第4話 高校生の男の子4

「では、提出してください。」



 母親にそう言われ、青年はノートを差し出した。お風呂に入る前に、必ずそうすることになっているのだ。お風呂に入る時間も出る時間も決められており、長居することは許されなかった。その後には、決まってテストが待っているからだ。青年が20分ほどお風呂に入っている時間に母親がノートを見て、簡単なテストを出すのである。このテストは10問で、9問正解しないと、休憩時間剥奪ということになっていた。



「では、テストを開始しますよ。」


 青年はいつものようにお風呂のあと、リビングの机に座り、母親のその声を聞いていた。

 制限時間は10分。今回は社会系を主にやっていたので、カッコ抜き5問、文章題が5問である。時間も問題によって様々で、特に数学の時は計算問題が主なので、30分になったりした。

 青年は5分ほどで最後まで、たどり着いた。だが、カッコ抜き1問、文章題1問が、まだ空欄のままだった。青年は焦りを感じていた。社会などの暗記科目は比較的得意で、これまでほとんど満点が取れていた。なのに、今回は2問も思い出せていない。これでは、休憩時間がなくなってしまう。―――焦れば焦るほど、思い出せなくなっていた。そもそも暗記科目なので、今、思い出せないものを思い出すのは不可能に近い。なぜ、なぜ、なぜ、思い出せない。何度も問題を読み直してみても、答えが浮かんでこなかった。しかし、代わりにあることを思い出していた。

 そうだ。これを覚えているとき、俺はあの人のことを考えていたんだ。勉強中、考えないようにしようとしても、あのフレーズが度々頭をよぎっていた。『死への手助け』、果たして本当にそんなこと出来るのだろうか。本当に出来るのなら、俺は……。


 ――――だから、思い出せないのか。青年は唇をかんだ。文字列を目で追い、ノートに写していたはずなのに、頭にはほとんど入ってきていなかった。……本当に全てあいつのせいだ。



「どうしたんですか。社会の問題で8問なんて珍しい。」



 丸付けが終わった青年の答案を見て、母親は心底意外そうにそう言った。こんなことなんて滅多にないから当然だ。



「……そうだな。」



 青年は本当に悔しかった。あいつにさえ、会わなければ……。青年の心のなかでは、自称営業マンに対しての恨みが募っていった。



「次は頑張ってください。今日の休憩時間は全て、勉強に充ててもらいますから。まあ、どっちにしろ、今日は少なくなっていたので、ちょうどいいでしょう。……もしかしたら、それで気が緩んだ、ということですかね?」



「いや、そんなことはない。」



「まあ、何でも良いですが。10時まで勉強したら、素早く寝てください。スマホでもいじっていようもんなら、分かっていますよね?」



「分かってるよ。」



 青年はそう言って、自室に戻っていく。平静を装っていたが、心なしか肩が落ちているように見受けられた。


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