第94話 演舞
ドラゴンが去った外輪山の窪地には夕刻の西日が差し込み弱い風が吹いて草原の草花が風でたなびいている。
強烈な気配が消えたと思ったらカイの身体中から汗が出てきた。いままでこれほどの緊張を強いられたことがない。それほどの気配と雰囲気を持っていたドラゴンだった。
「やっぱり緊張していたんだ。すごい迫力だった」
カイが草原に座り込んで言うと身体を押し付けてくるクズハ。
そうしてカイとクズハは外輪山の内側で夜を過ごした。
カイとクズハが外輪山の内側で2度夜を過ごした3日目の朝、西から2体のドラゴンが飛んできてカイの前に着地した。
パッと見ると2体とも同じ姿に見えるがよく見ると微妙に顔や頭の角の生え方が違う。数日前カイが話をしたのはカイから見て左の方のドラゴンだと思っていると予想通りに左にいたドラゴンが、
『待たせたな』
「いや全く問題ない」
そう言って頭を下げるカイ。
『お主の探している刀とはこのことか?』
そう言って左側のドラゴンが顔を右のドラゴンに向けると、右側のドラゴンが左の前脚を左右に振る。そうするとその目の前に1本の刀が現れた。
それを見た瞬間にこれこそが探していた正宗だと感じたカイ。
「手にとってみても良いだろうか」
2体のドラゴンに聞くと、2体とも首を縦に振って頷く。
恐る恐る刀を手に取るカイ。持った瞬間に間違いないという確信が芽生え、刀を鞘から少し抜くと刀身の付け根部分に”正宗”と見事な彫り物が。
(アマミの衆、幻の正宗をついに見つけました)
カイの隣からクズハも食い入る様に正宗を見ている。
『どうやらこの刀の様だな』
カイは鞘に刀を入れると丁寧に地面の上に置き、そして2体のドラゴンを見て、
「正に探していた刀だ」
そう言うと2体のドラゴンがお互いに顔を見合わせた。そして今まで黙っていた右側のドラゴンが顔をカイに向け、
『この刀はずっと以前から龍族の洞窟にあったものよ』
雌だったんだ。となるとこの2体は夫婦なのか?そう思っているとカイの心を見透かしたのか、雄のドラゴンが、
『これは我の連れ合いだ。霊峰に戻って話をしたら龍族の宝物殿に刀があったと言ってな。そこから持ってきたものだ』
「宝物殿から持ってきた。その行為は許されるものなのか?」
カイのこの言葉を聞いて2体のドラゴンが顔を見合わせる。しばらく黙っていたのでどうしたのかとカイが思っていると右のドラゴンがカイに顔を向けて、
『貴方が言う通りね。なかなかの人間じゃないの。自分の使命である刀が出て普通はすぐにでも欲しがるところをそれを言う前に先ず私たちの心配をするなんて』
そう言うと雄のドラゴンが
『我とこの連れ合いは霊峰の龍族の長をしている夫婦だ。少々の無理は効く。刀の1本程度なら持ち出すのに何ら問題はないぞ』
カイはその場に跪いて頭を下げ、
「この刀を譲っては頂けないだろうか?」
クズハもカイの肩から降りるとカイと同じ様に地面に伏せる。
『使命を帯びている人間のために持ってきたもの。もとより渡すつもりよ』
その声を聞いて顔を上げて雌ドラゴンを見るカイ。すると雄の方が、
『渡す前に一つだけ頼みがある』
「頼み?」
『その刀を持ってここで演舞を見せてくれないか。見ての通り我らは武器など使ったことがない。昔人間が我らの領地に勝手に入ってきた時に人間が武器を持っていたが、この連れ合いはその時は身篭っていての、人間が使う武器というのを見たことがないのだ』
『見せて貰えるかしら?』
「もちろん」
そう言うとカイは立ち上がり正宗を手に持つと鞘から抜いて右手に持つ。しっくりまるで吸い付く様に手に馴染む正宗。そうして左手に村雨を持って二刀流の構えになると、ドラゴンの夫婦から少し離れてそこで一礼する。
そうしていつもの朝の鍛錬を始めたカイ。両手に持った刀を最初はゆっくりと型を重視した動きで動かし、そうして徐々にその動きを早めていく。
ドラゴンの夫婦はカイのその演舞をじっと見ていて言葉は発しない。
次第にカイの両手の動きが早く、激しくなっていき刀の動きが見えないほどになっていった。
演じるカイ、それを見る2体のドラゴンとクズハ。誰も言葉を発せずカイの刀が空を切る音だけが窪地の草原に響いていく。
1時間程演舞をしたカイはそれが終わるとアマミ式の礼をして2体のドラゴンの前に進み出て今使っていた正宗を鞘に入れて一旦地面に置き、跪いた。
『綺麗な動きね。それに刀が腕の様に馴染んでいる。これなら渡しても問題ないわ』
『そうだな。我もそう思う。そういうことでカイ、この刀は持って帰るがよい』
「ありがたき幸せ」
正宗を手にとってしっかりと両手で抱きしめるカイ。
『それでだ、一つ頼みがあるんだが』
その言葉に顔を上げて雄のドラゴンを見ると、
『この場所だが、これからも使わせてもらうが黙っていてくれるか?』
「わかった。誰にも言わないでおこう」
カイがそう言うと、雌のドラゴンが
『ただそうしたらどうやってその刀を手に入れたのか説明が出来なくはない?貴方はそれで困らないの?私たち龍族の霊峰には入っていないのよ?』
そう言えばそうだと改めて気づいたカイ。刀を手に入れて有頂天になっていて他のことに気が回っていなかった。
正宗は手に入れたが困ったことになったと悩んでいると目の前のドラゴンの夫婦が顔を見合わせている。カイに聞こえない龍族の言葉で何やら会話をしている様だ。
しばらくして雄の方が、
『それしか方法がないな』
『龍族の長としての仕事ですよ』
その最後の会話がカイに聞こえてきて何かと2体のドラゴンを見るカイ。
雄の方が顔をカイに向け、
『お主は我が見てきた人間とは違う。礼節を弁え周囲に気を配ることができる珍しい人間だ。そのお主が他の同じ人間から責められたりあらぬ疑いを受けたりするのは我ら龍族としても望むところではない』
一体何を言っているのか。さっぱりわからないがとにかく黙ってドラゴンの話を聞いているカイ。
『ここは我らに任せよ。今しばらくここで待っておるのだ』
それだけ言うと2体のドラゴンはその場で羽ばたいて空に飛んでいった。残されたカイとクズハは目の前にある正宗を手に取り、
「待てと言っていたな。待つしかないよ」
そう言って隣に座っているクズハの背中を撫でる。
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