第8話 高校生の男の子8

「はぁ……。」



 今日も楽しいことは一つもなかったなと青年は思う。さっきまで塾に行っていたので、今は夜遅い。……少なくともこの高校3年間は楽しく感じることなんて一つもないのだろう。それが分かっていながら、生きるのはとても辛い。本当にあのアクメシの言うとおり、死んでしまおうか。



「それが良いですよ。」



 三度みたび、そのアクメシは青年の前に現れた。毎回、いきなり現れるからびっくりするんだよな……。



「……声に出てたか?」



「はい。それはもちろん、ばっちりと。」



 その返答を聞き、青年はものすごく恥ずかしくなった。心の中だけで考えていたつもりが、口に出ているなんて……、もしかしたら、そういうことが過去にもあったのかもしれない。死にたい……。



「どうですか?死ぬ気になりましたか?」



「……不思議だよな。その言葉ってこれからも生きていくやつがやる気をだす時に言う言葉なのに。」



 「死ぬ気」でやれと、母親に幾度となく言われてきたなと青年は思った。ただどれだけやっても満足しないのか、全く褒めてもくれないし、ご褒美もない。果たして、生きる意味はあるのだろうか。



「はい。必死と一緒ですね。」



「全くだ。」



 ということは「必死」や「死ぬ気」という言葉に言い表されるとおり、日本人は死に近づくくらい努力することを美としてきたのだろうか、と青年は思った。確かに、それは良いことなのかもしれない。ただ、当人がそのことに対して、満足を得られていないならば、それは寿命を減らすだけの自傷行為と変わらないのではないだろうか。



「で、どうですか?」



 アクメシは悪い笑みを浮かべる。その姿を見て、青年も同じような笑みを浮かべた。




「そうだな。簡単に死ねる方法ってあるのか?」



「もちろんです。また、話が長くなるでしょうから、あのカフェに入りましょう。」



 青年はアクメシの後に付いていきながら、死に対してポジティブに考えていた。



―――――――――――――――――――――――――――――――




「そういえば、やっぱり時間戻せたのか。」



 席に着くなり、青年はそう聞いた。家に帰ったあと、冷静に考えてみると、そっちのほうが辻褄が合っているのでは?と考えていた。……誰かにこのことを聞かせれば、「冷静じゃ無い」と言われるだろうが、生憎、俺はこんなことを話せる相手はいない。



「はい。もちろんです。何時間も戻すのは難しいですが、10分、20分程度なら簡単です。」



「ああ、そう……。」



「これで信じて頂けましたか?」



「そうだな……。信じがたいが、お前が人外の能力を使っているのも事実だしな。とりあえず、信じるという方向で話しを進めようと思う。」



「強情ですね。完全に信じてくだされば、それで終わるのに。」



「信じようとしてるだけ、相当歩み寄ってるだろ?それに、話を聞く気があるんだから、それで十分なはずだ。」



「……そうですね。私としては死んでくだされば、何でも良いので。」



 アクメシはこの青年はなかなか有望な子だなと思った。この感じだと、死んだあとも何の心配もいらないだろう。



「死に方を考える前に、いくつか質問したいんだが、良いか?」



「はい。もちろんです。私が知っている限り、何でもお教えいたします。」



「いや、そんなに大層なことじゃない。ただ、死んだ後ってどうなるのかと思ってな。」



 青年の言葉にアクメシは露骨に不思議そうな顔をした。



「?昨日話した通りですよ。記憶をなくして、別のところに生まれ変わります。」



「いや、それは分かったんだが、……俺の能力ってどうなるんだ?」



「ああ、それは生まれ変わり先によります。魔術師に生まれ変われば魔法が使えて、剣士に生まれ変われば最初から剣の扱いが上手いです。他に、鳥や獣やなどなどありますね。神になれるチャンスもありますし。とにかく、生まれ変わったさきの種族で能力は決まりますね。」



「いや、そういうことじゃなくてだな……。はぁ……。」



「じゃあ、どういうことですか?」



 青年のため息にもアクメシは笑顔を崩さない。これが、営業マンと名乗っている所以だろうか。



「ほら、一応、俺は人間のなかでは頭が良いほうだろ?」



「自惚れが過ぎますよ。人間より知能が高い種族なんて世界にたくさんいますからね。」



 あなたは知らないでしょうがね……とアクメシは付け加えた。もしかしたら、少しイライラしていたのかもしれない。



「いや、そういうことが言いたいんじゃなくてだな……。というか、神たち以外にそういう生物がいるのか。」



「はい。それはごまんと。」



「それはそれで楽しみだな……。って、そうじゃなくて、俺の能力……ポテンシャルといったほうが良いか?その種族のなかで、スキルが上のほうになるのか、下のほうになるのかはどうやって決まるんだ?」



「……ああ、そういうことですか。それは、魂の力で決まります。これは、誕生したときに決定するので、力が強い人はどの生物に生まれ変わっても、能力は上のほうになりますね。……ですので、あなたの場合は必ず、上のほうになりますね。」



