9.餞別とこれからの予定

「魔結晶……スレイさん、こんな大粒なものを」

「……スレイ。君だって入り用じゃないか。餞別に渡した品物との、つり合いが取れない」


 スレイがエリアとヘンリーに渡した宝石は魔結晶と呼ばれるもので、消費するMPマジックパワーが足りなかった場合、宝石がMPを肩代わりしてくれるという効果がある。

 MP切れを起こした時の、いざという時の備えとしては非常に有用なマジックアイテムだった。


 MP回復用にはマジックポーションと呼ばれるものが一般的だが、これは遅効性で効果が完全に発揮されるまで何十分もかかり、戦闘中にがぶ飲みしても長期戦を除いては手遅れであり、飲み過ぎ自体身体にも相当な負担がかかる。

 だが魔結晶なら、宝石からMPを借りる形で、MPを切らした時でも問題なく魔法を行使する事が可能だった。

 優れた魔法の使い手である二人には、いくつ備えがあっても損はない。

 

 使えば使うほど魔結晶は小さくなり価値と共にMP残量が目減りしていくが、二人に手渡したのはかなりの大粒のもので、これ一つだけでも、金貨百枚分以上の価値がある。

 二人に渡された外套マントとルンザの実のバスケットも上質なものだったが、ヘンリーの言う通り、価値の面でのつり合いは全く取れていなかった。


「言うな。俺はこれから安全圏で暮らす予定の身だ。もしお前たちが引退した時に、それが手元に残ってて、俺に会うことがあったら返してくれ」

「あの……必ずこの魔結晶はスレイさんに返しに行きますから!」


 エリアが大きな声を出すと、スレイが両手を広げてそれを諫めた。

 

「おいおいまてまて、必ず返そうという意気込みはかなり間違ってるぞ。この手の消耗品を使い惜しみされて死なれても困るんだよ」

 

 魔結晶はいざという時の備えである。貴重品ではあるが、いざという時には使って貰わなければ意味がない。

 魔結晶の消耗を惜しんで抱えたまま命を落とすなど、愚か者のする事である。


「……仕方ないな、これなら自動で発動するから気にしなくて済むだろ」


 スレイはわざとらしくエリアに対し呆れ顔でつぶやくと、あらかじめ用意してあったネックレスをポケットから取り出し、エリアに雑に手渡した。


「『身代わりのネックレス』だ。致命傷を受けた時、一度だけ身代わりになってくれるって代物だが……まあ、本当にやばい時は、立て続けに二回やられて終わりだがら、気休め程度のものだな」


 これもまた、相当な高価なものである。

 これらの餞別を二人に渡そうと思ったのは、今までお世話になったという事もあるが、追放の賛否の時に賛成に投じなかったお礼のようなものだった。

 あの覆らない状況で中立を告げてくれたヘンリーには魔結晶一つ、最後まで反対をしてくれたエリアにはさらに身代わりのネックレス。

 スレイは一応、建前上はそういう事にして、感情を処理した。

 深い部分にある本音を言えば、エリアの今後の事が少し気にはなっていたが、それを口にはしない。


「あの……高価な物だとは思いますが、スレイさんからの贈り物なら欲しいです。……本当に私が受け取っていいのですか」

「いいから持っていってくれ。拒否られたら恥ずかしいだろうが。……もう、この時点でかなり恥ずかしいんだがなぁ。……誰かに、俺から貰ったとか余計な事は言うなよ」


 スレイが忠告すると、エリアの感情が溢れ出したのか、うつむきながらスレイに身を預けてきた。

 やわらかな心地よい感触が伝わり悪い気はしなかったが、スレイは名残惜しさが残ってしまう前に身体を離した。


「スレイ、もし返しにいくとしたら、君の故郷でいいのかな? ……かなりの辺境だったと記憶しているけど。名前は何て言ったっけ」 

「いや、最低でも一年以上はルーンサイドに滞在すると思う。……まあ、そんな短期間で『爆ぜる疾風ブラストウィンド』が解散したりしてたら流石に悲しいが」

「ルーンサイド? 近場じゃないか。それなら、また会えるかもしれないね」 

「ああ。実はすぐ独立の許可は下りないんだ。いずれは辺境にある故郷で、変成術を合法的に使いつつ、スローライフっていうプランを考えてはいるんだが、そこに辿り着くまでは最低でも一年以上かかりそうなんだよ」


 スレイが面倒くさそうに頭をかいた。錬金術師になるのも平民は大変だが、さらに道のりがあった。


「試験に合格すると見習い錬金術師になれる。だが見習いの内は、錬金術協会本部のあるルーンサイド以外で店は出せない。ルーンサイドで監査を受けて正錬金術師として合格すれば、晴れて正式な錬金術師だ」


 スレイはさらに続けた。


「そして、見習い解除の為の監査は最低一年かかる。普通は見習い錬金術師の内は、錬金術師の店の助手をするって形になるのが大半らしいがな。俺にはそういうツテがない。赤字覚悟で店を開く事になると思う」

「それは大変そうだね。……本当に貰って良かったのかな。今後も出費ばかりのようだけど」

「余裕とまではいかないが、心配されるほどじゃない。……つーか錬金術師試験も、もう少しだけ先だから、しばらくは無職か、あるいはバイトでもしながら受験勉強に励む事になりそうだな」


 魔法都市ルーンサイドは、この王都セントラルシティの衛星都市で、徒歩三日と近い距離にある。

 実の処、すぐさま会えないくらい遠くに行ってしまうわけではなかった。


「……あの、それでは……ルーンサイドまで、ロイドに会いにいってもいいですか? もふもふしたいです」

「もちろん。ロイドも喜ぶだろう。まあ近いといってもルーンサイドまでは片道三日かかるから、頻繁にって訳にはいかないだろうけどな。もし、パーティーに長期休暇があった時にでも来たらいいさ」


 最後にスレイは付け加えた。

   

「……もし『爆ぜる疾風ブラストウィンド』の事で、本当にどうにもならない事があったら、ルーンサイドに来てくれ。隠居の身になっていると思うが、出来る事があれば相談に乗るし、力を貸す」


     ◇


「……それじゃあな。冒険の無事を祈ってるぜ」


 スレイは二人に別れを告げると、ロイドを伴い、五年もの間、生活の中心としてきた王都セントラルシティを後にした。

 目指すは錬金術協会のお膝元である、魔法都市ルーンサイド。

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