第59話 フェスを目指す

 その日はキアナの市内をぶらぶらして休養に充てたカイ。翌日は午前中キアナ郊外の森でランクBやたまにランクA相手に鍛錬をして市内に戻って魔石の買取りでギルドに顔を出した時にスーザンに


「明日からまたダンジョンに行ってくる」


 自分の予定を告げるとこの日も早々に宿に戻っていった。


 カイは酒は飲めなくはないが飲まなくても我慢できるので普段は滅多に酒を口にしない。最低限の付き合いでも嗜む程どうだ。普段の食事の時も飲み物は水か果実汁だ。


 酒が瞬間的な判断能力を落とすことを知っているからだ。無意識のうちに常に周囲の気配を感知しているカイにとっては酒は祝い事のときに飲む物で普段は飲む物じゃないというアマミのときからの習慣を守っている。


 周囲から見ればストイックな生活スタイル、窮屈だと思うかもしれないが当人はずっとこのスタイルで生活をしてきているので全く気にならなかった。


 そして翌日カイは南に2日ほど歩いたダンジョンを攻略すべくキアナの街を出ていった。


 それから1週間後の夕刻、カイはダンジョンからキアナに戻ってきた。


「出なかったのか?」


 ギルマスの部屋で開口一番聞かれると、


「この前のダンジョンよりもずっとヌルかった。あれでは出ない」


「そうか」


 未クリアということで挑戦したカイだが、そのダンジョンは20層のダンジョンで最下層でもランクS,ボスがランクSSのオークとカイに取っては難易度の低いダンジョンだったのだ。


 もちろん普通の冒険者にとっては複数体のランクSが出るダンジョンは高難易度となりギルドとしても未クリアダンジョンとして管理しているが、既にランクSS以上のレベルにあるカイから見ればヌルいという一言で片付けられてしまう。


 とは言え実際に潜ってみないとそのダンジョンの難易度が判断できない以上今回の様なケースもあるという前提での攻略を続けるしかないこともわかっていた。


 幸いに高難易度のダンジョンのリストは出来上がっているので一つづつ攻略することが結果的に最も正宗に近いだろうとカイは思っている。


(ハズレの方が多いしな。割り切ってやるしかない)


 キアナの宿の部屋に戻ったカイは王都の酒場のジムからもらった地図を見ながら情報を整理する。クリアしたダンジョンにはチェックをつけていきながら地図を見ているとキアナ周辺ではあと2箇所、そして港町フェスの周囲で2箇所。


 モンロビアで3箇所、ローデシアでも3箇所が残っている。


 わかっているのかいないのか、カイと同じ様に地図を見ているクズハの背中を撫で回しながら、


「気分転換に遠出でもするか?」


 カイの言葉に大きく尾を振るクズハ


「じゃあ港町フェスに行ってみよう」


 方針が決まったカイ。翌朝アニルバンにフェス近郊の2箇所のダンジョンに潜ってくると言うと宿を出てギルドに顔を出し、受付のスーザンにも自分の行程を話してからキアナの街を出た。


 港町フェスまではキアナから東に歩いて10日程かかるが、地図によるとダンジョンはフェスの手前にあるらしい。おそらく8、9日で着くだろうとフェスに向かう街道をクズハを背中に乗せて歩くカイ。


 途中で野営をしたり、村の宿に泊まったりしながら街道を進むこと1週間、そろそろダンジョンだと思って夕刻の山道を歩いていると前方に複数の気配を感じた。街道の両側の森の中に気配を感じたカイは、


(隠れていても気配がダダ漏れだ。これじゃあ盗賊失格だぞ)


 前方に盗賊がいても歩くスピードを緩めずに普通に歩いていると突然両側から矢が飛んできた。カイの気配感知は既に弓を構えて弾くところまでわかっていたので飛んできた矢を交わし、腕で弾くとその場で立ち止まる。


