13.錬金術協会受付嬢

「……と、こんな感じで問題ないかな?」


 受付に戻ったスレイは、特別許可証の申請と、錬金術師試験の申込用紙の記入を終えて、イライザに提出した。

 書かれた内容を入念にチェックするイライザ。タイトな制服に身を包み、うつむいたまま仕事をしている姿はとても様になっている。


「……はい。問題ありません。こちらが先程の金貨の領収書です」


 手渡された領収書には一〇,〇〇〇金貨と記されている。複雑な模様の紙に錬金術協会の刻印が施されていた。印には偽装防止としてあらゆる魔法を排斥する反魔法処置アンティマジックが施されている。この効力は変成術も例外では無い。

 受け取ったスレイは、ようやく肩の荷が下りた気がした。五年間に渡って蓄積し続けていた一財産がついに手元から離れたからである。

 この事は『亜空間部屋サブスペースルーム』に置かれていたとはいえ、心理的には結構な重荷だったのだと十分に実感できた。


「それと、教本と問題集の貸し出しの許可がアルバートさんから下りています。持っていて下さい」

「遠慮なくお借りします。……スレイが感謝していると伝えて貰えますか」

「わかりました。悪い人ではありませんが、とても規律には厳しい方です。十分に注意してくださいね」


 規律に厳しいとはアルバート本人も口にしていた。雰囲気からしてもそうである。

 決して悪い事ではない。錬金術師というのは、規律に厳しいくらいが丁度良いとスレイは思っている。特に幹部となれば尚更の事だろう。

 

「スレイさん、お疲れさまでした。……あの、お茶飲みますか?」

「……貰ってもいいですか」

「もちろんです」


 ちょうど喉が渇いていたので、スレイは遠慮なく貰うことにした。

 席を外したイライザは、数十秒後、笑顔で氷の入った薄紅色のお茶を手に戻ってきて、スレイの目の前のカウンターにコップを置いた。


「まずは飲んでみてください。気に入ると思います」


 言われたままコップを手に取ってお茶を口にすると、氷で冷却された液体が身体を活性化させていくのを感じた。そして複雑に混ざり合った苦みと甘味、酸味が口内に伝わっていく。


「……これは美味しいな」

「ベルメ草を煎じたものです。集中力を高め、香りにはリラックスの効果もあるとか。飲み過ぎると眠れなくなるので要注意ですが」

「これは、イライザさんが?」

「はい。準備しておくのが私の仕事になっています。協会にベルメ草のお茶が好きな人が多いんですよ」

「喉が渇いていたから丁度良いタイミングだったよ。ありがとう」


 スレイは氷だけになったコップをカウンターに置くと、イライザを褒めた。

 

(初めて飲んだが本当に美味いな。──高嶺でしか採取できず長期保存も効かないべルメ草のお茶か。普通ならばルーンサイドでは手に入らない)


 都会では貴重となる野草のお茶でも、分析し変成術を駆使すれば造り出す事は可能である。

 氷も魔術から水を冷却する事で作り出せるが、変成術ならば等価交換でもっとスマートに作り出す事が可能だった。

 そして彼女が準備したという事は、おそらくはイライザも変成術の心得があるという事になる。

 貴族か富豪の娘。こんなうっかりさんでも、生まれ育ちは良いという事だろう。

 よく見るとかなり気品のある顔立ちの美人だった。貴族の家柄という事は納得が出来る。


(貴重なものを容易たやすく作り出せる事は、危うさの証明でもある。──ことわりの破壊者か。錬金術師を毛嫌いする人間がいるのも無理もないな)

 

 変成術の可能性は無限大だとスレイは思っている。

 このコップにある氷だって一般的には貴重なもので、つまりは水を氷塊に変成して売るだけでも商売として成立する。

 等価で物を失うのに儲けが出るのか、という問題は、やりようによってはいとも簡単に出るというのが答えだった。


 そして無限の可能性がある故に危険も秘めている。

 変成術によって金銭のやり取りが行われる商売を行う事は、錬金術師の資格がない限りはこの国では許可がされていない。もし発覚すれば重罰である。

 錬金術師の資格を、貴族や富豪など限られた者にしか与えたがらない理由もわからなくもなかった。


 スレイとしては、これで理を破壊するような大儲けしたり、名を世界に轟かせたいなど考えていない。

 辺境に置かれ利便性の低い故郷を手助けしつつ、のんびりと錬金術師として仕事を請け負いながら過ごせれば良いなと思っている。

 変成術を使えば大抵のものは揃えられるが、のどかな風景だけは等価交換では手に入らない代えがたいものだった。

 なにより故郷ならば、大灰色狼ダイアウルフのロイドをのびのびと放し飼いも出来る。もう自分の中ではその事が第一義かもしれない。

 王都セントラルシティや魔法都市ルーンサイドみたいな都会が嫌いなわけではない。だが、スレイのスローライフに対する憧れがそれを上回るという話である。


「そういえば、気になっていたのですが、スレイさんの肩に止まっている動物……」


 イライザがスレイの肩に止まっていた、小さな可愛い獣に視線が向かっていた。

 

「ああ、ロイドという。大灰色狼ダイアウルフが『降伏化』した姿だよ。俺は一応、使役者テイマーでもあるんだ」

「可愛いですね~……ロイドちゃんをモフモフして愛でていいですか?」 

「それは駄目だ」


 目を輝かせているイライザを制し、スレイはきっぱりと断った。


「……残念です」


 顔を落とし、ポニーテールを揺らして落ち込むイライザ。スレイはこの光景に何か既視感を覚えていた。


「イライザさん、俺は意地悪してるわけじゃないよ。この姿のロイドは、そういう事すると本当に機嫌悪くするから。……元の姿ならモフモフしても喜んでくれるんだけどな」

「ロイドちゃんの元の姿……見てみたいです」


 再び目を輝かせるイライザ。実にころころと表情を変える女性である。

  

「この空間で『降伏化』を解除するのはまずいんじゃないかな。……また機会があったら」


(エリアみたいな反応だなぁ。美人受付嬢も惹きつけるとはロイドめ。……そういや、あいつら元気でやってるかな)


 スレイはパーティーを組んでいた『爆ぜる疾風ブラストウィンド』の仲間の事を思い出した。

 王都セントラルシティを旅立ってから三日目。きっと後釜のガンテツと顔合わせは終えているはずである。

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