第36話


「私が知っているのは『魔女』が兄上を嵌め――――命を盾に取りやがってアルゲンテウス大公家を好き勝手にしくさっているというくらいです、姉様」


 ……素晴らしく良い笑顔で何やらジーンから早口であの子が言いそうに無い言葉が……

 ――――考えたらいけない気がしたので静かにスルー。


「……やはり彼女は既に大公家に上がり込んでいるのね……――――彼女の産んだ娘については……?」


 瞠目した後、また蕩ける様でもあり同時に誇らしげな様子で一瞬微笑んだジーンは、次の瞬間真面目な表情になりながら口を開く。


「姉様、これ以上此処で時間をかけますと例の桜のある公園に到着する時刻が心配です。向かいながら話す事をお許し願えますか?」


 ジーンの言葉に確かにと納得。

 ゲームでもあの場所に丑三つ時前後に行ってしまった場合は、Bad endになる割合が高かったと記憶している。

 フラグ次第で様々変わるのだが、あのゲームはシミュレーション要素がかなり拘っていた印象だった。

 季節や曜日、時刻もフラグなのだ。

 ……少なくとも私が知る限りのゲームはと注釈が付くが。


「勿論。私の方からお願いしなくてはいけなかったのに……ごめんなさい。それからありがとう、ジーン」


 肯きながら微笑んだ私に、嬉しいのを隠しもせず果てしなく甘く優しい眼差しと声音のジーンには……どうにも落ち着かない。


「……姉様はそういうところも変わりませんね。――――例の『魔女』もその娘も姉様がお眠りになった二ヶ月後には乗り込んで来ましたよ。義姉が亡くなって早々でした。喪中はおろか忌中も明けてもいないというのに」


 ジーンは最初は温かな笑みだったのだが、彼女について話し出すと同時に酷薄な美貌を歪め吐き捨てる様に言いながら歩き出し、朧月夜に桜の花弁が舞い散る幻想的な遊歩道を抜けたと思ったら……軽やかに空中を移動しだした。


「――――ジーン……!?」


 彼女が親友を殺して間も無く我が家に来たことに怒りが沸き上がる。

 私は他者へと悪感情を抱くこと自体珍しいとアストラが以前言っていた事を思い出す。

 それを踏まえれば、彼女の行動が理解できないし、したくも無いと思うほどには私の頭は沸騰している。

 などと思っていたのも一瞬、恐ろしい程のスピードなのは眼下で流れるように過ぎ去る景色で分かったけれど、それにしては風圧を全く感じなかった。

 どうやら魔力を障壁代わりに使っているらしいと見立てて首を傾げてしまいながらも、その速度に怖くなってジーンに力いっぱい抱き着いてしまう。

 それが嬉しいのか、微かに楽し気な笑いを噛み殺しているジーンにしがみ付きながら思ったのは魔法の事。

 彼女への怒りで身動きできなくなるのだけは避けたかったから、思考を逸らしたのだ。

 冷静でいなければミスを誘発しかねない。

 なんとしても守りたいものを守るために、落ち着くまで別の事を考え続けなければ。



 ――――この世界の人間は基本的に一つの元素系の属性魔法と防御系の魔法から一つを得手としている。

 元素系の場合、他の属性はほぼ使い物にならないのが常。

 二つ以上の属性を得手とする一族や人物は限られる。

 同時に防御系の魔法を複数得意とする者や一族も限られるのだ。

 我がアルゲンテウス大公一族も元素系、防御系をそれぞれ二つ以上を得手としている珍しい一族の一つであり、それが出来なければ跡継ぎ足り得ない。

 しかものだ。

 アルゲンテウス大公一族の元素系魔法属性は氷と炎、それから闇に水。

 この属性以外の子供が生まれる事は非常に稀。

 更に加えてアウレウス神聖帝国の人間であれば――――枠外の魔法である浄化魔法を使えるのが常だ。

 浄化魔法を皆が使えるのはアウレウス神聖帝国のみではあるが、その中でも更に得意としている者もいればそれほど得手としていない者もいる。

 そして浄化魔法を得手としている者は、皆共通してこれまた枠外の魔法である治癒魔法が得意だった。



 使える者が他の属性に比べれば珍しい光属性魔法と闇属性魔法を使えるならば、総じて治癒系の魔法もあるのだが、光属性魔法の治癒は治療する者の魔力を消費して相手を治療する特徴があり、闇属性魔法の治癒は治療される者の魔力を消費する。