「1人かよ」


「しかも手ぶらだぜ、このシノビ」


「冒険者だろう?いくらか金持ってるはずだ」


 そう言いながら左右の森から20名程の盗賊が現れカイに近づいてくる。皆片手剣や斧や弓を持っているがカイから見れば隙だらけの雑魚連中だ。


「身ぐるみ置いてきな、そのカーバンクルもだ」


 ドスの聞いた声で脅してるつもりだろうがカイには全く効果がない。近づいてきた盗賊を見ながら、


「死にたくなかったら目の前から消えろ」


 そう言うと盗賊が


「お前馬鹿か、俺達20人相手に勝てるとでも思ってるのかよ」


「いくら数がいようが雑魚は所詮雑魚だよ」


「てめぇ」


 カイの言葉で一斉に襲いかかってくる。抜刀もせずに立っているだけだがクズハの強化魔法で逆に飛ばされてしまう盗賊達。


 何が起こったのかわからないうちに数人が地面に倒れ込んだ。


「ほらっ、かかってこいよ。でないとこっちからいくぞ?」


 もう一度盗賊が殴りかかってくるが同じ様に強化魔法で弾かれて街道の上に無様な姿を晒す。倒れた盗賊の背後から複数の矢がカイを襲ってきたがそれらも全て強化魔法で弾き飛ばすと、片手刀2本を抜刀したカイは刀を逆に…峰打ちの構えにすると集団の中に突っ込んでいった。盗賊達にはカイの動きはほとんど見えずあっという間に全員が地面に倒れ込んで呻いている。


「弱いな。冒険者ならランクCクラスだぜ」


 アイテムボックスからロープを取り出して20人の盗賊をロープで繋いで縛り上げると蹴飛ばして立たせてロープを引っ張って連れていく。


「お前らのおかげで遅くなっちまったよ」


 夜が更けた頃山道を抜けると村の灯りが見えてきた。その村の門のところに詰めている衛兵がロープに縛られて歩いてくる集団を見て飛び出してきた。


「どうしたんだ?こいつら」


「そこの山道に巣食ってる盗賊みたいだ。20人とっ捕まえてきたよ」


 そう言って衛兵にギルドカードを見せると、灯りの下でカードを確認し


「ランクS、シノビのカイか」


 頷くカイ。


「カーバンクルを肩に乗せている。間違いないな。ご苦労だった。最近あの山道に盗賊が出るというんで困ってたんだよ。フェスの冒険者に討伐を頼もうかと村で話し合っていたところだったんだ。助かる」


 そう言ってロープで縛られている20名の盗賊を村にある地下室に放り込むと書類を書いてカイに渡し、


「この書類をフェスかキアナのギルドに出せば懸賞金が出る。盗賊は生きて捕まえると1人あたり金貨1枚と決まってるんだ」


「なるほど。ところでこの村に宿はあるかい?」


「ああ。そこのランプがついているのが宿だ。部屋は空いてるはずだよ」


 宿に顔を出すと部屋は空いていると言う。盗賊を捕まえて遅くなったと言うと宿の主人は盗賊を捕まえてくれたのなら部屋代はいらないと言ってくれ、案内された部屋でゆっくり休んだカイ。


 翌朝になると村中に盗賊退治の話しは広まっていて宿の食堂で食事をしているカイのところに村長がやってきた。


「ランクSのカイ殿ですね。おかげで助かりました。この村は街道を行き来する商人や冒険者の方が泊まっていただいて成り立っている村でして、最近の盗賊騒ぎで道を変更したり昼間に村を素通りしてしまう方が多くて困っておったんです。いや本当にありがとうございました」


 村長は礼を言ったあと謝礼を渡そうとしたがカイはそれを断った。


「盗賊を捕まえて謝礼は貰える。そのお金は村の為に使ってください」


 そう言って村長や村人らからもう一度お礼を言われ、カイとクズハは村を出てフェスに向かう街道を歩き始める。


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