第27話

 自分が気が付かずにしていた所業に穴があったら入りたい……

 これでは妹に恨まれるのは仕様がないではないか……


 自分を責めてもそれは今更どうしようもない。

 事態は既に起こった後。

 どうしたら良かったかさえ後の祭り。

 過去の事。

 けれどその結果は未だに続いているのだ。

 だからこそ過去を蔑ろにしたら現在も未来も破綻する。


 過去を踏まえて私がこれからどうするか。

 何を選択するかが重要だろう。

 どうすれば良いかは分からないけれど償いもしなくては。

 加えて『定世界』シリーズの設定についても疎かにできない。

 出来得る限り『定世界』シリーズの設定の知識を知る限り思い出さなければ……

 そうしなければ、紫苑も世界も大切な存在全てを守れない。


 ただ……私が無意識とはいえ彼を視線で追ってしまっていたらしい事と、アイオーンも同様だったというのには瞳を瞬かせて首を傾げたが、答えは簡単に出てきた。


「アイオーンは……紫苑なのだし、性格は変わってはいなかったと思う。彼は義理堅いし、自分を救い出した人の娘だから気にかけてくれていたのでしょうね。嫌いな相手なのだから、恩人の娘だからといってそう気にしなくても良いのに……相変わらず真面目で不器用ね」


 常に端正過ぎる顔を顰めているか無表情かの二択しかほぼない、昔から変わらないアイオーンであり紫苑の様子をしみじみと思い出していたら、アストラは微妙な雰囲気。


『……主。思うのだが……シオン様は確かに真面目で不器用な方だとは思う。思うが……』


 何か喉に小骨でも刺さった様な様子で告げるアストラに首を傾げる。


「記憶は無くても四半世紀は一緒に居た付き合いの長い幼馴染だからかしら……? アストラやデウス達と出逢った時も常に一緒だったし……それとも――――憶えてはいなくても目の前で死んだ事を気にしているの……? 確かに顔見知りが二度も目の前で死んだのだしね……それなら今度は彼の前では死なない様に気をつけないと!」


 そう誓っていたら、アストラは非常に微妙な表情でこちらを見ている。


『……主。二度ではない。三度だ。思うのだが……主とシオン様の関係性を”顔見知り”で済ませるのはいかがなものかと……――――シオン様に主がそう言っていたと知られた場合、我は主の安全を保障しかねる』


 一人称が”我”になっている所からこれ以上ない程真剣な警告なのは伝わってくるのだが……それはそれとして今はおいておく。

 非常に気になった事柄があった。

 三度目はダメだ。

 物語通りだとしたら絶対にダメ。


 ――――私が死ぬ間際に見たアイオーンが夢幻の類ではないという事だろうか……?

 冷汗が流れる。

 非常に……尋常ではなくまずいのではないかと思い至ったのだ。


「……ねえ、アストラ。物語の通りだと私の……レイアの遺体を処刑場から暴風雨に紛れて運び出すのは……アイオーンと兄であるアデルバートなのよ……後方支援は主に弟のジーン。死体を運び込んだのはアルゲンテウス大公家の帝都の本拠地でもある本宅。その中にある霊廟。そこで……弟のユージンや限られた我が家に仕える従士族がレイアの遺体と対面して……」


 それ以上は言葉にならなかった。

 ――――私の状態が人目に触れて良い状態ではなかったのは自覚していたのだ。

 さすがに分かる。

 大切にしてくれていた家族や仕えてくれている人達に見せて良い姿ではないと。

 ましてや純粋なきらいがある聖獣や精霊、妖精に魔獣達は絶対にダメだという事は。


 心を傷めるのは分かり切っていたから……火刑に処されたのは僥倖だとさえ思っていた。

 少なくとも黒焦げになってしまえば状態は詳しく分からないだろうからと。


 だが……死んだ時のほぼそのまま、焼け焦げたりもしていない私の遺体をお兄様たちが回収したのだとしたら――――


 恐れていた事態に私は恐慌状態。

 混乱するし全身が瘧の様に震えて止まらない。


 ――――物語の中のレイアより確実に私の遺体の状態は悪い。


 それが一体何を引き起こすのか予測が立てられない。

 物語でもレイアは……痛めつけられたうえで毒を煽っての高貴な身分らしい死は与えられなかった。

 絞首刑という酷い代物で……民衆に見世物とされながらその命を終えるのだ。


 火刑か絞首刑かの違いはあれど、引き摺られている時に石を投げられたりはした。

 ……他の物も色々投げつけられたけれど、意識もあまりハッキリしているとは言い難かったから正確には分からない。


 ――――けれど……レイアに何かを投げつけた人達。

 処刑場に集まってレイアを侮辱するような事を言っていた人達。

 ただ処刑場でレイアを見物していた人達。

 ……私の死を心で思うだけでも望んだ人たち。


 それ等の人々が物語でどうなったのか思い出した時――――


 ……あれ……?

 私は別に物語とは違ってアイオーンと親しくは無い。

 では展開が変わって――――


 そこまで思ってからアストラの言葉を思い出す。

 アイオーンは私を視線で無意識に追っていたらしい。

 恩人の娘である私を心配してくれていたのだとしたら……物語の通りな私の遺体の状態でも怒るだろうというのは分かる。

 遠くから見ていた限りでも、紫苑とアイオーンは記憶の有無は関係なく基本的に同じ性質だったと思う。

 私の知る限りの紫苑と違いはそうないはず。


 ――――だとしたら私の遺体の状態は……


 物語ほどの逆鱗とまではいかずとも、見れた物じゃない私の遺体を目にすれば堪忍袋の緒は切れる。

 義理難いアイオーンなら……紫苑ならキレる。

 


 唐突に、レギオンの言葉が脳裏を過った。

 ――――ああ……それで物語同様に侵略と虐殺を……

 理由が分かってしまった。

 紫苑が……アイオーンが……皇族や他国の王族を殺していた理由。

 他国を蹂躙して滅ぼしている理由。


 ――――止めないと……!


 そうは思っても、たいして親しくもない私の言葉は届かないだろう。

 それに……物語同様だとしたら、レギオンの年齢から察すると時間軸的にもう終わっているのだ。


 後は機会を見て最終段階を実行するだけ。

 レイアの娘という手駒の成長を待つだけ――――

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