第93話 ドラゴン

 頂上に着いたと思ったら山はそこから中に凹んでいたのだ。火山の外輪山の造りで山の中央に低く窪んだ土地がある。その窪んだ部分は周囲が5kmほどだろうか。山の内側、外輪山の内側には高い木はなく降りていくところは低木が生えていて、そして外輪山の内側の窪地は草原の様になっていた。


 そしてその窪んだ部分の中央にいるモノを見てカイとクズハの視線がそこで止まる。


「…ドラゴン…」


 そこには大きなドラゴンが1体、羽を閉じた格好で窪地の中央に佇んでいた。体調は10メートル程。全身を鱗に包まれた青と紫の混じった様な色をしている。


 カイとクズハの気配は感じているのだろうがピクリとも動かない。カイはゆっくりとその外輪山の内側を降りていった。強烈な強者の気配が漂っているが殺気は感じられない。


 低木の合間を歩いて500メートルほど降りたところにある草原の窪地に立つカイとその肩に乗っているクズハ。


 カイが窪地に降りると今まで目を閉じてじっとしていたドラゴンの目が開いてカイを見る。そして


『ほう。人間がやってきたか。見るのは久しぶりだぞ』


 頭の中に直接語りかけてくる声。白狼のフェンリルと同じだ。

 声を聞いたカイはゆっくり近づきそしていきそうして正面から対峙する。


 殺気は感じないとは言え目の前にいるドラゴンからは今まで倒してきた魔獣とは比べものにならない程に強いオーラを感じている。カイも下腹にグッと力を言えてその視線とオーラに耐え、


「まさかここにドラゴンがいるとは思わなかった。休んでいたのなら邪魔をした様で申し訳ない」


 じっとドラゴンの目を見ながら話をするカイ。ドラゴンはその目を見返し、


『ここはお主たちの土地だろう。邪魔をしているのは我らの方だ』


 その言葉にびっくりするカイ。


「人間との境界を知っているのか」


『知っておるぞ。この山の麓に流れている川の向こう側が我ら龍族の領地だとな』


「ではなぜこの場所に?」


『お主らの言葉で言うなら、日向ぼっこだ』


 思いも寄らない言葉にびっくりするカイ。ドラゴンはカイを見据えたまま話を続ける。


『我らが住んでいるところは万年雪をかぶっている高い山に囲まれ、狭隘な土地だ。普段生活するには空を飛ぶので何ら不満はないが、たまには日の当たる場所でのんびりとしたくなる。その時にはこの場所が最適でな』


 拍子抜けした表情をするカイ。クズハも今まで立てていた耳を垂らして普段通りの格好だ。


「日向ぼっこをしていたのか。邪魔をして悪かった」


 ドラゴンは首を少し上下に振る。そして、


『気にするでない。人間を見るのは何百年ぶりかの事だ。それよりお主らこそどうしてここまでやってきた?ここにやってきたということは下界にいる魔獣を倒してきたんだろう。それなりに力がないとここまで来ることができないからな』


 ドラゴンに言われカイは立ったままで、


「理由はある。長い話になるが構わないか?」


 そう言うと再び首を、今度はさっきよりも大きく上下に振って、


『1000年を生きる我ら龍族にとって人間の話す長い話しなんぞはあっという間の事だ。気にせずに話して良いぞ』


 そう言われカイは自分の出身のアマミの村のことから話し始めた。アマミに代々伝わる幻の刀のこと、シノビになってそれを探す旅に出たこと。大陸中を駆け回り、ダンジョンをクリアしては幻の刀を探す旅を続けていること。その過程で霊峰のことを知り、国に戻る前に遠目から霊峰を見ようとこの山に登ってきたこと。


 カイの話を黙って聞いていたドラゴン。カイの話が終わると、


『なるほど。幻の刀か。まず刀とはどんな武器なのだ?』


 聞かれたカイはアイテムボックスからダンジョンから得た孔雀を取り出し、手に持ってそれを突き出して見せる。


 じっと刀を見ていたドラゴン。


『刀という武器のことはわかった。そしてお主、カイというのか、カイがその刀を求めてこの大陸中を移動しているのも理解した。それでだ、刀を探しに霊峰に入ってダンジョンを探すということはしないのだな』


「しない」


 キッパリと言い、ハスリアの国王陛下に説明をしたのと同じ話を目の前のドラゴンにする。カイの説明を聞いたドラゴン。


 カイを見て話を続ける。


『はるか昔、人間は我らとは敵対しておった。敵対していたというか一方的に人間が我らに攻撃をしてきただけだがな。我ら龍族にとって人間はどうしようもなく弱い存在で気にもしていなかったが、執拗に我らの土地に来ては勝手に暴れておった。ある時、人の土地に勝手に入ってきては暴れている人間の行動に頭にきた我らの仲間が我らの土地から飛び立って、当時人間が住んでいた街をいくつか焼き払って我ら龍族の力を見せつけたのだ。それ以来人間は我らの土地には手出しをしなくなった。自分たちの仲間が大勢死んで初めて我らとの力の差に気が付くとは愚かな種族よのと思ったものだ』


 そういう歴史があったのかとカイは目の前のドラゴンの話を聞きながら思った。こうして対峙しているだけでもその強大な気配を感じ、普通なら戦ってもドラゴンに勝てる未来は見えないだろうに。ドラゴンの言う通り愚かな行為をしていたものだと。


 ドラゴンの言葉は続く、


『それ以来、我らの土地に人間が来ることはない。言っておくが龍族は決して好戦的な種族ではないぞ。相手が攻撃してこないのに我らから手を出すことはない。我らも静かに暮らしていければそれで良いのだ』


「今の話を聞いていると霊峰には行かないのが正解だ。静かに暮らしている生活を乱してまで自分の使命を果たしたいとは思わない」


 カイのその言葉に大きく頷き、


『しかしそれならばカイの使命とやらの達成は難しいのではないのか?』


 意地の悪い質問だなと思いながらも


「霊峰以外でまだ見つかっていないダンジョンがあるかもしれない。それを重点的に探して攻略するつもりだ。触れてはいけない場所に行ってまで使命を達成したいとは思わないし、仮にそれで使命を達成したとしても喜ぶ人はいないだろう」


 カイがそう言うとその言葉には答えずにカイの身体をじっと見て、


『その服は我ら龍の鱗でできているな』


「そうだ」


 北の山のNMを倒して洞窟の奥から鱗を3枚見つけ、それを基にして作った防具だと説明をする。


『なるほど、我らの仲間がそちらに飛んだ際に落ちたんだろう』


 しばらくその防具をじっと見ていたドラゴン、視線をカイの目に戻すと、


『久しぶりに人間と話をして良い気分転換になった。そのお礼に我らの土地の中にその刀という武器があるかどうか調べてきてやろう』


 思いがけない提案にびっくりするカイ。肩に乗っているクズハも思わずカイの肩の上で立ち上がる。


『数日の中にはここに戻ってこよう。我らの仲間に聞けばわかる話しだ。ただし我らの仲間が知らないということもあるぞ』


「無論だ。それよりわざわざ仲間に聞いてもらえるとはかたじけない思いだ」


 そう言ってドラゴンに頭を下げるカイ。


『なかなか礼節をわきまえているな。気に入ったぞ』


 そう言うとその場で四つ足で立ち上がる。全長10メートルはあろうかというドラゴンが立ち上がり、そして羽を左右に広げると威圧感が半端なく感じられる。


 ドラゴンはもう一度カイの方に首け、そして前を向くとその場で羽ばたいて霊峰に向かって飛んでいった。

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