第31話

 パチッと目を見開き、起き上がってキョロキョロと辺りを見渡した結果……暗闇の中でもそこは前の人生で私が使っていた部屋であるのが如実に分かってしまって複雑だ。

 高い天井も……白で統一され精密な細工のされた華麗な家具の数々に、バルコニーへと続く大きな窓、それらを閉ざす重厚なカーテン。

 瑠璃色と金糸で彩られたポール式の天蓋付きの見事過ぎる上に寝心地抜群のどうやら私が寝ていたベッド。

 寝具は全てに緻密な刺繍が施され、触り心地も見た目の艶やかささえ懐かしい。

 私が長期間寝ていたにもかかわらず、瑞々しい花瓶に活けられた薔薇を主とした花々さえも……見慣れた全てをゆっくり視界に収めて大きく息を吐いた。


「……姉上……?」


 恐る恐る、現実では無かったらどうしようという絶望さえ滲ませた幼い少年の声に、反射的にそちらへと視線を動かす。

 ――――硬質な印象さえある銀の髪に空色の輝く瞳の……幼くとも冷たさを感じさせる恐ろしく美しい容貌。


 ああ……幼い頃のお兄様そっくりな容姿のこの幼い少年は――――


「オルフェウス……?」


 アデルバートの『定世界シリーズ』においてはただ一人の息子にして跡継ぎ。

 ゲームにおいては攻略対象。

 ……いわゆる平行世界という扱いのゲーム、小説や漫画において主役や重要な役割を務める『定世界シリーズ』の主要人物。


「本当に……本当にお目覚めになったのですね! 姉上!!!」


 冷たい美貌をクシャクシャにして抱き着いてきた、今生での弟。

 抱きしめ返して背中をポンポンと優しく叩く。

 色々訊きたい事はあるけれど……今は涙を必死にこらえようとしてもこらえられずに泣きじゃくっている弟を放ってはおけない。


「――――夢では……ないのですよね……? 姉上は目覚められたのですよね……?」


 どれくらいそうしていたのか分からない位には時間が経った頃、どうにか落ち着いたらしいオルフェウスは私の顔を不安そうに覗き込む。


「そうよ。貴方の双子の姉のルカティレイア。改めてよろしくね、オルフェウス」


 他に言いようもあったかもしれないけれど、私にはこれが精一杯。

 頭を撫でつつ微笑みながら伝えると、オルフェウスの顔が鮮やかに輝いた。


「はい! やっぱり姉上は凄いです。父上や爺達に聴いていた通りです。ずっと眠っていらしたのに僕の名前も姿も知っておいでなのですから!」


 キラキラと眩く輝く瞳と表情にいたたまれなくなった。

 オルフェウスの名前と姿を知っていたのには『定世界シリーズ』の知識があった事が大きい。

 ……私の能力では決してない。

 それでもどうにか微笑みを維持。

 心底嬉しそうな弟の笑顔を曇らせたくはない。


「『神の恩寵持ち』であられる姉上は『千里眼』の能力をお持ちなのだと伺っております。姉上程の能力を持っていらっしゃる方は帝国の長い歴史の中でも片手の指でも余るとか! 加えて姉上は『聖門の乙女』であると共に『聖獣眼』という稀有なお力さえお持ちなのだと!!」


 ――――全力で逃げ出したい……

 だが……もうキラッキラに輝く憧れの眼差しを向ける弟を、これ以上傷つけるのだけは嫌だったので気力で堪える。

 幼い頃の兄に生き写しなのもあって既に身内と認識しているのもあるけれど……何より母親を幼くして喪い、おそらく……原作通りに屋敷がなっているだろうと予測を立てたのだ。

 どうにも家の空気が澱んでいるのをヒシヒシと感じ取れているから。

 眠る前と家の様子が余りにも違うのだ。

 私が赤ちゃんだった目覚めたばかりの頃は……屋敷中の空気はひんやりと冷たくはあったがそれでも澱みはなかった。

 だというのに現状の……悪いモノが川の淵に集まり溜まっているかのような空気はやはり……『定世界』シリーズと同様の事が我が家で起きているからだろう。


「『遠見』、『予知』や『未来視』に『過去視』という能力を単独で持っていらっしゃる者はいても、姉上の様にそれら全てを兼ねた能力である『千里眼』の持ち主は少ないのだと伺っております。しかも姉上の場合は精度が他の追随を許さぬ上に『神の千里眼』であられるのだと。それ故に帝国の歴史を見ても姉上は稀有なのですよね。それに『神の恩寵』の中でも『聖門の乙女』は我が帝国において特に重要な立場なのだとも伺いました。男性の場合は『聖門の守護者』と呼称されるのだとも。この世界の物流や流通の要である『転移門』を動かす為に必要な『聖なる結晶』。ある程度の『魔眼持ち』であれば創れるそうですが……質が良い物を創れるのは『聖門』以上を冠された方々だけだと学びました! 『魔眼』は現在十の位階が確認されておりますが、姉上の『聖獣眼』は最上位なのですよね! この『魔眼』を持っていたら皇帝になるのが決まった様なものなのだとも習いました!! 加えて姉上はアイテールの王族の印たる『彩神印』さえお持ちで……”帝国の至宝”と呼称される御方なのだと!!!」


 息継ぎなしに憧ればかりを濃密に詰めこんだ瞳と声で言われると……土に埋まりたくなる……

 ああ、そう言えばそんな能力持っていたなぁ……くらいの認識しかないのだ、私には。

 最初の人生でも持っていた能力が単純に強化された代物が多いのもあり、私としてはいたたまれなさ過ぎて頭を抱えて何処でも良いから埋まりたい衝動を抑え込む。

 優しい微笑を維持し続けている事が奇跡だ。

 

 ただ気になったのは……『定世界シリーズ』においても異能系の能力があるのは知っていたけれど、こちらの世界では『魔眼』と言われる能力持ちの存在は物語には無かったと思う。

 私が知る限りでは……だが。

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