイドアタッカーに向いているとは思った。俊敏性があり、パワータイプのガンテツよりは知恵や技巧を活かした戦闘が可能だと思っているからである。

 ただ、後衛への足止めという役割ならば、体格に優れ、壁役としての適性もそれなりに高そうなガンテツに分があるかもしれない。

 この取り決めは素人が下手に口出しせず、Sランク『アタッカー』の二人で決めるべき案件だとヘンリーは思った。

 だが、この二人は共に我が強そうだった。 


「ほう。ローランドちゃんよ……自信過剰なのは勇者の血って奴か。興味はあるぜ。そんな貧相なガタイで『アタッカー』が務まるなんて便利なモンだな」

「……何だと。ガンテツ、もう一度言ってみろ」


 一瞬ローランドの目に殺気が奔ったのがわかった。普段、怪物を眼前にした時のそれである。


「おっ、やるっていうなら、いつでもいいぜ」

 

 拳を鳴らしながらローランドを挑発するガンテツ。

 

「まあまあまあ! ローランド様もガンテツもこんな席で喧嘩はやめて! 火花を散らせるのは戦場にしましょう。二人で戦果を争って決めたらいいじゃないの~!」


 ブリジットが二人をなだめつつ、調子のいい事を言った。

 止めてくれたのはありがたいが、その止め方は良いものではなかった。二人して戦果を争うような事になると、後衛に意識が回らなくなる可能性が高いからである。

 ここはセオリー通り、どちらかはサイドに回って全体を俯瞰ふかんして貰いたいとヘンリーは思っていた。

  

 ヘンリーは青ざめた様子で片眼鏡を弄ると、聖騎士レイモンドを見た。

 普段であれば最年長である彼が喧嘩を止めてくれていた。そして彼は年齢的にもガンテツを唯一抑えられそうな人物でもある。

 だが、レイモンドは黙々とショットグラスの火酒ウィスキーを飲んでいた。我関せず、穿った見方をすれば、もっと争えとでも言いたげな雰囲気である。

 止めない理由はわかっている。先日からローランドとレイモンドは微妙な空気になっていた。

 原因はおそらく聖女エリアに対する恋慕の事である。

 どうやら、あのスレイ追放の後もサシで言い争いがあったらしく、あの日からローランドとレイモンドが会話をしているのを見ていない。

 

 続けてヘンリーは、その本人の意思を無視した争いに巻き込まれたエリアを見たが、彼女は何処かつまらなさそうな無表情だった。

 目に光が宿っていない。先程のローランドとガンテツの争いにも全く反応していなかった。勝手にやっててと言わんばかりである。

 普段は御淑やかな彼女だったが、宴会の時は少し明るく上機嫌だったのを覚えている。

 スレイが居たからだろう。そしてよく可愛がっていたロイドが去った事のショックから立ち直れていない。

 何とかしてやりたいとは思うが、彼女の本当の想いだけは、どうにもならないものだった。


(……思っていたより、まずいのかもしれない)


 ヘンリーは自らの力不足を実感していた。賢者やら天才やら称えられても、自らにはリーダーシップという能力が備わっていない。

 スレイが抜けた時に自らも抜けるという選択肢があったはずである。だが、そうはしなかった。再びこれ程の実力のあるパーティーが結成できるかはわからないからである。

 優柔不断かつ、どっちつかずな性格である。我が事ながらそれにうんざりしていた。


 まずはしばらくパーティーが機能するか見る必要があるが、もしどうしても歯車が噛み合わないのであれば、恨まれるのを覚悟で意見をする必要があるかもしれない。そんな事を考えていた。

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