第3話 高校生の男の子3

「いつもより、10分遅いじゃない。同級生と喋ったりしてたんじゃないでしょうね。」



 家に着くなり、青年の母親が怒り口調でそう言った。青年は少し気圧されながらも反論する。



「ち、違うよ。ちょっと、ゆっくり帰りたい気分だっただけだよ。」



「まあ、10分程度ならいいでしょう。休憩時間を10分減らせば良いだけですし。」



「っ!何で減らすんだよ!」



 母親の発言に青年は怒った。それは青年にとって、とてもひどい仕打ちだったからに他ならない。



「え?あなたが悪いんでしょう?遅く帰ってこなかったら、良かった話じゃありませんか。」



「そ、それは……。」



 確かにそうかもしれない、と青年は思う。自分が遅く帰らなければこんな事態にはなっていないのだ。



「はいはい。時間が勿体ないですから、部屋で勉強してきなさい。……いつもどおり、サボるのは許しませんから。」



「……分かってるよ。」



 青年はいつものように階段を上がっていく。自室で勉強するためだ。高校生になってから、毎日こんな生活をしている。もうすぐ、一年経とうとしているのにもかかわらずだ。ただ、そのおかげか、この地区で一番頭が良い学校のテストで毎回上位にランクインしている。時々、一位になることもあった。

 ただ、それでも、母親は遊ぶことを許してくれなかった。部活に入ることも許されず、勉強ばかりの毎日。いつも上位にランクインしているのに、褒めてさえくれない。そればかりか、一位じゃないとお説教タイムが待っていた。その後、一週間ほど家庭教師と称して、監視期間が設けられる。……雁字搦めのこの生活に当然のように嫌気がさしていた。

 そんな青年の唯一の楽しみが30分ほど設けられる休憩タイムだった。寝る準備をしたあと、布団に入るまでの僅かな時間。そこで、いつもアイドルの動画を見ていた。絆がすごくて、歌もダンスも揃っており、バラエティも面白い。そんな彼女たちの姿を見ることで、何とかこの生活を続けられていた。……ただ、それが今日は10分も削られる。実の親とはいえ、憎まずにはいられなかった。



「はぁ……。本当に、生きる意味なんてあるのかな、俺。」



 青年のここ最近の口癖だ。一人になった瞬間、毎回と言っていいほど、死がちらつくのである。



「早く準備しないと、何されるか分からないからな。」



 青年はそう言って、タブレットの電源をつけた。これは、遊ぶためでも、勉強するためでもない。……監視されるためである。青年の母親はタブレットを通じて、しっかりと勉強しているかを見張るのだ。これを怠ってしまうと、叱責が飛んでくる。機嫌が悪いと、ご飯を減らされてしまうこともあった。文字通り死活問題である。



「……あの人、結局、何者だったんだろうな。」



 青年は帰り道にあった人のことを思い出す。不気味なオーラを放っていて、病人と見間違うほどに肌が青白かった。死への手助けなんていっていたが、どういう意味なのだろう。……本当に言葉通りの意味だったら……、いや、考えるのを止めよう。



「というか、あの人のせいで休憩時間減ったんだよな……。」



 タブレット越しの母親に聞こえないよう、青年は小声で呟く。考えれば考えるほど、腹が立ってきていた。あいつがいなかったら、怒られることも楽しみが減ることもなかったのに……。はぁ……、まあ、考えてもしかたない。次会ったら、怒ってやりたい気持ちがあるが、もう会いたくないという気持ちも事実だ。……あんなに恐怖を感じた人は初めてだと青年は思っていた。

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