4.大灰色狼

 スレイはSランク冒険者パーティー『爆ぜる疾風ブラストウィンド』が拠点としている共同の住家にある自室の荷物をまとめていた。


(……呆気ない幕切れだったが、俺ももう二〇代半ばだ。丁度良かったと言えば良かったとも言える)


 近々冒険者を引退したいとは漠然と考えていたが、こういった形での幕切れはすっきりしない気分だった。勇者ローランドを主導とした、追放劇が起きる前に先んじて言うべきだったかもしれない。

 そして以前からエリアに執着していた勇者ローランドや、能天気な女盗賊ブリジットはともかく、寡黙な職人だと思っていた聖騎士レイモンドが、ああいった事を言い出したのは少しばかりショックではあった。

 その点は勝手にストイックだと思い込み、勝手に俗物とわかって落ち込んだという身勝手な物であり、どうという話ではない。

 ただ、今後エリアが聖騎士に対してどういう感情で接するのか、それとローランドとレイモンドの確執はどうなるのかと考えると、何とも後味の悪いものが残されたという思いはあった。


(俺に責任がある状況だったのか? ……まあ、もう関係ないか。追放する側じゃなくてされる側だからな)


 この部屋は後釜の誰かが使う事になるのだろう。自らに代わる補充人員は誰なのかと思ったが、最早それを気にする必要もなくなりそうである。

 もしローランドの意向でスレイを追放したいだけだったとしたら、しばらく五人編成で続けるかもしれない。

爆ぜる疾風ブラストウィンド』はスレイが抜けても『アタッカー』『ディフェンダー』『ヒーラー』『マギ』『シーフ』とオーソドックスな構成になっている。パーティーとしては成立するのだ。


(いや……流石にそれは難しいか。前衛を突破した敵を捌く役が必要だ。後衛陣の接近戦闘能力の問題がある)


 『爆ぜる疾風ブラストウィンド』の欠点は、接近戦をこなせない者が三名居る事である。

 それは本来ならば、ある程度身のこなしが利く『シーフ』が受け持つべき役だった。

 『ヒーラー』や『マギ』でも、ある程度接近戦の心得がある、いわゆる神官戦士や魔法戦士もいたが、聖女エリアも賢者ヘンリーも接近戦は不得手である。

 この二人はそれぞれが魔法の腕がそういった欠点を補うくらいに優れているので、仕方のない事だろう。問題は『シーフ』としてもBランク止まりであり、接近戦はからっきしのブリジットである。

 今までの経験を踏まえると五人体勢でやっていくのは難しい。サイド役となる『アタッカー』あるいは『ディフェンダー』を増員する事になるのではないかというのがスレイの推測だった。


(まあ、何とかなるだろ。俺みたいな半端ものが必須なんていうほど傲慢じゃねえ。……流石にブリジットの馬鹿はパーティーの穴だから、何とか回避技術だけでも訓練させた方が良いと思うけどな)


 そんな事を思いつつ、スレイは自分の役割が終わった事を理解した。所詮はいかようにも代わりが効く『サポーター』なのである。

 どうとでもやっていけるだろう。ブリジットを除けばSランクに相応しい実力は個々にある。


「ロイド、お前にも迷惑をかけたな。……もう戦わなくていいからな」


 スレイが部屋の隅に居座る、使役獣である大灰色狼ダイアウルフのロイドに話しかけると、すり寄って来ておねだりをしてきた。

 スレイが頭を撫でてやると、気持ちよさそうに首を振り、舌を出しながらしゃがみこんだ。


「……お前には随分お世話になったな。いや、これからも世話になるぜ」


 ロイドはとても人懐っこく、賢く、美しい灰色の毛並みを持ち、そしてなにより高い戦闘能力を持っていた。

 スレイのBランク相当の使役能力で、使役難易度Aの大灰色狼ダイアウルフに主人と認めて貰えたのは、スレイにとってとても幸運な事だった。

 使役難易度Aの大灰色狼ダイアウルフを使役できたお陰で、スレイは使役ランクAの認定を受けているが、他の大灰色狼ダイアウルフを使役しようと頑張っても無理だろうと思った。


(そういやエリアは、ロイドの事を偉く気に入っていたなぁ。コイツのモフモフも、連中の嫉妬の原因かね?)


 エリアは休暇中、よくロイドに会いにこの部屋に来た。餌やりをしてモフモフを楽しんだ後は、きまって上機嫌で帰っていった。

 ロイドがエリアとの触れ合いを受け入れているのは、荒野で野垂れ死ぬ寸前の処を、エリアが神聖術によって治療を施したという経緯があった。

 そして、おそらくそのお陰でスレイはロイドに主人と認めて貰えている。そういう意味では、スレイが父親代わりで、エリアが母親代わりみたいなものかもしれない。

 

 前衛を突破された場合は、主にスレイとロイドで共に応戦し、ほとんどのケースで上手く後衛を守り切る事が出来た。ロイドの戦闘力はスレイより上で、Aランクの『アタッカー』と同程度、あるいはそれ以上の実力があり、タフネスを考えると『ディフェンダー』としての役割も十分にこなせる、正直スレイには過ぎたる使役獣である。

 そして、いざという時は、後衛の仲間を背に乗せて、緊急退避なども器用にこなした。

 

「スレイさん!」


 スレイの部屋にノックもせず飛び込んで来たのは、聖女エリアだった。

 薄紫の長い髪を振り乱し、手を膝に当て前屈み気味になり、顔面蒼白で息を荒げている。

 前屈みによりたわんだ純白の聖衣から、豊かな二つの双丘が襟から覗かせていたが、今それを指摘するべきではないと思い、スレイは視線をわずかに外した。彼女はこういった処では天然かつ迂闊な隙が結構見られる。


「エリア、嫌な思いをさせて悪かったな。馴れ馴れしいなんて誤解だと思うが、アイツらは頑なだから信じないだろう」

「いえ……それはきっと私のせいです。……あの、撤回してもらえるようにもう一度お願いしてきますから。スレイさんも一緒に」


 流石にそれは勘弁してくれといった表情で、スレイは顔をしかめた。

 もう信頼は損ねてしまった。覆水盆に返らずである。あの状況から元通りなんて心境的にも不可能に決まっている。

 何より命がけの仕事で何となく仲直りした気になって、梯子でも外されたら怖くて仕方がなかった。

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