第51話 エルフの村
翌朝早く王都の門を出ていくカイの姿があった。王都から南の街道はキアナへと続く道だがカイは王都を出ると西に伸びる街道を歩いていく。
途中で野営をして3日目の昼ごろ、街道の分岐が見えてきた。まっすぐ行くとモンロビアへと続き、左に曲がる、つまり南に降りるとハスリア王国の西の端を南北に横断している街道だ。
迷わず左に曲がると今度は街道を南に進んでいく。
この街道は物流のルートから離れているのですれ違う人や冒険者も少なく、代わりにランクBクラスの魔獣や魔人が時々左右の森や林から出てくるがカイは歩くスピードを落とさずに邪魔になる敵を討伐しながら進み、夜はクズハの結界の中でぐっすり休んで街道を南に降りていって10日少し過ぎた頃、
「あれか」
右手の先に見える森の一部が結界に覆われているのが視界に入ってきた。
「見事な結界だな」
カイの肩越しに同じ様に結界を見ているクズハが尻尾を振って応える。そうして森の中に入って結界に近づいていくカイ。
結界には外からの攻撃を完全に弾く結界とまれに結界があることを悟らせずに結界の中に入らせない様に当人が気付かない内に結界から遠ざけていく様な迷彩を施してある結界の2種類がある。後者の結界は普通の人間にはまず見えなくて、当人はまっすぐ歩いているつもりがいつの間にか結界から離れて行っている様に仕組んでいるものだ。
目の前に見える結界は後者の結界だ。カイはその戦闘能力、身体能力の高さから迷彩を施してある結界が見えていたのでクズハを肩に乗せたまま結界を潜ってその中に入っていった。
結界の中に入るとこれまでと同じ森の中の風景であったが、森の中を歩くカイの周囲に複数の人の気配がしてきた。それを無視して歩いていると前方の木々の間から、
「エルフの森に何用だ?」
カイは歩みを止めて声がした左前方を見ながら
「アマミのシノビでカイという。キアナの街にいるコロアの紹介でこの森に立ち入らせてもらった」
周辺に漂っていた殺気がカイの一言で消え、すぐに左前方から1人のエルフが出てきた。
「なるほど。我らが結界を見つけて入ってくるとはコロア殿が言うだけのことはある」
どうやら事前にコロアが何らかの方法でこのエルフの森をカイが訪問することを言っていたらしい。
「見事な結界だ。普通ならまず見つけられないだろう」
その言葉が嬉しかったのか大きく頷くと、
「コロア殿から聞いている通りのシノビだな。ついて来てくれるか」
弓を持っているエルフの後ろをついて森の中に入っていく。歩くカイの周囲には
4つの気配がカイの歩く速度に合わせて移動していく。
そうして森の中を30分程歩くと開けた広場に出た。そこには木で組まれた家が立ち並んでいてそれらを見ながら、
「これがエルフの村か」
「そうだ。エルフの村にようこそ。村の長のところに案内する」
広場にはエルフ達が出ているがカイを見ても驚かずに挨拶をしてくるほどで、カイも頭を下げながら弓を持っているエルフに続いて広場を歩き、広場の奥にある少し大きめの建物の前にくると
「ここがエルフの長老様がお住まいの家だ」
家の中の扉が内側から開いた。わかったと言いながらカイは家の中に入っていった。
中は大きな応接間の様な部屋で木のテーブルと椅子が並んでいて、その中央にある一番大きな椅子に1人の女性のエルフが腰掛けている。
その前に近づくと頭を下げるカイ。カーバンクルのクズハはカイから降りてカイと並んでちょこんとテーブルの上に座っている。
「アマミ出身でシノビをしているカイという。キアナの街に住んでいるエルフのコロアからこの森を紹介された」
そう言ってコロアから預かっていた手紙を見せると、お付きのエルフの1人がその手紙を受け取って椅子に座っている長老に渡す。長老はその手紙を読んでから顔を上げてカイを見て、
「このエルフの村の長をしているブレアと言う。エルフの森はカイを歓迎するぞ。座るが良い」
言われるままに椅子に座るカイ。部屋には他に2名のエルフがいたが長老がカイに椅子を進めると自分たちも長老の左右の椅子に座った。
「コロアの手紙は読ませてもらった。キアナの街で元気にしている様で何より」
「キアナでは世話になっている。物知りで助かっているよ」
「エルフは長寿じゃからの。それにコロアは鑑定スキルが優れておる。それよりも」
そう言ってブレアはカイを真っ直ぐに見て
「幻の刀というのを探しておるということじゃが、1本は見つかったと書いてあるがもう1本はまだなのかい?」
ブレアの言葉にカイは今までの探索の経緯を詳しく説明していく。黙って聞いている長老のブレアと部屋にいる2名のお付きのエルフ達。
