第7話 高校生の男の子7

「お、俺が死んであなたに何の得があるっていうんだ!」



 動揺と恐怖から青年は思わず大きな声を出した。ただ言い終わったと同時、青年はアッと口から漏らす。周りには大勢のお客さんが居る。そこで、こんな大声を出してしまったら……そう思い、青年は周りを見渡した。

 だが、誰一人としてこっちに注目する人はいなかった。



「安心してください。周りの人には聞こえないようになっていますから。



「どういうことだ?」



「全く喋っていないというのは逆に不自然なので、何か喋っているが内容は聞こえないようになっています。それにプラス、私たちの話の内容が気にならないように仕向けています。」



 こいつはなかなか俺の質問に正確に答えてくれないな、と青年は思う。思わずため息をついてしまった。



「いや、そういうことが聞きたいんじゃなくて……、いや、それもすごいけど。」



「……ああ、そういうことですか。失礼しました。人間の皆さんはこんなこと出来ませんものね。」



 青年の態度を見て、営業マンは意図を理解したようだ。ただ、青年はその言葉にひどく寒気がした。



「……お前は人間じゃないのか?」



「それも昨日申し上げたはずですが……、私に種族は振られていないと。」



「そういえば、宙に浮いていたっけ……。」



 見た目は一般的な人とあまり変わらないので、そんなこと忘れていたなと青年は思った。確かに、健康的な人としては肌が白すぎるが……。



「あれも、人間には不可能ですものね。」



「もちろん、そうだが……。」



 営業マンはそこで考える仕草をとった。説明の方法を考えているのだろうか。



「……そうですね。あなたたちにとって分かりやすく言うならば、使といったところでしょうか。」



「……悪魔?」



 また、訳の分からないことを言うな……と青年は思った。が、確かに思い返してみると、むしろそっちのほうが納得できそうではある。



「はい。正確には私は悪魔ではありませんが……、上司が悪魔という感じです。」



「……じゃあ、俺たちの世界とは違うところから来たと。」



「どこまでの範囲をあなたたちの世界と言っているのかは分かりませんが、少なくとも地球には住んでいないですね。」



「……神々の世界から来たということか?」



「まあ、概ね合ってます。私は神なんてそんな大それたものじゃありませんがね。」



 神に比べれば私は雑魚です、と自称悪魔の召使いは付け加えた。彼は一息つくためかコーヒーを飲んだ。



「……で、そんな人外が俺を殺すってことか?」



 青年のなかには恐ろしいという感情もあったが、好奇心が芽生えていたことも事実だった。むしろ、後者のほうが大きいくらいである。



「殺すなんてそんな滅相もない。私たちはあくまで、手助けをするだけですから。直接手を下すのは、死に神様くらいです。」



「死に神もいるのか……。死なせたいなら、死に神に任せればいいのでは?」



「いえいえ、死に神様もお忙しいですからね。魂が強い人のところにしかいきません。」



「なるほどな。……営業マン、とか上司とか忙しいとか、会社みたいな言い方するな……。」



 およそ人間らしい生活はしていないであろう悪魔たちが、人間世界の言い回しを使うことが青年は奇妙に感じた。



「そっちの方が人間達には分かりやすいかなと思いまして。」



 青年はお客に分かってもらうための配慮なのかと思った。悪魔や神と言えば、上から物を言ってくるものだと思っていたので、少し意外だった。



「……まあ、確かにな。ところで、お前は殺すことは出来ないのか?」



「はい。殺しなんてのは、地位が上の人にしか許されません。きちんと、知識を蓄えて、力をコントロールできるようになってからですね。でないと、無闇な殺生をしてしまいかねないですから。これは我々の世界の御法度です。」



