第35話
「――――――――分かりました、姉様」
釈然としない様子ながら、長い沈黙の後にジーンは不承不承を隠しもせずとはいえ了承をしてくれたものだから、本当に嬉しかった。
安心はしたけれど、ジーンにこれ程早く見つかったのは私に何か目立つ要素があったかと、屋敷の自室でも確認したが、改めて再確認しようともう一度自分の姿を何度も熱心に見回す。
本来の器は赤ちゃんであるのを無理矢理成長させて十代後半の姿にしているからだろう、全身を包む眩い光は、『隠しの指輪』でどうにか普通の人間に見えるように出来たのは僥倖だったとしみじみ思う。
「ジーン、中央広場の噴水から見て右側の、平民側に向かって流れている小川沿いの道から下った街はずれに最も近くて、一番見事な桜の大木がある公園の場所、分かる……?」
ジーンの表情が更に渋いモノに。
前世で傷つけ、成長した弟にそれをされると非常にいたたまれない。
「あそこは帝都アウルムといえどあまり治安のよくない場所ですよ、姉様。確かに他所の国であればありふれているのかもしれませんが、姉様が御存知の時代より、帝都に城壁の無いのを良い事に現在は格段と世界中から良からぬ輩が大量に集まっている吹き溜まりです。どうぞ御考え直し下さい、姉様」
案じるように見つめる宝石の様なジーンの紫の瞳。
宵闇に舞う桜の花弁と相まって不思議と妖しげな様子を醸し出すそれを見ながら、抱き上げられたままの状態で考えた。
私が知る時代と言われると……死んでからどれだけの時が流れたのか不安になる。
確か物語では――――レイアBが産まれた後成長を始めるのは十年後だったはず。
だから物語の始まりである一番初めに発表されたゲームの開始は……レイアAが死んでから二十五年後だったと記憶している。
十五歳の『オルビス魔法学校』への入学式。
そこからが小説でも漫画でも勿論ゲームでも大半が始まりだったから。
「ジーン。姉様はそれでも行かなければならないの。もし心当たりがあったら教えて欲しいのだけれど」
闇雲に探すより絶対に良いだろうという想いと、ジーンと何か話したいという想いが合体した結果の言葉だった。
今の帝都には詳しくはないし、ゲームでの帝都の地図は前世の記憶と擦り合わせても大雑把な印象。
アストラに頼るという選択肢もあったけれど、やはりジーンが気にかかる。
どうにも今のジーンとの間で沈黙を挟むのは危険ではないかと、熱心に私の本能さんが囁くのもそれらを冗長させていた。
何故か理由は分からない。
それでもダメなのだと黄色信号が点滅する本能に内心首を傾げながら、身長差に違和感を憶えつつ、いつも通りにジーンの顔を微笑みながら見ていた。
「……姉様と共に行くと言いましたからね。分かりました、ご案内致します。ただ一つ条件が。何の目的で其処に行かれるのか御教え願えますか、姉様?」
酷薄などうしようもないくらい整った美貌だけれど、幼い頃のように小首を傾げながら私の行く場所を問う姿は……大きくなっても懐かしい。
あの小さなジーンが本当に大人の男性に成長したのだと、低音になった美声と喉仏を見ながら場違いかもしれないけれど思ってしまう。
「あ、見られると困るから姿を隠すわね。私に触れているし許可もしているからジーンも大丈夫よ。――――それでね、ジーンは現在のアルゲンテウス大公家の様子は分かっているの?」
質問に質問で返すのは心苦しかったけれど、これが理解していないのならば説明の仕方を考えなければと問いを発する。
その前に『隠しの指輪』で遅まきながら姿を隠し終えてから。
「……姿を見えなくするというのは――――どうやら本当の様ですね。姉様のお力でまだ私の知らないものがあるという事に苛立ちを覚えますが、同時に今教えて頂いた幸運に感謝致します」
そこで蕩ける様な表情で一旦言葉を切って私を見詰めるジーンの姿を見ながら、どうやらこの子は一人でこの場所に来たのではないかもしれないと思い至る。
この『隠しの指輪』を使用した場合、自らは姿が見えなくなったことを自覚出来ない。
他者からの指摘を受けて理解できるのだ。
……探ってみても誰がいるのか私には探知できない相手という事。
そう結論づけてジーンの、弟の返答を待つ。
「――――そういう姉様は御存知なのですか?」
探る様に私を見つめるジーンに、思わずといった調子で仕様がないわねと苦笑した様に装った。
「勿論よ。ジーンは私の能力を忘れたの? だからここに居るのよ」
『千里眼』で見たのだと彼が思うよう誘導した。
私の能力の一つである『千里眼』は、世界の狭間でアストラに聞いたところによると、どうやら『成長』させた状態とはあまり相性が良くないらしく、『成長』を使う前後に用いるのは危険であるらしい。
更に『成長』している状態では上手く『千里眼』は発揮されないとの忠告も受けている。
これはアストラ以外には現在知られていないのを有効に使うつもり。
――――前世において私の能力が劣化した理由が分かって良かった。
今度は同じ愚は犯さない。
自らの重要なカードを使い物に出来なくなるなどという愚かな真似は。
だからこそ隠しておくべきところは隠しておこうと決めたのだ。
世界の命運を変えると決めたのだから、それ位はしなくてはならないだろう。
私の『千里眼』という能力は、実際いつ見えるか分からない不安定なものだ。
歴代の皆がそうであったらしいが、突然ビジョンが浮かんでくるものであるらしい。
時も場所も選ばないそれは、頻度や何時の事柄なのかというものも千差万別で、十数年に一度や一ヶ月に一度と決まってビジョンが見える人もいれば、『千里眼』の能力発動に規則性が無いという人物もいたという。
規則性のある人の方が多く、それが無い人の方が世界や国にとって重要なモノが『千里眼』で見えたらしい。
そして私は規則性が無いからこそ、過去現在未来、遠方含めてこの国や世界にとって重要な事が見えてしまう『千里眼』を持っていた。
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