第92話 霊峰を望む場所

 宿で一泊した翌日、カイはクズハを肩に乗せて村を出て道のない草原を北に向かっていった。村を出て1日目は何も無かったが2日目からはランクCの魔獣がポツポツと草原に現れだした。そうして邪魔になる低ランクの魔獣を倒しながら進んでいった3日目に聞いていた通りの木の生えていない低い山を登り、その頂上に着くとカイとクズハの前に霊峰の山々がその姿を現した。


 カイを見つけて襲ってきたランクBの魔獣を刀で一閃するとクズハを肩に乗せて霊峰を見て、


「あれがドラゴンの住んでいる霊峰か」


 宿の主人が言っていた通り視界の遠い先に見える高い山々はそれぞれ頂上付近は白い雪、万年雪をかぶっている。山が大きくて高いので近くに見えるが視線を下に戻すと霊峰とカイとの間には草原が広がりそのずっと先には森が見えている。


 カイの視線の先を同じ様にじっと見ているクズハ。


しばらく霊峰を見ていてそして視線を正面に戻して


「行くか」


 と再び北に向かって歩き出していく。人がいない草原を歩き、日がくれるとクズハの強化魔法の中で疲れを取る。村を出て北に進んでいった8日目、草原が終わり森となった。


 森の中の魔獣はランクAに上がっていたがカイにとっては全く問題なく、遭遇する魔獣を倒しながら森の中を進んでいく。2日で森を抜けると再び草原となり歩いていった翌日にカイの目に霊峰との境目を示す大きな川が見えてきた。


 北から流れ出て西の海まで続いている川のはまだ上流部分だが川幅は10メートル、広いところではそれ以上あり流れの早い川の水が西に向かっている。


 森を抜けてから草原、そしてこの河原まで全く魔獣の気配を感じなかったカイ。魔獣も本能的に近づいてはいけない場所だというのを理解しているのだろう。川の向こう側は森になっていてその先に幾つかの山々があり、そして一番背後に万年雪をかぶった霊峰の峰々が見えている。


 カイとクズハは川にそって上流に向かって歩き出した。川沿いを上流に進めばハスリアの国境を超えることができるのでそのルートで帰ることにする。


 この川の向こうにこの世界で最強と言われるドラゴンが住んでいる。一体どれくらいの強さなのか、今の自分の力でどこまで通じるのか。戦ってみたい気もするが自分のひとりよがりの思いのために禁を犯す愚はしたくない。


 シノビとして武術はもちろん、その心構えまで徹底的に教え込まれてきたカイは自分の思いを胸の内にしまって霊峰のエリアには入らずに河のこちら側を肩にクズハを乗せて河の上流に向かって歩いていく。


 魔獣の気配がないので日が暮れると河原で野営をし、魚を焼いて食事をとり、河原の岩陰に持たれて疲れを取りながらゆっくりと進むカイとクズハ。


 川沿いに歩いていって1週間を過ぎた頃、カイは川が大きく北に蛇行している場所に着いた。どうやら気がつかないうちに国境を越え、ハスリア領内に入っていた様だ。確認のために王都のジムから貰った地図を広げてみると確かにここはハスリア領内だった。


 住んでいる人がいない大陸の北部、ランクAが闊歩しているエリアを抜けなければここまで来ることができない。国境警備を置く必要がないということだろう。


 広げていた地図を収納すると河原の石の上に座って河の流れを見ていたクズハに、


「せっかくここまで来たからもう少し川に沿って歩いてみようか」


 カイがそう言うとその肩に飛び乗ってきて身体を押し付けてくる。それを撫でながらカイは再び川沿いに今度は北を目指していく。


 相変わらず魔獣の気配が全くない川沿いを歩いていくと大きな森が見えてきた。このあたりは川幅も広くなっていて森の端は川岸ぎりぎりまで伸びている。


 森に入る手前で野営をしたカイは、翌朝森に入っていった。ランクAの気配は漂っているがいずれの気配も森の東側、川から遠く離れた場所で、カイが歩いている川沿いには森の中でも全く魔獣の気配がない。


 そうは言いながらも周囲の気配を感知しながら進んでいくカイ。結局一度も魔獣と遭遇することなく丸1日かけて森を抜けるとカイの目の前に大きな山が現れた。


 森の高い木々に隠れて見えなかった様だ。森を抜けた先から数日歩く距離にある大きな山。高さは霊峰ほど高くはないが台形の様な大きな山が川を挟んでハスリア王国内にそびえている。


 目の前にそびえる台形の山を見上げながら


「あの山の上に行ってみようか」


 何かあるとか期待せず、せっかくここまで来たのだからという軽い気持ちでクズハに声をかけると尻尾を振って同意する。アマミの使命は背負っているが、かと言って急ぐ旅でもない。


 そうして再び肩にクズハを乗せたカイは川沿いを歩き出した。


 そうして森を抜けて3日後に山の麓に着いたカイ。相変わらず全く魔獣の気配が無い。目の前にある台形の形をした山には大きな木々が生えていて下草はそれほど伸びておらず登るのにあまり苦労はなさそうだ。


 ここまで魔獣の気配が無いという状況に違和感を覚え、常に周囲の気配を探りながらクズハを肩に乗せて山を登り始めるカイ。登り始めて2日目の午後、カイは頂上付近から強大は気配を感じ取り思わず立ち止まる。クズハも同様で肩にのったまま耳をピンと立て、顔を上げて登っている山の上に強い視線を送る。


「この気配。今まで感じたことがないほど強烈な気配だ」


 霊峰の反対側、ハスリア国内にこれほどの気配が存在しているとは思ってもいなかったカイ。今までより山登りの速度を落として周囲にも注意を払いながら気配のする方向に進んでいく。クズハもカイの肩の上でずっと耳を立てたままだ。

 

 周囲を警戒しながら時に休憩をとって山を登っていった3日目の昼前にカイとクズハは山の頂上に着いた。そして再び驚愕する。

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