8.見送り

 翌日。スレイは『爆ぜる疾風ブラストウィンド』の住家から退去する日を迎えた。

 ローランドとブリジットに急かされての急な退去となったが、スレイとしても、これ以上、二人の顔は見たくなかったので丁度良かった。

 

 スレイは腰にショートソードを差している事を除けば手ぶらだった。後は使役している大灰色狼ダイアウルフのロイドを従えているだけである。

 当然、何も持たずに退去するわけではなく、既に荷物はまとめてあった。『亜空間部屋サブスペースルーム』の魔法によって、総計一五〇キログラムまでのアイテムならば、亜空間で管理できるからである。


(……やっぱり『亜空間部屋サブスペースルーム』を習得しておいて正解だったぜ。お気に入りの家具まで持っていけるのはありがたいな)

 

 『亜空間部屋サブスペースルーム』の魔法の行使には、魔術Bランク以上を必要とするが、スレイは『爆ぜる疾風ブラストウィンド』の在籍中、二年ほど学習を続け、何とか魔術Bランクまで辿り着き、そして魔術の学習を打ち切った。

 平民の出自の為、学習機関で高度な学習を受けられず、ほぼ独学という事を考えると、二年間の片手間で魔術Bランクまで到達できたのは驚異的だとヘンリーは言っていた。

 

 この魔法をスレイが習得した事により、『爆ぜる疾風ブラストウィンド』の荷物運搬の利便性は大幅に向上した。

ヘンリーの『亜空間部屋サブスペースルーム』と合わせ、三〇〇キログラムの積み荷を亜空間に放り投げて回収出来たからである。彫像のように巨大な調度品を遺跡から回収するには、基本的にこの魔法が使えないと厳しいといっていい。

 そしてスレイが去り、亜空間での管理が総計三〇〇キログラムから、一五〇キログラムに減るのは地味に痛手かもしれない。

 後はスレイの後釜である怪力そうなガンテツが、どれくらい荷物持ちを受け持ってくれるかどうかである。


     ◇

 

 スレイの見送りに来たのは、エリアとヘンリーの二人だけだった。

 エリアは何やら大きな布を手にして用意している。


「これは外套マントか。……わかってないな。俺はおしゃれで、ぼろぼろの外套マントを使ってるんだぜ」

「……スレイさんは、きちっとした身なりの方がカッコいいと思います」

「絶対ダメージ外套マントのブームがくる」

「……錬金術師になったら、身だしなみは気にした方がいいと思うよ」


 スレイが照れ隠しの言い訳をすると、エリアとヘンリーがツッコミを入れた。

 今使っている物よりも、かなり上質な外套マントである。

 こう言った以上、今すぐには着用しないが、二人と別れた後に着替えようとスレイは思った。


「これはロイド用だ。もちろん君が食べてもいいが」


 ヘンリーが手渡したバスケットは、保存の効く赤いルンザの実が山ほど入っていた。家庭の食卓によく上がる事も多い、この国ではメジャーな果物で、大灰色狼ダイアウルフのロイドの大好物でもある。

 果実の色合いからして、甘味が豊富で栄養価が高い、贈答用の上質なものだった。

 

「こりゃありがたいな。俺も道中、いただくとするよ」

「……ところでお別れなのに、こんな事言うのも難だけど一応伝えておこう。……昨日、こういう事があったよ」


 ヘンリーが嫌な事があったと言わんばかりに表情を硬くさせると、スレイは怪訝な表情を浮かべた。

 また何か、スレイの追放劇に関わる事で、何かしらの問題があったのだと直感させた。


     ◇  

  

「……マジか。おっさんが反対してくれて助かったぜ。アイツらなりふり構わんなぁ」

「流石にそこまでする権限はないよ。仮にレイモンドが賛成して賛成多数になってもね。一度分配したマジックアイテムの権利を主張して取り上げるなんてあり得ない」


 勇者ローランドと盗賊のブリジットが、スレイの所有するマジックアイテムは『爆ぜる疾風ブラストウィンド』の共有財産だから没収するべきだと主張したらしい。

 エリアにヘンリー、それと追放に賛成したレイモンドも、この件は反対に回ったので、多数決の反対により渋々諦めたとの事である。


「……ローランドの君への嫌悪感はかなりのものだと感じた。今まで相当恨みを募らせていたらしい。もう彼とは関わらないとは思うが、気をつけてくれ」

「根暗なやつめ。今思えば、そういう節を感じた事はあるっちゃあるが。……爽やかな顔して、わからないものだな」


 うんざりした表情でつぶやくスレイに対し、エリアが申し訳なさそうにうつむいていた。


「……私が悪いんです」

「悪くない。ローランドと付き合ってればこんな事に……なんて下らない事は考えるなよ。……エリアがそうしたいっていうなら別だが」

「したくありません」


 きっぱりとした冷たい声で、エリアがつぶやいた。明確な拒絶とも取れる声。

 ただ、肝心のローランドはこの場に居ない。


「……そう、はっきり言っていれば良かったです。言えなかったのは、正直いうとローランドさんが時々怖かったので」

「無理はするなよ。はっきりした拒絶っていうのも、どうなるか予測つかないからな。プライドが高いヤツだから、何かが弾けるかもしれない」


 ローランドがエリアを無理矢理に、というイメージが一瞬思い浮かび、スレイは顔をしかめて、その思考を霧散させた。

 流石にそこまではするとは思わないが、絶対にしないかというと、また言い切れない執念を追放時から感じていた。

 

「……ったく、先行き不安だな。受け取るだけっていうのは性に合わない。お前たちには見送りのお礼として餞別をくれてやるよ」


 スレイは内ポケットをまさぐると、二粒の結晶を取り出した。

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