第9話 高校生の男の子9(終)
「星ってこんなに明るかったんだな。」
こんなにゆっくりと夜空を見上げるなんて、いつぶりだろうと青年は思う。ここ10年くらいは見ていない気がする。いつも何かに追われていて、見上げようなんて思わなかったからな。
「星はいつ見てもいいものですね。あの星のように次のあなたの人生も輝くものになりますよ。」
「そうだといいな。」
青年はそう言って、知らない世界への希望を胸に膨らませていた。今の人生より、良いものになると信じて。
「はい。準備はできましたか?」
「ああ。」
青年はそう言いながら、隣にいるアクメシとの話し合いを思い出していた。アクメシとプランの相談をしたのは昨日だ。さすがに当日にすぐさま死ぬのは気が引けた。ただ、アクメシの早いほうが良いという意見も納得し、「明日」という日付に落ち着いた。
もうすぐ死ぬという段階になっても、生への未練はあまり湧いてこなかった。うちの両親にだって、今日の報告をしていないし、感謝の言葉も特に伝えていない。学校の連中も塾の連中にだってだ。今はその塾終わりである。誰にも今、俺がここにいることは伝えていない。一人でひっそりと死ぬのである。そっちのほうが気分的に良い。
「本当に痛みはないのか?」
「もちろんでございます。落ちる直前に痛覚を抜きますからね。そうしたほうが、風を感じることができて、気持ち良いでしょうから。」
「ああ、よろしく頼む。」
「もう、思い残すことはないですか?」
「……最後に、生への執着を思い出させるようなことを言うんだな。」
もし、生きたくなったらどうするんだ?と青年は言外に聞いた。
「お客様が本当に納得しているかどうか、確認しなければいけない規則ですので。それに、納得しないまま死なせてしまうと、減給が待っていますしね。」
「そういうことか。……もちろん、納得してるよ。」
それは安心して欲しいと青年は付け加えた。今、ここに立っているのは自分の意志だ。
「ありがとうございます。では、飛び降りるタイミングはいつでも。」
「……分かった。じゃあ、10秒数えてもらっていいか?」
「分かりました。10。」
青年は目をつぶり、今までの人生を思い出していた。走馬燈、というやつだろう。
「9」
小学生時代。俺はあのときから頭だけは良かった。ただ、運動は全然駄目で、運動会とかは足をひっぱっていたっけな。
「8」
あれは、小学4年生のころだった。母親の方針で、急に友達の家に遊びに行くことを許されなくなり、勉強漬けの日々になっていったけな。あの頃から、家と学校と塾とを行き来する日々になっていった。
「7」
中学生時代。一応、無事中学受験に成功して、中高一貫の頭の良い学校に入った。ここでも、母親は当たり前だと言わんばかりに全く褒めてくれなかったな。
「6」
中学生の時も遊びに行くことを許されなかった。俺は楽しみがなく、精神的に不安定だった。そんな時出会ったのが、今も好きなあのアイドルだった。もし、出会わなければ、俺はアクメシと出会うまえに自殺していたかもしれない。
「5」
そして、高校。中高一貫なので、クラスメイトもほぼ変わらず、俺は無愛想な陰キャのレッテルを貼られたままだった。まあ、仕方の無いことかもしれない。
「4」
塾のメンバー。ずっと、同じ塾に通っており、俺に関する悪口も時々耳に入っていた。「気持ち悪い」だの「サイボーグ」だの「化け物」だの、色々言われていたことを知っている。……本当に最悪だった。
「3」
そして、今までのクラスメイトたち。本当に俺とすれ違うたびに悪口を言ってきやがって。どんくさいだの、居るだけで空気が悪くなるだの、俺の菌が付いただの……お前らは地獄に落ちてしまえば良い。
「2」
最後に、今まで育ててくれた両親。全くと言っていいほど感謝はないが、一応、17年間お金を費やして、生かしてくれた恩は感じている。最低な人生をありがとう。
「1」
本当に、我ながら最低な走馬燈だ。いくら、非人道的なやつでも、死ぬ間際には感謝の念が出てくるものだろう。まあ、それくらい俺にとって生きている心地がしなかったってことかな。
……じゃあ、さようなら。
「0」
青年は自分の身体を宙へと投げだした。
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葬式の日。1人の女性がぼろぼろと涙を流していた。「ごめんなさい……」と何度も謝っている。
「本当に人間は愚かですね。失ってから気づくなんて、想像力が足りてなさ過ぎます。……今回は、果たして誰が救われたんでしょうね?……私だけかもしれませんね♪」
アクメシはにこやかにそう呟く。そして、虚空の彼方に消えていった。
死へのパスポート 早瀬茸 @hayasedake
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