6.たった一つの強引なやり方
「貴族ではない平民でも錬金術師になれる、たった一つの方法。……たまに富豪のお金持ちで、錬金術に興味を持つ奴がぼちぼち出てくる。それで独占主義かつ排他主義の錬金術協会としても、そういうまるまる太った美味しい連中は引き込んでもいいかなーって思っちゃったりするわけだ。どうせ商人じゃ大した変成術は使えないだろうし、そういう金持ちとはパイプがあって損はないからな」
楽しそうに笑いながら解説するスレイに、エリアは真面目に考えた素振りを見せて、やがて思った事を口にした。
「富豪……スレイさん、もしかしてお金を積んで解決するのですか?」
「
もちろん全く公平ではない。ただ、生まれ判定で残念な結果に終わった一般人でも、可能性はゼロではないよという一応のアピールである。金貨一万枚をあぶく銭とする事が出来る平民は1パーセントを軽く切り、ともすれば0.1%あるかないかといった処だろう。
建前としては長年、貴族連中が莫大な投資をして、錬金術という分野を開拓発展させてきたのだから、他の身分のものはその補填をしろよという事の説明が、非常に回りくどく規約に書かれていた。
「まあ。……そこからは試験をパスしないといけないが。変成術はBランクまでこっそり修練したから試験は通るよ。たまにお前たちに飯を振舞ってやっただろ。あれも変成術で食材を料理に変成したものだ」
「……あ、スレイさんって料理が上手だと思っていましたが、そういう事だったんですね」
「そういう事だったんだ。素では料理はあまり上手じゃないな。変成術でお手軽に作った方が楽だからさ。錬金術師じゃない者が、変成術で商売する事は禁止されているが、身内に振舞うような、金銭や商売的価値が発生しない範囲の使用なら問題はない。……こんなとこかな」
スレイが語り終えて一息つくと、エリアもヘンリーも驚いていた。
エリアはともかくとして、ヘンリーがそういった反応を示したのは意外だった。
彼は変成術および錬金術関連の事は全くの専門外である。平民が志す場合、そこまで大金が必要になる事は知らなかったのかもしれない。
「金貨一万枚……それは知らなかった。スレイ。開店資金で貯金しているのかと思っていたけど、それ以前にこんな莫大な費用が必要なんて」
ヘンリーが少し引いたような表情で告げた。彼は子爵の家の生まれの貴族であり、仮に自分がその立場だったらそういった費用が一切かからないので、他人事ながら申し訳なさを感じているのかもしれない。
「かかるんだよ。質素倹約に努めたぜ。命に関わる必要経費はケチった覚えはないが、パーっと使うって事はぐっと我慢した。酒だって『
スレイが笑いながら経験がない事を告げると、エリアが恥ずかしそうに顔を赤らめていた。
どうも迂闊な事を口走ってしまった気がする。念願の錬金術師の夢が近づいてきた為か、テンションが上がり過ぎてしまったかもしれない。
「……お前たちも同じくらい稼いでるはずだ。まあSランクの魔術研究ってなると膨大な金がかかるし、エリアは聖女としての徳を高める為にたくさん教会に寄進しているだろうから、魔法が金食い虫っていうのはどの分野でも共通だろ。……俺は『サポーター』って役割だったから、研究にそこまで高い金がかからないで済んだっていうのはある」
そういう意味では費用の掛からない『サポーター』という役割には感謝していた。
Aランク以上が使えそうな上級装備は使いこなせないし、魔術もBランクまでなら修得のコストもたかが知れている。スレイの技能編成はコスパ重視で浅く広くなったという側面もある。
「……金貨一万枚あれば、豪遊さえしなければ一生暮らしていけそうだけど。スレイはあえて錬金術に投資し、その道を進むって事だね。それはきっと苦難の道で、もし目立とうものなら貴族連中も煙たがると思う」
ヘンリーが忠告とも言える強い言葉で確認すると、スレイは頷いた。
「だろうな。富豪様ならともかく平民の錬金術師となると、パイプを作った処で旨みがゼロだ。……一万枚の金貨はおいしいだろうから、そこまでは断る理由はないと思うが、そこからは意地悪されて廃業に追い込もうと画策されるまでは想定してるぜ」
元より異端は覚悟の上である。その上でスレイは挑戦したいという理由があった。
「スレイの挑戦を楽しみにしているよ。ぜひ貴族の連中に一泡吹かせてやって欲しいな。……まあ、僕の立場でそれを言うのって思われそうだけど」
子爵家出身のヘンリーはやや申し訳なさそうに、遠慮がちに告げた。
「……ったく、違いねえ。まあ、平民に生まれなきゃ俺なんかは冒険者を志す事もなかっただろうし、お前たちにも会えなかった。悪い事だとは思っていない。……そして錬金術っていうのは実物を手にする事が大事なんだ。冒険で色んなアイテムを見て来た事は実の処、錬金術師としてはプラスに働いていたりする」
遠回りしていた訳ではない。冒険で見聞を広めた事が糧になっている。
ただ、スレイは錬金術師として名を馳せたいとも思わなかった。幼い頃からの夢を叶えてのんびり変成術を使いスローライフでも送りたい。それだけである。
「スレイさん」
エリアが唐突に強い声で名前を呼び、さらに続けた。
「……スレイさんが、遠くにいってしまう事だけはわかりました」
エリアが酷く落ち込んだ様子で、元気なく答えた。
きっと可愛がっていたロイドの事の悔いが残っているのだろう。
「ロイドの事だけは本当に悪かったと思う。俺だって愛着はあるが、もし叶うのならばエリアの下に行かせてあげたいくらいだ」
「それだけではないです。……スレイさんとお別れするのが寂しいです」
エリアはそう告げて、うつむきながら部屋から退出してしまった。
「……スレイって自分の事になると、結構鈍いよね」
「ああ? なんだって」
「なんでもないよ。ただ世の中ままならないなって」
ヘンリーの言葉に、スレイは言葉を濁らせた。
(……エリアが俺に惚れてるなんて事は、まあ有り得ないよな。……どうせロイドのモフモフ効果のお陰だ)
スレイは思考を打ち切った。エリアに対しては勇者ローランドの事もあり一線を引いて接してきたが、彼女の事は、正直言えば悪くないという思いはある。
だが、これでお別れなのだから、考えても仕方のない事だと割り切らなくてはいけない。思いを募らせれば苦しむのはお互い様だった。
「そうだ。聞き忘れてた。……ヘンリー、俺の後釜って知ってるか? もう部外者だが、一応聞いておこうと思ってな」
スレイの質問を聞いたヘンリーは渋い顔をしていた。
この反応からして後釜はいるという事だが、何やら好ましくない相手かもしれない。
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