5.錬金術師の夢

「ワゥ!」


 ロイドはエリアに近寄って、餌を求めるように舌を出した。

 普段ならエリアは餌を持参してくる事が多かったが、今回はおそらく準備していないだろう。


「ごめんなさい、ロイド。今日は餌は持ってないんです。……もふもふもふもふ」


 エリアが恍惚とした表情でロイドの身体の毛並みを楽しむと、餌を持ってない事を怒ったりはせず、エリアにされるがままになっていた。賢い狼なのである。

 死の淵に居たロイドを治療したのはエリアの神聖術の力だった。お互いに気に入るのは当然の事だろう。

 だがそれも、もうじきお別れという事になってしまう。追放という形とはいえ、引き離してしまう事になる点は本当に申し訳ない気分だった。

 思えばロイドを通じて、エリアがスレイに話かける事が多くなったかもしれない。


(……って事は、間接的に追放の引き金を引いたのはロイドって事か? パーティーの姫を射止める罪な狼だな)


 スレイは責任転嫁するように、しかめっ面でロイドをじっと睨んだが、事情を知らないロイドは当然、意に介する事はなかった。


「エリア。さっきの話だが仲直りっていうのは無理だ。……ああも、こじれてしまうとな。それより俺は『爆ぜる疾風ブラストウィンド』の今後が心配だぜ」

「……どうしても仲直りは無理ですか」

「どうしてもだな。正直お前がロイドを気に入っているのは知ってるから、心苦しい処ではあるんだが。こればかりは使役者として契約を結んでいる俺しか連れていけないからな」


 スレイが頭を掻きながら伝えると、エリアはずーんと落ち込んでしまった。

 今回の追放劇に責任があると思っているのかもしれないし、何よりロイドとのお別れが辛いのかもしれない。

 当然、彼女に責任はない。責任があるとしたら彼女に勝手に振り回されてしまっている連中である。


「スレイ。居るかい?」


 ノックと共に、聞こえてきたのは、賢者ヘンリーの声だった。


「おう。ヘンリーか。入ってくれ」

「……おや、エリアも居たのか。……スレイ、先程はすまなかったね」

「いや。……ヘンリー、お前、中立なんていうから、ブリジットに目をつけられてたぞ。こっそり謝りにくるなら、どうせ追放は決定なんだから、あの場は賛成に回ればいいだろうが」

「ははは、彼女にどう思われても何とも思ってないから」


 ヘンリーはきっぱりと告げた。

 魔術と神聖術、体系の異なる二大術式をAランク認定される者だけに与えられる『賢者』の資格を持つ術師は世界でもそう多くはない。元より格が違うのである。

 ブリジットは、何となく見下せる立場に居た『サポーター』のスレイが消えた事で、自分がヒエラルキー最下層である事を、これから嫌という程分からせられると思うが、そんな些末な事はスレイにとってどうでも良かった。


「正直言うと、スレイが抜ける事は残念、というより損失だ。六人目シックスマンとして相当優秀だったからね。君は」

「随分と俺を高く買ってるな。精一杯頑張ったつもりだが、所詮はBランクのスキルを複数持ってるだけの男だぜ。本物の賢者様に褒められるのはくすぐったいな」

「まあ、単純に考えてくれれば分かると思うけど、スレイとロイドが消えると、中衛の壁を二枚失う事になる。……守られていた身としては、ちょっと先行きが心配だ。僕がすぐに『爆ぜる疾風ブラストウィンド』を辞めることはないけど、今までのような安定は崩れるかもしれない」


 ヘンリーは理知的な分析をもって、片眼鏡に手を触れながらつぶやいた。

 彼は心に乱れがあると、しきりに眼鏡の位置を直そうとする癖があった。

 どうやら、心からスレイの追放は由々しき事態だと思っているらしい。


 もっとも前衛と後衛ではスレイの評価が全く異なるのは当然の事かもしれない。

 ヘンリーはスレイとロイドに助けられる事が多々あり、恩恵を身に染みている立場だからである。

 同じような立場で何も感じないブリジットが特殊すぎるのである。


「……ヘンリーさ~ん。どうして反対してくれなかったんですか」


 ロイドの身体にうずくまったまま、エリアがとろけたような声で恨み言を呟いた。


「まあ、それは僕が日和見野郎という事で。……後は、スレイが辞めたがっていたと思ってね」

「えっ? スレイさん……どうして」

「以前言っていたね。錬金術師になるのが夢だって。それを果たそうとしているのかい?」


 ヘンリーの指摘に対し、スレイが頷き、その質問が事実である事を認めた。


「ああ。錬金術師になろうと思っててな。今からなら年一度の試験に間に合いそうだし丁度いい。ようやく幼い頃からの念願が叶う」

「あの……錬金術師って、貴族たちが独占しているという職業ですよね」


 エリアがロイドをもふりながら、スレイに質問した。 


「そうそう。変成術を使って銅や銀を金に代えたりっていう胡散臭いお仕事だ」


 変成術とは物をある法則に従って作り変えてしまう魔法である。

 物を別の物に置き換えたり、二つの物を一つに合成したり、錬金術と呼ばれるものは変成術を以って行われる。

 ただ、好き放題に物を作り変えられるわけではない。

 例えば金を作り出すには、単純な手法だと、その一〇倍の銀が必要となる。これは金銀の交換レートであり、何の工夫もなければ、あくまで等価交換的な色合いが強い魔法だった。


「でも……どうしてスレイさんが、錬金術師を志そうと? 貴族でもないのに」 

「良い質問だ。この分野は貴族の専売特許でな。爵位持ちの貴族しか錬金術師にはなれねえ。……だが、平民でも錬金術師になれる道があるんだよ」


 スレイはエリアの質問に対し、不敵に笑った。

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