第8話 魔法をつかってあげるから

 出発のとき、人魂たちが見送ってくれた。怒りに任せて暴れている獣だけ、居場所をもとめて吠えている声が聞こえた。魔女はまた様子見に行くからと話し、皆の注意を下へと向けさせる。んじゃあんたら達者でなと、違う地方へと行くものへ声をかける。何かあったら遠慮なく相談しなよ。魔法つかってあげるから。その声もしばらく響いた。もちろん引っ越しは真夜中に行われている。



「ここか」


「マスター連れてきたよ」


 カランカランとドアを開ける音。


「ああ、いらっしゃいませ」


「お、魔女さん今日はえらくべっぴんさんに化けてんだな!」


「こいつの趣味でね」


「…」


 無言で魔女を睨みつける吸血鬼に、その場にいた客が全員凍りつく。


「うわあ、ホンモノ?」


「レアなモンスター来ちゃった!マスターここすごいね」


「うるさい」


 その反応にまた周囲を睨む吸血鬼、何匹かしれっといなくなる。マスターは吸血鬼に近づきペコッと頭を下げる。



「ありがとうございます!いやあやっぱりすごいなあ」


「?」


「ふふふ、だから言ったろ?いるだけでもいいんだとよ」



 吸血鬼にささっと説明すると魔女は自分のアパートへと向かおうとする。



「え、もう行くんです?」


「なんだい?寂しくなったのかい?心細いのかい?ホームシックかい?」


 にやにやしながら畳み掛けるように聞く魔女。



「ほんと嫌な女ですね、違いますよ。何かあったらすぐ呼びつけますからね!」


「はいはい」



 〇〇〇〇〇〇


 僕はこのカフェの地下にいる。マスターは人間で名前を山下貴司という。タカシでもヤマシタでもマスターでもいいと言われたが、僕はおい人間と呼ぶ。まあそれでも問題ないからいいよと返された。文章にするにあたって人間と他の人間との区別がつけられないから、マスターと書くことにする。


「キュー様ほんとにそこに寝るの?ベッドあるけど」


「ここが一番」


「ほんとに墓場で棺桶で寝るのね」



 マスターには魔法の空間もしっかり見えるようで、地下のワイン樽のさらに奥に魔女が魔法をかけてくれた墓地と僕専用ベッドがある。ここに入ってこれるのはマスターだけだ。



「キュー様、そろそろいいかな?」


「いいぞ人間。今日は何をする?」


「いいよ、何もしなくて」


「別にしてもいいぞ。さすがに本ばかり読みすぎた」


「うーん、じゃこれ拭いてくれる?」



 気分が乗った時だけ人間の仕事をするようになった自分に少し驚いている。ここにきてからしばらくは魔女から借りた本を読みながら、カウンターに座っていた。うるさいやつは睨めば静かになった。気を抜いていたら人間の客が来た。本当に気づかれなかった。時々気づく者もいることがわかった。化け物たちも常連がいたり、人間世界にゴロゴロいることに驚いた。僕がニセモノだということもなんとなく分かってきた。睨みで負けたことはないが、きっとホンモノの吸血鬼が生き残っていたら、きっと僕は吹き飛ばされるのだろう。

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