第16話

 タレイアは、金の髪に青の瞳というレガリア王国の王族の証である『彩印』を持った、優雅な容姿の美少女で、真っ当な……かの国の有力王族だ。

 私の記憶では彼女の父は当時のレガリア国王陛下だったはず。


 そんな彼女と私が友人だったのは、一番初めの人生で言えば中学生。

 この世界では若干下の年齢の中等部から同じ学校でずっと一緒のクラスだったからだ。

 そう、帝立オルビス魔法学校。


 皇族、貴族、準貴族の為の学校。

 他国からの王族や貴族の留学生も数多い。


 士爵、従士族の特に優秀で彼等用の基準以上な者、平民だけれど基準を満たした者のみが入学を許される、この世界での間違いなく最高位の学府。


 我が国の皇族、貴族であれば初等部からの入学は義務だ。

 他国の王族、貴族と準貴族が入学できるのは中等部から。

 士爵、従士族は高等部からとなっている。

 平民は大学部でようやく入学できるのだ。


 それが基本ではあるのだが、色々例外もあったと記憶している。

 従士族の中でも側近候補だった場合。

 准貴族や士爵、平民の中には、稀にアイテール神王国の先祖返りが産まれるのも一つの理由。


 先祖返り達は中等部や高等部から入学が許される場合もある。

 アイテールの『彩印』を持ち合わせてはいなくても、『試金石』が合格を出せばいいのだ。


『試金石』は特別な石。

『神判』に使う石の方がより破格ではあるけれど、それでも見分ける力は確かなのだ。


 私は初等部から通っていた。

 ……アイオーンも一緒に入学したのを思い出してしまう。


「良かったわ……無事に返ってきたのね、ルカティレイア」


 相変わらずの鈴が鳴る様な美声で、心からの安堵と共に私を覗き込んでいるのは……確かにタレイアだ。

 学校も卒業しているだろう他国の有力な王族である彼女が、どうして此処に?

 我が家とルーフス公爵家が在ったのだから、ここは帝国で、しかも帝都のアウルムであるはず。


 寝ている間に他国の……レガリア王国まで移動した……?


 思ってから全力で否定する。

 どう考えても此処は我が家だ。

 三回目の時に間違いなく住んでいた屋敷。

 精霊の気配も妖精の気配も、魔獣達さえ懐かしいのだから。


 それより何より気になっているのは――――

 ……”ルカティレイア”……?

 そう呼びかけられているのは……私、だよね……?

 ……今回の……四回目の名前、と判断して良いのだろう。


 ――――……一回目と二回目と三回目の名前が混じっているのですが……


 この名前には覚えがない。

 まるでない。

 ……物語に居なかった……と思う。


 ――――成程、モブか。

 いわゆるこの物語シリーズには登場してはいないけれど、確かにこの世界に産まれて生きている存在。


 ……おかしい。

 仮にも――――


「それともレイアと呼んだ方が良いのかしらね? 我が娘」


 ……何を仰っているのでしょうか、友よ……?


 瞬時に脳内はフリーズした。


 悪戯っぽい笑顔で偉そうな様は見知った彼女。

 嘘を吐かないのは知っている。


 ……タレイアの娘……?

 私が……?


 ――――父親は、誰……?


 ふと湧き上がった不安で顔色が変わったのだろう、心配そうに覗き込むタレイア。


「レイア? 目は開けていますし話も分かっている様ですけれど……赤ちゃんだからやはり話せないのかしら……でも彼女、確かに話したのでしょう? 成長もしたと伺いました。何より聴きもしましたし見ましたわ、セバスチャン?」


 タレイアが声をかけると、馴染んでいた声より低くなった、先程も聴いた声がする。


「はい、確かに。亡くなった時の御姿の――――間違いなくレイア姫様でした。……今はまたこの御姿ですが」


 セバスの言葉でようやくまた私は赤ん坊の姿に戻っている事に気が付いた。

 ……あれはどうやったら出来るのだろう……?

 謎だ。

 戻り方も分からない。

 要研究と。


 そう何度も肯いていたからだろう、タレイアは不満そうに私の頬を突っつく。

 ……レギオンより痛いのですが、友よ?


「もう! わたくしにはその姿を見せてもくれませんし話してさえもくれないだなんて……分かっていますの? わたくし、根に持ちますわよ。本当に薄情なのは変わらないのですから……貴方もそう思うでしょう、ベンジャミン?」


 タレイアの声に答えるのは……


「奥様、訂正して頂きたく。レイア姫様は決して薄情な方ではありません。むしろお優しすぎる御方でございます」


 懐かしい、三回目の人生で幼い頃から聴きなれた声。

 思わず泣きそうになったのを必死にこらえる。


 セバスの父にして黒髪と黄色の瞳の年齢不詳の美男。

 相も変わらず洗練された容姿と動作で人目を惹く。

 息子より年上に見えるし貫禄もあるのは本当に懐かしい。

 親子そろって片目にモノクル、いわゆる片眼鏡をしている所まで……


 セバスも裏の仕事の時はモノクルを外すのも思い出すと……上手く息が吸えない気がする。

 こうして右目のモノクルが爺こと父親のベンジャミンで、左目のモノクルが息子のセバスなのも変わっていなくて……胸が詰まって上手く反応できない。


 ――――ちょっと思考が逃げ気味になっているのは否めないのだ。


 現実を知るのが怖かった。

 ただ、私が案じて恐怖したモノとは違う様なので一安心。


 ……一安心かなぁ……?


 段々自信が無くなってくるのは……おそらく、おそらくだが、私の四度目の人生での父親が思い至る人物であることで、未来の予測が出来なくなってくるばかりか最悪の展開へと突入する恐れが高まっているからだ。

 しかも母親が前世の友人だというのは……どうすれば良いのか本当に無知蒙昧。


 ――――爺が、ベンジャミンが奥様とタレイアを呼んだ。


 我が一族に仕える従士族の長を代々務めるのがステュアート一族であり、爺はその当主。

 だからこそ彼が奥様と呼ぶのはただ一人。


 現当主の正室、正式な妻である存在だけだ。

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