 意外と良心的だが、やっぱり殺すことができるのか……と青年は怖くなった。



「……コントロールということはしようと思えばできるのか。」



「人間程度なら、余裕ですね。ただ、あなた一人だけというのが大変難しいです。この店全体なら、楽勝ですが。」



「普通、逆だよなあ。」



 まあ、それは人間の世界の常識かなのかもしれないな……と青年は思った。



「私たちの教えでは、技術を向上させるということはコントロールできるようになるってことですからね。それが力アップに繋がりますし。」



「俺にはよく分からない世界だな……。」



 悪魔の召使い、通称あくめしは笑みを浮かべていた。青年はとんでもないやつと出くわしたと戦々恐々としていた。



「で、俺が死ぬとお前にメリットあるのか?」



「はい、もちろん。私たちの給料は出来高制ですからね。私が促して死んだ人の数がインセンティブとして、懐に入ります。」



「神々の世界にもお金があるのか?」



「いえ、お金という形ではないですね。形あるものにしたら、争いが絶えませんから。概念として私たちに入ります。それでやりとりするって感じですね。」



「へぇ、よく分からないが、すごそうだな。……つかぬ事を聞きますが、主食は?」



 青年は好奇心に任せてそう質問した。ただ、聞かなくても良いことだったので、自然と敬語にが復活していた。……もしかしたら、機嫌を損なわせてしまうかもしれないからな。



「私たちは基本食べなくても生きていけますが、好物は肝臓ですね。特に人のは美味しいです。」



「聞かなければ良かった……。」



 想像よりはるかにグロテスクな答えが返ってきて、青年は思わず頭を抱えた。



「で、一応死へのプランは色々あるんですが……、どうしますか?」



 あくめしはそう言って、話を戻した。このまま話をそらし続けていては、いくら時間があっても終わらないと思ったのであろう。



「唐突だな……。俺が死ぬことによるメリットあるのか?」



「もちろんです。あなたたちの世界でも輪廻転生という考えがあるじゃないですか。実はあれ、ほとんど合っているんです。いやあ、人間達だけでその考えまで及ぶなんて素晴らしいですね。」



 あくめしは嬉しそうに笑った。が、青年は対照的に表情が曇っていた。



「……何も嬉しくない。」



「それで、もしあなたが死んだら、この世界でも良いですし、別の世界でも生まれ変わることが出来ます。もちろん、今回の人生と一緒でその記憶は抹消されますが。」



「……そうなのか。」



「はい。今もなお、死後の世界では亡くなった魂たちが選別されているところです。」



「なかなか怖い話だな……。」



 俺にはあまり想像出来ない話だな、と青年は思った。何しろ人間にとって、それは物語上だけの話で、これまで本当かどうなのかよく分からない話だったのだから当然だろう。



「いえいえそんなに怖くはありませんよ。閻魔様も優しい方ですので。」



「閻魔様もいるのか……。」



「はい。……そう考えると、人間ってそこらへんの概念、きちんと当ててますよね。もしかしたら、こちらの世界の生まれ変わりがいるのかもしれませんね。」



「お前らにも寿命があるのか?」



「もちろん、ありますよ。種族によって違いますが、だいたい80億歳くらいですかね。」



「途方もない数字だな……。」



 地球の歴史を完全に超えているなと青年は思った。



「それで、どうですか?死にたくなってきたんじゃありませんか?」



「二つ返事ではいと言うわけないだろ……。」



 何をさも当たり前のように……と青年は思い、失笑した。すぐに了承する人なんて、死後の世界に興味がある狂人くらいだろう。



「まあ、そうですよね。でも、先ほども話しました通り、死ぬメリットもあるわけじゃないですか。」



「……しかし、今までの話が嘘って場合もあるだろ?」



 青年は眼光を光らせそう聞く。人間の常識的に考えると、おかしな話なのだ。悪魔や神や閻魔様など嘘と考えるほうが妥当である。それに、人間が考えた神話の話と合う部分が多く、作り話と言われてもおかしな話ではない。むしろそっちのほうが自然ではないかと青年は思った。もしかしたら、こいつはただの宗教家かもしれない。



「……まだ、私を信用できない、と。」



 自称アクメシはゆっくりとそう呟く。彼からすると、少し気分が悪い話だ。



「俺の知らない世界の話だからな。嘘をつくのも容易いはずだ。」



「なるほど。勉強出来るだけあって、頭が良いですね。」



「お褒めの言葉をどうも。でも、そう考えたほうがが自然なんだよな。」



「これだけの状況が揃っていて、ですか?……分かりました。では、時間を戻してあげましょう。それで、信じさせてあげます。」




 アクメシはそう言って、指をパチンと鳴らした。



―――――――――――――――――――――




「あれ?ここは……。」


 青年はいつもの帰り道に立っていた。さっきまでいたカフェも斜め前に見えている。時間を見てみると、あのアクメシと会った時間に戻っている。……これは?もしかしたら、今日の出来事は夢だったのかもしれないと青年は思った。いや、それにしてはさっきまで飲んでいたカフェラテの味が舌に残っている。まさか、本当に……。



「って、やば。早く帰らないと。」



 青年はまた休憩時間を削られてしまうと思い、その考えを一旦やめて全力で駆けだした。









「……明日が楽しみですね。」




 空からその姿を見ていたアクメシは嬉しそうに笑っていた。


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