第30話
まずい……!!
レイアBとしての役割を私が当て嵌められているのだとしたら……時間はあまり無い。
確かレイアBは誕生してから繭のままでしばらくいたはずだ。
彼女の従姉弟であり義理の弟になる、アデルバートの実子で跡継ぎのオルフェウスが誕生したと同時に繭からレイアBも出てきたと記憶している。
――――そしてレイアBを双子の姉としてオルフェウスは育つのだ。
「アストラ! お願い教えて! どうやったら私は目覚めるの……? 弟が産まれる前に目覚めないと大変な事になる!!」
私が慌てていると、アストラが沈痛な表情になったものだから……私の背筋に冷汗が流れた気がした。
『主。既に主の弟は生まれている。主の双子の姉弟として』
愕然となった私を痛ましそうに見つめるアストラ。
『主の友であるタレイアは……双子を産んだのだ。姉である主と弟のオルフェウスを』
……思考が停止しそうになるのをどうにか駆動させる。
間に合わなかったという忸怩たる思いが後から後から湧いては消えてくれない。
それでも、それでもだ。
まだどうにかできるはずだ。
タレイアは救える。
救う。
大丈夫、間に合う。
間に合うはずだ。
彼女を……メリッサを止める。
どんなことをしてでも止める。
止めないと。
手を汚す事も厭いはしない。
何でもする。
どんな手でも使う。
彼女を止める。
メリッサを止めないと。
止めないとタレイアが――――
『主。主の友のタレイアは……既に亡くなっている』
呼吸が止まる。
頭が真っ白になる。
全身が瘧にでもかかったように震えて止まらない。
心臓の鼓動の音がやけに大きく聞こえる。
深呼吸を繰り返す。
馬鹿みたいに何度も何度も繰り返す。
息を吸っては吐いてを繰り返して繰り返して――――
涙も嗚咽も遠ざける。
上手く吸えない息を。
ひたすらひたすら深呼吸。
震えを止める。
ドクドクと激しく流れる血に言い聞かせる。
落ち着け落ち着けと息を大きく吐いて吸っての深呼吸。
思考をクリアにすることに執心する。
――――ああ……私はまた間に合わなかった。
いつもいつも守れない。
お祖父様もお父様も守れなかった。
――――けれどそれでも……アイオーンは、シオンは、紫苑は守る。
どれだけ罪深くても。
そう私は自分自身に誓ったのだから守る。
約束したのだから守る。
罪滅ぼしで守ると決めた訳ではない。
そんな傲慢な理由ではないのだ。
赦してもらおうと思ったからでは絶対にない。
赦される事ではないのは分かっている。
罪深い私は側に居る訳にはいかない。
だが現状それでは守れないと以前にも思った。
ならばどうする……?
それも考えなければいけない。
早急に。
今は私のするべきことを可及的速やかに確認しなければ。
切り替える。
タレイアの事を切り替える。
過呼吸を起こしていた呼吸はゆっくり深呼吸を繰り返して抑え込んだ。
――――私は私の意志で彼を守る。
守りたいから――――生きて幸せになって欲しいから守るのだ。
出来得るならば……これから私が必死に頑張れば、私はどうなっても良いからやれるだけやったなら――――皆を守れるだろうか……?
守りたい。
私は私の大切な全てを守りたい。
我がままなのは承知だ。
既に何人も取りこぼしている。
これは傲慢な願いだ。
分かっている。
もう失うのは嫌だった。
どうしても嫌だったのだ。
無理だと誰もが嗤うだろう。
それでも――――守ると決めた。
言い聞かせて言い聞かせて、最後に大きく息を吐いてからパチンと両の頬を叩いて気合を注入。
失敗は許されない。
私は大切なものをもう取りこぼさないと決めた。
決めたったら決めたのだ。
「アストラ、私はあれからどれくらい眠っているの? ここに居るとどれだけの時間が流れるのかも教えて欲しい。どうして眠ってしまっているのかも」
私が落ち着くまで待っていてくれたアストラは、心配そうな表情になりながらも答えてくれた。
『主。順番に答えよう。主は数年眠っている。我は人間の細かな暦には疎い故、正確には答えられない。だが同じ季節を何度か繰り返したのは覚えている。この空間には時はほぼほぼ流れない。故にどれだけここにいても人間にしてみても瞬きほどの間だ。何故眠ってしまったのかと言えばまだ万全でも無いというのに過剰に能力を行使したからが理由。”千里眼”ばかりか一時的とはいえ”器の急激な成長”を生まれて間もない器で間断なく使うのは無理が過ぎる。ただでさえ主の魂は傷ついていたのだ。まだ眠っていて欲しいというのが正直な我の願い』
案じる様に私を見つめるアストラ。
本当にアストラには感謝しかない。
私のような存在を大切に思ってくれているのだから。
「ありがとう、アストラ。けれどあれから何年も経っているというのなら是が非でも目覚めないと。――――タレイアは守れなかったけれど、それでもまだ守れるものがあるの。これ以上眠っている訳にはいかないわ」
微笑みながら私が告げると、アストラは大きくため息を吐いた。
『主。もしやとは思うが……何を守るつもりなのだ?』
私は苦笑して答えない。
何度も死んだから我がままになったのかもしれないと息がもれる。
これ以上何かを喪ったら……私の心はきっと耐えられないから。
だからこれは私の為のエゴでしかない。
守るというのも救うというのも……ただの傲慢極まりない願い。
けれどそれがないと私は――――もう立てなくなってしまっていた。
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