カイが話し終えると、
「なるほど。1本は王家の宝物であったか。それであと1本は強いNMもしくは難易度の高いダンジョンのボスが持っている、そう思っているということだな」
頷くカイ。
「ご存知の通りエルフは殆どがこの森で暮らしておるが森の外で生活しておる者も多くはないがおる。ハスリア、ローデシア、モンロビアの全ての国にエルフは住んでおる。その者達は定期的にこの森に大陸の状況を伝えてきてくれるので我らも森の外に出なくてもある程度の情報は持っておる」
ブレアは続ける、
「カイが来る前にコロアから連絡が来ておった。近況の報告と同時にカイについても書いてあった。刀を探しているとな。その話を聞いてから我らも少し調べてみた」
カイは心の中でコロアに礼を言いながら、黙ってクズハの身体を撫でながら話を聞いている。
「ハスリア以外のローデシアとモンロビアについてじゃが、この両国の貴族、王家で刀を持っているのはいない様じゃ。つまり刀を持っていたのはハスリアの王家だけだったということじゃ」
「なるほど。それがわかっただけでも進歩だ。ありがとう」
頭を下げるカイを見ながらブレアは続けて、
「そうなると後はダンジョンの奥深くか地上のNMかになるの。カイはダンジョンを片っ端から攻略していくつもりなのかい?」
「レベルの高いダンジョンでないと目的の刀は出ないだろうとわかってきたので難易度の高いダンジョンに絞って攻略するつもりだ」
その言葉にウンウンと頷いて
「それがよかろう。それで地上NMとなると霊峰も含まれるがあそこはどうするつもりなんじゃ?」
霊峰の話が出たのでカイは王都で国王の前で話をしたことと同じ内容の話をして、残りの場所が霊峰1箇所のみとなった際には探索を諦めるときっぱりと言う。
黙って聞いているブレア。カイの話が終わると、
「コロアが手紙に書いてある通りの男の様じゃの。見事じゃ。触れてはならない場所に無理やり触れて目的の物が仮にあったとしても誰も喜ばんじゃろう。霊峰以外で見つかることを我らエルフも祈っておるぞ」
「ありがとう」
そう言ってブレアはカイが撫でているカーバンクルをじっと見て、
「懐いておるの」
「白狼様、フェンリルの使いだと思っている。クズハと言うがこいつのおかげで随分と助かってるよ。いい相棒さ」
しばらくカーバンクルを見ていたブレアは視線をカイに戻すと、
「大事にするがよかろう。カイの大願成就のためにはそのカーバンクルが間違いなく手助けしてくれそうじゃからの」
「もう随分と助けてもらってるさ」
そう言うとテーブルに出されていたお茶を飲み干してから立ち上がったカイ。
「コロアに聞いていたとは言え結界を張って静かに暮らしているエルフの村に突然邪魔をして悪かった。そろそろおいとまさせてもらう」
ブレアも立ち上がるとカイを見て
「お主ならいつでも歓迎じゃ。これからも来るがよかろう」
「かたじけない」
長の家を出ると広場にいるエルフに頭を下げながら広場から来た森に消えていくカイ。長の家の前でその姿をじっと見ていたブレア、
「なかなかの人物じゃ。強いだけじゃない。礼節をわきまえた素晴らしい人間じゃ」
ブレアの背後でずっと黙っていたお付きの1人が、
「終始隙がありませんでした。座っていてこちらが冷や汗をかきましたよ」
「うん。あれほどのシノビは見たことがないな。おそらくこの村でもまともに戦ってあのカイに勝てるのは1人もおらんだろう」
「仰せの通りで」
長のブレアの後ろで頭を下げながら答える付き人のエルフ。
「コロアの手紙にも書いてあったわ。外見に惑わされがちだが私が長い間見てきた冒険者の中で能力、性格ともに文句なしに最高峰に位置する戦士の男だとな。何とか彼の希望を叶えてやりたいのぅ」
その言葉を聞いたお付きのエルフが
「人の能力のみならず性格の鑑定もできるコロア殿がそこまで褒めるとは相当な人物だ。引き続きダンジョンの情報を集めましょう。有益なのがあればコロア殿経由で彼に伝わるでしょう」
「そうしてくれるか。彼は敵にはしたくないしの。もっともあの性格じゃ。滅多な事ではエルフと事を構えることにはならんだろうが」
そうして付き人が去ったあとも長のブレアはその場にしばらく立っていた。
(そしてあのカーバンクル。ただのカーバンクルではない。神獣フェンリルにそこまで好かれておるとはの。それもまた大したものじゃ)
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