2.追放 聖女と勇者の意見

「ブリジットさん、冗談は止めてください!」


 『ヒーラー』役を務める聖女エリアが、ブリジットに対し怒った様子で食ってかかった。

 彼女は生まれつき身体に聖痕を宿し『聖女』を名乗る事を許された特別な存在である。

 最上級の神聖術、特に回復魔法に秀でていて、実力はSランクどころかSSランクと呼ばれる人間にとっての頂に差し掛かっている、掛け値なしの天才だった。

 優れているのは回復魔法だけではなく、悪魔や不死生物アンデッドといった邪悪な怪物に対しては、誰よりも優れた攻撃手に転じる事もある。

 年齢は一九歳でパーティー最年少。容姿とスタイルが抜群に良く、長い薄紫色の髪をした美少女、言ってみればパーティーの姫で『爆ぜる疾風ブラストウィンド』の対外的な印象が良いのは彼女の働きが大きい。

 性格は情の深い真面目ちゃんだが、やや頑固で融通が利かないのが欠点である。

 気配りが出来る優しい性格で、彼女に嫉妬心を抱いているブリジットを除くパーティー全員から好かれていた。


「エリアさあ、どう考えてもスレイはいらないでしょ。サポーターって(笑)」

「そんな事はありません。スレイさんが居なければ、私たちはSランクにまで上がれていません。……ブリジットさん、特に貴女はスレイさんに助けられていますよね……どうしてそんな事を言うのでしょうか?」


 エリアの言う通り、スレイはブリジットのカバーに入る事が多かった。

 盗賊であるブリジットは戦闘はからきし苦手で、聖女エリアや賢者ヘンリーといった、後衛魔法職の面々でさえ身に付けている最低限の回避技術すら、ブリジットは習得していない。

 ある程度の戦闘をこなせる盗賊は多かったが、彼女は非力で厳しい鍛練も好まず「痛いのは嫌い」などとのたまう有り様であった。

 一方、スレイはある程度の接近戦をこなす技術がある。『アタッカー』に転じればBクラスの実力はあった。

 その為、強敵相手に立ち向かうのは難しいが、勇者ローランドと聖騎士レイモンドが前線で止めきれなかった相手を後詰めとして受け持つことが多かった。

 いわばエリアやブリジット、ヘンリーなど後衛職を護る為の最終防衛ラインの役割である。


「そんな事あったっけ? ……ローランド様ぁ。エリアは反対みたいだけど~、どうするの?」 


 ブリジットがさらさらの金髪の青年、ローランドの腕を手に取って聞き返した。この口ぶりからすると、どうやらスレイの追放は勇者ローランドが主導して決めた事らしい。

 ブリジットはローランドに惚れていて、パーティーに居なかった頃から彼のファンクラブ会員だった。つまり彼の賛同者イエスマンである。どうやら、彼がブリジットを差し向けさせて挑発させたようだった。


「スレイ。昔から君に言いたいことがあった。もう我慢の限界だ」

「……ローランド。お前がクビと決めたのか? そんなに俺は役立たずだったかよ」 

「ああ。僕はブリジットに賛成だ。君の実力は『爆ぜる疾風ブラストウィンド』に相応しくない。……二度とエリアに馴れ馴れしくするな」


(そうきたか……てめえの本音は最後の部分だろうが)


 勇者ローランドはパーティーのリーダーであり『アタッカー』役である。

 年齢は二二歳。勇者は邪竜を討ち果たした伝説の英雄の血を引く、由緒ある者だけが名乗る事を許される称号的な意味合いを持つ職業で、特殊な闘気オーラを刃に纏わせ、破壊力を増す事ができるブレイブブレードの使い手だった。

 その突破力の高さはSランクに相応しく、剣の実力はスレイも認める処である。

 前衛に立つ戦士としては体格が優れず、打たれ弱いのが玉に瑕だが、その分卓越した俊敏さを持ち合わせていた。

 前述のブレイブブレードにより攻撃面では全くハンデを感じさせず、さらにルックスが可愛い系の爽やかなイケメンの為、ファンクラブが存在する程である。表向きは人当たりも悪くない。


 だが、彼は性格に一部分で難があった。

 それはパーティーメンバーである聖女エリアにしょっちゅう、ちょっかいを出している事である。というよりかなり執着している。

 彼いわく勇者と聖女というのは一対カップリングでなくてはいけないらしい。その考えは今一つわからなかったが、ちょっかいを出す事自体は、エリアが明確には拒絶をしていないので別に構わない。

 だが、肝心のエリアの反応はというと見た処は脈無しという印象を受けた。何年アタックしても現状維持だからである。正直うざがっているように見える事もあるが、エリアもパーティーの和を踏まえて、明白には否定していないのだろう。

 このまましつこくアタックした末にエリアが折れるという未来までは否定しないが、今の処は難しいように思えた。


「ロ……ローランドさん、どうしてスレイさんにそんな事を、今まで仲良くやってたじゃないですか」

「エリア。君みたいな清らかな存在が、この言葉汚い平民に馴れ馴れしく話かけられているのを見るのが我慢できないんだ。君がこの男に影響されて毒されるのを見たくない」


 やはり本音はそこにあるらしい。

 だが、この爽やかなイケメンがそこまで強い思いを募らせていたのは想定外であり、スレイはこの勇者の後ろ暗い一面を目の当たりにし、暗澹あんたんたる気分になった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る