 これらと治癒魔法の違いは、己の魔力も相手の魔力も消費する事もなく魔法が使える点だ。

 大気に満ちる魔力を集めて使うのが浄化魔法や治癒魔法。

 だからこそ自らの魔力のみを使う他の属性の魔法よりも露骨に差が出てしまう。

 枠外の魔法は才能が無いと絶対に使えないが、かといって使えるからといって誰もが得手としている訳ではないのだ。

 アウレウス神聖帝国の者以外でも浄化魔法と治癒魔法を使える存在がいない訳ではない。

 光属性と闇属性よりは少ないが、それでも稀と言うほどではないのだ。

 自らの魔力を使った浄化と治癒であれば、この世界では皆が使える。

 だが、効果は押して知るべし。

 己の魔力を使う治癒も浄化も凄まじく魔力を消費するのだ。

 使うことで逆に魔力切れからの命の危機を招く。

 簡単な穢れやケガならばなんの問題もない。

 ないけれど、重傷以上は神殿に行く事をお勧めする。

 帝国であれば病院を。

 ……残酷だと思うのは、どれだけ望んでも才能が無ければ全く使えないというのに、使える才能はあったとしても、どれだけ努力しようと得手とする才が無ければその属性の魔法は初級のそれを超えられない。

 初級魔法とそれ以外には明確なまでの差があるにも関わらず。



 ――――ジーンが使っているのは……枠外の魔法だった。

 それもおそらく初級以上の。



『成長』している間は他の能力をあまり使わないようにとのアストラの言葉を守っているから、正確に『解析』が出来ない。

 それでも私には精霊の力が行使されているかの有無は分かってしまう。

 この世界の魔法の大部分は、己の魔力を対価に精霊という端末からその属性の力を引き出すというモノだ。

 だから精霊の気配もせずに何等かの能力を使える人間は、俗に異能者と言われる者達か、枠外魔法を使える者に限られる。

 更に言えば、枠外魔法を使った場合は周囲の魔力が影響を受けるので判別できるが、異能者と言われる者達の場合、魔力とも違う力の源から力を引き出す関係上、『解析』や『観察』『鑑定』といった能力が無いと持っている事も使っている事も分からないのだ。

 だからこそ軍関係者や政府関係者、貴族は、『解析』等の能力を付与された魔導具を必ず身に着けているという。

 そして私を含む『魔眼』と言われる能力持ち達も異能者に分類されるのだ。



 私が記憶しているジーンの魔法属性は全て一族の特性通りのモノ。

 だからこそ覚えのない枠外魔法を使っている事で混乱している私を楽しそうに見詰めつつも、ジーンが使う魔法に微塵も狂いは無い。

 その技術の高さと習熟度合いにジーンの努力が垣間見えて泣きそうになる。

 幼いジーンの姉というより母親の代わりであろうとしたからかもしれない。

 母親が自分の所為で亡くなるというのは――――本当に辛いものだ。

 だから私はお父様の力にもなりたかったし、お兄様の支えにもなりたかった。

 妹のグローリアにも模範を示さなければと気負い、ジーンを導いて守らなければと思ったから……だから私は――――


「姉様、着きましたよ」


 思考の闇に囚われてしまいそうだった私に、どこか甘えるような美声で告げるジーンのおかげで、しなければならない事を思い出した私は気合を入れようと掌を強く握りしめた。

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