第28話

 ……けれど、けれどだ。

 私……前世で子供を産んだ覚えが無い。

 妊娠した覚えも無い。


 レイアの娘のレイア。

 この少女がいないとアイオーンの計画は破綻する。


 彼女を十歳まで育てたのはアデルバート。


 だが……十歳になると必ず出席しなければならない、高貴な身分の子女達だけが集められる特別な帝宮でのお茶会。

 そこで彼女は……アイオーンと出逢ってしまうのだ。


 結果、アイオーンはお兄様……アデルバートから無理矢理レイアの娘を取り上げて手元に置く。

 ……レイアの身代わりを。


 しかし……身代わりは身代わりでしかない。

 アイオーンは躊躇なく彼女を計画に利用する。

 レイアの娘だからこそ彼女から引き継いだモノ。

 それが彼の計画に必要不可欠だったから。

 アイオーンにとって……殺すまでの間の手慰み。

 レイアの姿形と声をした話す人形……玩具なのだ……レイアの娘という存在は。


 ――――この世界ではレイアであった私が妊娠しなかったから……物語は変わった……?


『主。我が思うに、物語においてのレイアの娘であるレイアの役割を当てられているのは――――ではないだろうか……?』


 希望的な観測が打ち砕かれて思わず全身から力が抜けた。

 果てしなくこの空間を墜ちて行きそうになったところを、アストラが支えてくれてどうにか持ちこたえる。


「……ええと……説明をお願いします……」


 理由が分からないのに加えて……何故か震えが止まらず力の無い声が出た。

 聴いたら戻れなくなるのだろうなぁとは思っても、進まなければどうしようもない。

 何もせずに、もう大切な存在が失われるのは嫌だったのだ。

 なけなしの勇気を絞り出してアストラの言葉を待った。


『前世の主は妊娠してはいない。だが……そのレイアの娘である彼女が物語上必要とされる理由が主から受け継いだモノだとすれば――――レイアの転生体である今の主は要件を満たしていると考えられる。そもそもがレイアの娘ですらなくレイア本人なのだから。現在の状況と物語でのレイアの娘の立場を思い出せ、主。彼女がアデルバートの娘とされるというのなら、今の主はアデルバートの実の娘だ。しかもレイア自身が転生した姿。やはり思うのだが……物語からすればイレギュラーであったとはいえ、主がレイアの娘の役柄に当て嵌められているのでは?』


 気が付きたくなかった事実を突きつけられ、言葉も無く項垂れた。

 それでも――――


「ありがとう、アストラ。おかげでどうにか現実を受け入れられそう……だとしたら……私は今度はレイアの娘のレイア……って言い難いわね。物語のレイアをレイアAとでもしましょうか。そして娘の方をレイアB。それで私の前世をレイアA‘とすれば整理しやすいかも」


 そこで言葉を切って、改めてこれからする事を考える。


「話を戻すと、つまり私には今後レイアBとしての出来事が襲い掛かってくる可能性が非常に高いと、そういう事で良いのかしら……?」


 確認するように口にしたら、アストラも私の意見に同意してくれている様だった。


『おそらく。だとすればレイアBに何が起こるのかも重要だろう。物語とは違う動きをした結果、それによってどう世界が変化するのかも考えなくては。それでだ、主。……あまり人間の物事には詳しくはない我の意見で恐縮ではあるのだが、この世界を舞台としている物語は群像劇という分類なのだろうか?』


 アストラからの質問に、即座に肯いた。


「ええ、そうよ。だから主要登場人物は存在するけれど主人公と言える存在は……強いてい言えばゲームや漫画、小説各種で主役を務める人達という事になるのかしら……――――って、待って待って! ゲームは十八禁の物もあった……!! 設定と展開からそれにせざるを得なかったから十八禁で出ていた物があったはず……私はレーディングを下げた据え置き機版と携帯ゲーム機版かスマホで出来る物しかプレイしていないから、パソコン用の十八禁版は分からないのよ……確かそちらでファンディスクや追加ダウンロードとかも出ていた気がする……十八歳になったら買おうと思っていたのよ、確か。……ゲームってRPG要素があるものもあったわね……選択や戦闘結果次第で色々展開が変わったと思うのよ……でももう詳しく分かるかと言われたら難しい。やった事がなかった物と読んだ事が無かった物の展開も分からないわ……」


 肩を落としてしまう。

 知らないものはどうしようもない。

 けれど『定世界』シリーズの世界の大まかな流れと結末は知っている。

 出ていた限りの設定資料集やシナリオ集は集めていたし良く見ていた。

 ……それだけでは心配が尽きない。


 大体においてだ、様々に展開されていた『定世界』シリーズの物語自体を正確無比に憶えているかと言われると……首を振らざるを得ない。

 いくら好きだったとしても、一度覚えたら二度と忘れない能力持ちではない限り、三十年位復習さえ一度もしていない、膨大な情報を全て正確かつ確実に思い出すのは難しいと思うのだ。

 ……言い訳かもしれないと自己嫌悪。


 それでもどうにか最大限出来得る限り思い出さないといけないと決意する。


『我も可能な限り協力する。それでだ、主。思うのだが……近々でレイアB、もしくはアイオーン様、アルゲンテウス大公家、アウレウス神聖帝国に起こる知り得る限りの重要な出来事はあるのだろうか? 重要ではなくても何か対策が出来る事は? 対策をしたとしたら何が変わるのだろうか? また近いうちに周辺国で起こる事で主達に何か影響がある出来事は? 物語の展開として最終的にどうなるのだろう?』


 真剣そのもののアストラの言葉で、確かに目覚めたらそれが必要なのだと思い至った。

 すぐに起きたら行動できるようにしておきたい。

 物語もも変えるためにもだ。


 ――――身体が成長する方法をアストラに訊いたら分かるのだろうか……?

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