 青年はそれを聞き、嬉しくなった。どの世界でも、それなりにやっていけると分かって、少しテンションが高くなっていた。



「ただ、運はランダムで決まります。こればかりはどうにもなりません。」



 青年はその言葉で、高くなったテンションが少し落ちた。全てが全て上手くいくなんてのは、どの世界にもないんだな。



「今回の俺は運悪かったもんな……。」



「……いえ、そんなことはありません。運は種族のなかで決まるので、あなたは良いほうです。……ここ日本に生まれた時点で。」



「……それはそうかもな。」



 誰かが日本人に生まれた時点で、勝ち組だと言っていたなと青年は思う。こいつがそう言うのなら、本当のことなのだろう。……ただ、だからといって俺は運が良かったとは思えない。なぜなら、身近な周りに比べて、どう考えても不自由な生活をしているからだ。周りが好きなことして遊んでいる時間に、勉強しなければいけないなんて、不遇にもほどがある。人間の幸福度は知らない人たちと比べるのではなく、知っている人たちと比べてどうなのかで決まるのだろう。



「これで、あなたの疑問は解消できましたか?」



「……あー、あと、一つだけある。」



「何ですか?」



「俺が死んだ後、家族たちの記憶に俺は残るのか?」



「……残りますよ。死体も残りますしね。葬儀もきちんと行われるでしょうし、もしかしたらニュースになるかもしれません。……それが嫌だったら、少しお時間を頂くことになりますが、存在そのものをなかったことにできますよ。」



「いや、それは良い。俺が死んだあとなんてどうでも良いしな。ただ、確認したかっただけだ。」



「……そうですか。」



 青年は俺が死んだ後、周りの人たちはどう思うのだろうと考えた。恐らく、悲しむ人はそんなにいないだろう。学校の連中はもちろんのこと、親もあまり悲しまないのではないだろうか。愛されている感じもほとんどないし。なら、最後の置き土産として葬式という面倒なことをやらせてやろう。最初で最後の復讐だな。



「……悪い、ちょっと質問で長くなったな。もう、疑問はない。……で、簡単な死の方法ってどんな感じだ?」



「おお、俄然死へのやる気が出てきたみたいですね。」



 青年は何でこいつは俺が前のめりになると、話をそらすのだろうと少し腹がたった。こいつの悪い癖なのかもしれない。



「……そんなことを言うと、死にたくなくなるぞ。」



「それは失礼いたしました。どうか死のうと考えてください。」



「……ああ、そのつもりだが、どうすれば良いんだ?」



「はい。それでは、いくつか質問をいたします。簡単に死ぬ方法とは、短時間で死ぬことですか?それとも、痛みはなく死ぬことですか?」



「……両方っていうのは無理か?」



「いえ、可能ですよ。それが、一番人気のプランですからね。一応、決まり文句として最初にお聞きしているんですよ。」



「なるほどな。」



「はい。といいますか、どの方法でも痛みはなく死ぬことは出来ます。もし屋上からの飛び降りだとしても、痛覚を抜けばいいですからね。それもお任せください。」



 青年はあり得ないことを言うアクメシに対しても、あまり驚かなくなっており、話もすいすいと進んだ。



「対策は万全、ということか。」



「はい。希望の死に方はございますか?」



「そうだな。そのまま、飛び降りが良いかもな。一度、スカイダイビングとかやってみたいと思ってたし。」



 青年は自分がスカイダイビングをしている姿を想像し、少し微笑んだ。今回はパラシュートはついていないので、スリル感が何十倍にも膨れあがることだろう。



「かしこまりました。日にちはどうしますか?このあとでも大丈夫ですが。」



「いや、それはちょっと待って欲しい。……いくら、死が良いものだとしても、それなりの覚悟はいるからな。」



「もちろん、お客様のお考えを尊重いたします。ですが、こちらの願いといたしましては、お早めの希望がいいですね。」



「そうだな……。せめて、二、三日は待って欲しい。」



 親に感謝を伝えたいとか、別れの挨拶をしたいとかは青年は思っていなかった。むしろ、恨みや妬みしか無い。そんな人たちに伝える言葉なんて持ち合わせていない。ただ、この世界とは別の場所に行くのには、多少の決心が必要だ。少し違うかもしれないが、海外に移住するようなものか。……全然違うな。



「ほとんどの方はそのように少し猶予が欲しいとおっしゃいます。ですが、死後の世界を見ている私から言わせてもらうと、早めで良いのにと思ってしまいます。なぜなら、私の勧めで死んだひとのなかで、後悔している人はほとんどいませんので。」



「……そうなのか?」



「はい。もちろん私も誰も彼も、営業かけてるわけではありませんからね。人生に絶望している人、将来が暗いと分かっている人……などなど、一度死んだほうが幸福なのにと思う人にこうして話しかけていますのからね。」



「……それはそうなんだろうな。」



 俺にこうして声をかけている訳だから、と青年は思った。



「はい。ですから、死にましょう。幸せになるために。」



 アクメシは両手を広げ、大きな声でそう言った。


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