第15話
暗闇の中を揺蕩う感覚。
その中でまるで走馬灯のように……
夢を見ていた。
三回目に死んだ時の。
否、自らの死を選択した時が正しい。
皇帝陛下のみに許された、逆らう事さえ許さない『精霊支配』ばかりか、我が帝国玉座の主にとっての最終手段ともいえる『聖獣封鎖』を使われたのに加え、我が一族全てと仕える従士族さえ、皆病に倒れ伏していた。
それが病ではなく呪なのだと気が付いた時には後の祭り。
家で動けたのは私だけで。
呪と知らずに居たからこそ、家を離れる訳にはいかないと思い込んでいた。
けれど皇帝陛下の勅命だと言って当時の婚約者だった皇太子殿下が大勢の兵士を連れて乗り込んできた瞬間、今まであれほど遠かった全てがノイズと共に脳内に降りてきて流れる映像も声も鮮明になったのだ。
それで簡単に決意出来た。
出来てしまった。
私の死。
それこそがこの事態を解決する唯一の手段。
その場で即座に死のうとしたのだが、皇太子殿下は処刑ではなく自死した場合、家族含む一族全てに類を及ばせると、私を兵士に取り押さえさせながら宣言したのだ。
従うしかなかった。
皇太子殿下が仰るならその通りにしかならない事は、嫌というほど分かっていたから。
……皇帝陛下は皇太子殿下が仰るなら、そうせよ、としか……
皇太子殿下と奸臣達の言いなりだった陛下。
お父様が亡くなる前から、酒池肉林に溺れておられたのが陛下だ。
年老いてからようやくできた皇子殿下が早くに身罷られてから、御心が弱くなっておられたのをつけ込まれてしまわれた。
奸臣の言う通りにしたら皇子殿下が……私の婚約者になった皇太子殿下含めてあれ程産まれなかった子が複数御生まれあそばしたのだ。
皇族の偽物はあり得ない。
確かにアウレウス皇帝一族の、ひいてはアイテールの王族の血を、この世界を創られたという創造神の血を引いているか否かは判別できてしまう。
けれど……皇太子殿下も皇女殿下も皇子殿下も、そう、奸臣が現れてから御生まれあそばした皇帝陛下のお子様方は――――
誰一人アイテールの『彩印』はおろか、アウレウスの『彩印』さえ一部しか持っては生まれてこなかったのだ。
……まったく『彩印』を持っていらっしゃらなかった方もいらした。
それこそ『彩神印』など言うに及ばず。
アイテール神王国の民の血を引いているという証である『彩印』が、金の髪に碧系の瞳。
アウレウス皇室の一員である証の『彩印』は、金の髪に青系の瞳。
それ等を一部しか持たない皇子殿下に皇女殿下。
一部さえ持ってはいらっしゃらない方が皇太子殿下。
このことを異常だとも思わない皇帝陛下の周囲の奸臣達。
……今思えば、おかしな事ばかり。
何故、まともな皇族方や忠臣と言われる方々ばかりが原因不明の病に倒れ、奸臣やそれに阿る輩、……皇帝陛下、皇太子殿下は何事も無かったのか。
そして全く生まれる気配の無かった皇子殿下や皇女殿下が、どうして奸臣の娘からだと簡単に産まれたの……?
『神判』に不合格な方が一人もおられないのだから、確かにアイテール神王国の王族の血は濃いのだろう。
それでも……言葉に出来ない違和感が消えないのだ。
もう一つの疑問。
私を捕らえに現れた皇太子殿下の言葉。
素振りさえ見せなかったのに。
思うだけで良いのだから。
……だというのに……
私が自在に自死出来る事を皇太子殿下はご存知ではなかったはず。
そもそも誰にも言ってはいないのだ。
知る者はいない。
そのはずだ。
なのに何故、何故皇太子殿下はまるでその事を知っている様な言動を……?
病は呪いの類だとは千里眼で囚われる前から分かっていた。
それにより帝国の大地さえ汚染されていった事。
呪いを浄化しなければ、それは侵攻し続けて草木一つ無くなるのだとも。
……毒を自ら呷っての処刑は、貴族としての処刑はさせてはもらえなかった。
「まつろわぬ神の手先」、「魔の先兵」と言われ、この帝国中に広がる病の原因とされて、大衆の前での”火炙り”が、私に科せられたもの。
それ以前から酷い誹謗中傷を受けていたのも、この刑にさせるのに大いに力を貸したのだろう。
……火炙りは苦しく痛いばかりでなかなか死ねないものだ。
けれど自死したならば家族や一族がどうなるか。
私が本気で死のうとするのならば、例え手元に刃物や毒物の類が無くとも、死のうと真剣に思いさえすればすぐに死ねる身体なのは知っていたから、どこに閉じ込められようと猿ぐつわをされようと問題は無かった。
……病死に見せかけて死ぬという決断は出来なかったから。
その所為で難癖を付けられるわけにはいかないと思ったのだ。
偽装できるかが不透明だったのが最大の理由。
『聖獣封鎖』『精霊支配』と共に、私が自殺した場合は家族も一族も、仕える者達さえ殺すというのを聖獣と精霊に皇太子殿下が誓ったからこそ、それを破った場合には皇太子殿下が精霊はおろか聖獣の加護さえ失うと知っていたから、彼がどれだけ皇位を継ぐことに執心していたか、精霊の加護を失えば皇位継承権が無くなるのだとも知っていたから……どうあっても自ら命を絶てなかった。
とはいえ、元々丈夫かと言われれば病弱な私の身体は、一日牢屋に入れられただけで衰弱していた。
拷問、否、あれは単に私を嬲りたかっただけだろうし、それらに屈したりはしなかったけれど。
自死を封じたのはこれが目的だったのだと、牢屋に入れられた後ようやく悟ったけれど、それで今更私の心が隷属する訳も無い。
それでもやはり身体は弱ってしまっていたから、体感では火炙りになってから知識として知っていたより早く意識が途切れたと思う。
――――だから、あれは幻の類。
病床から起き上がる事さえ出来なくて、命が風前の灯火なのだと千里眼で見たから。
視てしまったから、容易に決断出来たというのに。
死ぬ間際に、紫苑の姿を見たのだと私の脳味噌が認識したのは、ただの夢だ。
三回目の時、紫苑と、この時はアイオーンという名前だったけれど、彼とは同じ家で育った幼馴染ではあったけれども疎遠だった。
彼には前世の記憶も無い様子だったのだ。
――――だから、彼が処刑場にくる訳がない。
そう、あれは……私の願望が見せた夢幻。
そのはずだ。
それでいい。
これ以外は必要無い。
夢の中でどうにか言い聞かせていると、意識が段々と浮上していく感覚がした。
ああ、目覚めるのだ。
浮遊感に任せて夢から醒める。
そうして瞳を開けたなら、飛び込んできたのは幾分大人びた見知った女性の顔。
三回目の時に一番の友人だった、タレイアの顔だった。
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