第13話

 そして何が問題かといえば、この世界のアイオーンは確実に紫苑だという事だ。

 アイオーンを名乗れるのは『定世界』で独りきり。


 確か名前に強力な意味があって、彼以外に名付ける事が不可能という設定だった。

 そして三回目の人生で出逢ってしまった紫苑に付けられていた名前が――――


 だったのだ。


 ……今はそれは後回し。

 逃げかもしれないけれど、現在危機的状況に置かれているのはオースティンとレギオンの方だ。


 不味い、非常に不味いどころの話ではない!

 下手に取り調べを受けようものならレギオンの正体が露見する。

 見つかったらレギオンは確実に殺される。

 


 レギオンだけではない。

 アルゲンテウス大公家の直系の姫君、つまり私だが、それを攫った容疑もルーフス公爵家、もしくはオースティン単体にかかっているのだろう。

 その上で大罪人とされている、ルーテウス大公家の生き残りを密に隠しているのが見つかったら……!


 ……既にアイオーンにレギオンの両親は殺されている。

 だから物語通りにルーテウス大公家の人間は大罪人とされている……で合っていると思うのだ。


 ――――怒りに歪んだレギオンの顔を思い出す。

 怨嗟と憎悪に満ちた瞳も。


 彼はおそらく物語と同じ展開に遭っているはずだ。

 ならば――――


 レギオンは目撃してしまったのだ。

 自分の両親や兄妹がどうやって殺されていったのかを……


 ……私は、二回目の時に直接殺される所を見た訳ではない。

 残された家族の遺体を見ただけだ。


 それでも……罅がはいるというのはこういう事かと言わんばかりの心の痛みを覚えたのだから、全て見ていた彼の身上を思うと――――


 私は、どうしてもレギオンに死んで欲しくは無いと思ってしまった。

 あのシリーズの中でも好きな人物ではあったけれど、実際に逢って余計に好意を持ったのだ。


 オースティンにもレギオンにも死んで欲しくは無い。

 何よりアイオーンに殺させたくは無いのだ。


 ――――ただ分からない。

 何度考えても分からない。

 この事件はあるはずも無いモノ。


 ……一体どうしてこの事態になったというの……?


 『定世界』シリーズの記憶を思い出せる限りサルベージしても出てこない。

 なにか、何か解決する手段は――――


 必死だった。

 頭がおかしくなるほどには働かせていたと思う。

 何か秒針の音さえゆっくり聞こえる程に全神経を傾けて打開策を考えていた。


 銀の髪に青緑の瞳の少年が私を覗き込んで肯いた瞬間、私の中で何かが弾けたのだ。


 ――――そして頭に響き渡るノイズの嵐。


 ……――――ウマクハメられた……

 ――――……コレで我が……国は――――

 ……いきのこりを……してツカエば……――――

 ……――――るーふすを貶めて……――――

 ――――……不満分子を……アツメ――――……

 ……――――あるげんてうすガ…………崩壊………………×××××の破滅……――――


 頭がシェイクされた様に痛くて割れそうだ。

 だがどうにか聞き取れた事だけで判断する。


 これは誰かがルーフス公爵家を嵌めたのだ。

 おそらくは計画したのはこの帝国の人間ではない。

 そしてアルゲンテウス大公家、否、アウレウス神聖帝国の崩壊、が狙い……で合っているだろう。


 ――――伝えないと!!!


 強く願った。

 それこそ気が狂うほどに。


 ここがアウレウス神聖帝国であり、私がアルゲンテウス大公家の人間としてまた産まれてきたのなら!

 守りたい存在は此処に、この帝国に居るのだ!!


 ……矛盾している。

 私が守りたい存在。

 三回目の時に命を捧げた理由。

 そのうちの一人。

 アイオーンは……魔帝とさえ呼称されるアイオーンは――――


 でしかない。


 少なくとも私の知る限りの知識では。

 けれど私は……


 ――――そう、私はそれでも、アイオーンに死んで欲しくは無いのだ。


 思ってしまった瞬間、眩い金色の光に包まれた。

 ふと辺りを見渡すと、全員が呆然として私を見ているのに気が付く。


 ……どうやら宙に浮かんでいるらしい事と、何だか光をまとっている状態らしいのは感じ取れた。


「……姫様……?」


 誰かが激しい動揺を色濃く残した声で呟くのが聞こえる。

 なんだか馴染みの声の様な気がして、声を発した黒装束に顔まで覆われた人物を見つめると、不思議とその隠された顔が分かった。

 黒い髪に黄色の瞳。

 洗練されて整った、その容姿。

 ――――ああ、懐かしい。

 魔力が強い彼はあまり老いないとは思っていたけれど、確かに私が知る姿より大人びた容貌になった乳兄弟の一人の――――


『セバス? 久しぶりね。ああ良かった、無事に快癒したのね……それにしても……当たり前だわ……アルゲンテウス大公家の直系が攫われたのなら、貴方が出張らない訳がないもの』


 そうだ、最もなのだ。

 セバスチャンは、我が家の”隠”を代々率いる家系の跡継ぎ。

『精霊操作』は我が一族の人間でなければ使えないけれど、これ程重要な場にセバスが居ない訳も無い。


『貴方がいるという事は、爺は引退したのかしら……?』


 セバスを見ながら話しかけていたら、周囲が恐ろしい事になっていた。


「――――……レイア姫様……!!?」

「……姫様……!!!」

「ああ……レイア姫様だ……!!!!」


 滂沱の涙を、銀の髪に青緑の瞳の少年以外の”隠”の全員が尽きる事のない様子で流し続けている。

 ……心も身体も鍛えに鍛えているはずの”隠”の皆が声を発する時点でオカシイのだ。

 ”隠”であるのだから、例え酷い拷問を受けようとも、呻き声一つ上げなくて合格だったはず。

 それがこうも感情を表に出すなんて……


 しかもオースティンまで涙で顔面が崩壊しているし……

 仮にも貴族であるのなら、如何なる時も余裕を持ち、感情を抑え優雅であるよう幼い頃から叩き込まれる。

 ましてや高位貴族は況やだ。

 だというのに、威厳も何もかもかなぐり捨て、顔をクシャクシャにしながら涙で濡らしているのだから純粋に驚いた。

 こんな彼の様子は覚えがない。


 ……――――あれ?

 もしや私の身体、成長しているのでは……?

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