第29話

「アストラ。何をするにも赤ちゃんの身体ではどうしようもないと思うの。一時的にで良いのだけれど、以前のように身体を成長させる方法ってあるのかしら……? どうやってあの時は成長させたのかが分からなくて……教えてもらえたら助かるわ。出来ればなるべく長い時間あの姿でいられたら嬉しいけれど」


 勇気を出して訊ねてみたのだが……アストラはとても渋い表情になる。


『主。思うのだが……あまり長時間のあの姿は止めた方が良いと警告する。出来得るならばあの姿になること自体に反対だ。身の安全を保障しかねる』


 思わずキョトンとして首を傾げた。


「……どうして……?」


 理由がまるで分からない私を諭す様にアストラはしみじみと話し出す。


『主。思うのだが、主の成長した姿はレイアA‘と全て同じになる。見知っている者もいるだろう。その中に主に悪感情があるモノは皆無ではあるまい? 物語を変えるのだ。敵は少ない方が良いのでは』


 ……確かにそうだと思う。

 思うが……私に死ねと願った人達は……おそらくもう……

 ――――否、確かめてもいないのだ、だから……だからそれまでは。

 死とまでは願わずとも、疎ましく思っていた人達も多いだろう事は知っている。

 アストラの言う通りだ。


「分かったわ。変わらないようにする。ええとそうね……整理の意味でもまず私が役割として当てられたらしいレイアBについてだと……レイアBはアイオーン側の人間なのよ。子供のころから側にいたのと……異母妹とされている少女の母から受けた仕打ちもあって、アイオーンにとても依存している……って、あ!!!」


 話していて気が付いた!

 私は馬鹿だ……!!?


「そうよ、そう! 『定世界』シリーズでもタレイアはアデルバートの正室。二人の間には息子が一人産まれてこの子が跡継ぎなのよ。――――子供が一人なのは……タレイアが子供を産んで数年後に亡くなるから……」


 そこまで言ってから大きく何度も深呼吸。

 ここからが重要なのだ。


「タレイアの死後に……側室としてとある下位貴族の娘がアルゲンテウス大公家に入り込む。アデルバートの子供だという娘を引き連れて」


 どうにか告げてから、また深呼吸を繰り返す。

 心配そうに見つめるアストラに微笑みかけてからまた話を続ける。

 兎に角憶えている限りのこの出来事を話してしまわないと……

 ――――後々まで世界的に響く重要な事なのだ。


「そのアデルバートの娘だという少女の名前は……ローザ。『トロイメライ~消えない宿命~』という漫画の主人公の一人」


 そう、『定世界』シリーズでアニメ化もされた物の一つ。

 重要で中心的な物語。


「もう一人の主人公は……レギオン。今は偽名でサリオスと名乗っていて、ルーフス公爵家に匿われている少年よ」


 様々な事柄が脳裏を過るが……今は置いておく。

 実際に会ったレギオン少年の事も考えない。

 先ずはお兄様とタレイア関連だ。

 そこを誤ると後々大事になる。


「物語の中の出来事だったとしても、お兄様の名誉のために言っておくけれど、ローザの母、メリッサは『神の恩寵持ち』。その能力を使ったの。だからお兄様は――――タレイアが殺されるまでローザが本当に自分の娘だとまったく信じてはいなかった」


 そもそも――――


「お兄様には記憶自体が無かったのよ。メリッサと関係を持ったことの。当然よ。さっきも言ったけれど『神の恩寵』を使われたからで、お兄様には自分の意識さえなかった。要はメリッサとは能力で無理矢理結ばれてしまったのだから」


 物語の中だと言っても自分の兄の身に起きた事に忸怩たる思いが消えない。

 私は元々このメリッサという登場人物が苦手だった。

 だが今は兄を襲う相手だと思うと……嫌悪感が湧いてしまう。

 どんな事があっても相手の了承無しのそういう行為はしてはいけないと強く思うのだ。


『神の恩寵持ち』とはつまり魔法以外の特殊能力を持っている人達全般を言う。

 その中には更に特別な能力持ち達もいて、それにはまた別の呼び名がある。


 彼女はそちらの能力は無かった。

 けれど十分に強力な力だと思う。


 メリッサはその能力の全てを愛するアデルバートを手に入れる為にだけ使うのだ。

 よりにもよって、魔力と『神の恩寵』を含む様々な能力の有無を解析する年齢でもある五歳の時、彼女は出逢ってしまったのだ。

 お兄様に……アデルバートに。


「メリッサの能力は生涯五つだけ彼女の願いを叶えるというモノ。勿論死んだ人を生き返らせるだとか、世界を破壊する等そこまでの力は無い。けれど……お兄様は魔力が強くて魔法や特殊能力に対する耐性も十分にある。それ程の人でさえ……一度きりだけれど二つの願い枠を利用して三十分以内なら彼女の願った通りに自由に出来たの。しかも彼女はこの時に三つ目の願いもしていた。――――つまり必ず妊娠するという願いも使ったのよ」


 お兄様と結婚する事にメリッサがその能力を使わなかったのは――――使えなかったからなのだ。

 流石に直接結婚をと願っても、我が家を守る守護に弾かれる。

 何故子供を無理矢理作る様な行為は許されるのかと思ってしまう。

 どうやら家に関わる事ならば守護が発動するが、個人を守るという事には守護は発動しないらしい。

 だから家の跡継ぎのいない間は守護により死ぬことも無いのだとか。

 ――――それすら守られなかったらしい私が死ぬ原因の一つにもなった災厄は……本当に異常だ。


 ああ……考えれば考えるほど本当に腹立たしくなってしまう。

 例え自分の全てを捧げても良いというほどに愛していたとしてもだ。

 相手の意志を無視して自分の想いだけを押し付けるのは……許容しかねる。

 私がそうされても特に何も思わないけれど、大切な存在にそれをされるのは承服できないという矛盾。

 けれどそれでも、それでもだ、今の私には――――メリッサは敵だ。

 私の大切な人達を害する敵。


「それだけではないの。メリッサは――――四つ目の願いでタレイアを殺すのよ」

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