第12話
私が難しい表情をしていたのだろう。
サリオス、否、レギオン少年は苦笑しながら私の頬を突っついた。
「凄い顔してる。意味が分かってるのかな? お前本当に――――」
そこで唐突に言葉を切り、短い間だが見た事も無い程険しい表情になったと同時に、鮮やかな金の髪と澄んだ群青色の瞳が、最初と同じ焦げ茶色の髪と緑青の瞳に戻っていた。
……彼にしてみれば、偽装した、というのが正しいだろうけれど。
彼の『彩印』が切り替わった瞬間に、部屋の窓が砕け散った。
であるにも関わらず、ガラス片は降りかからずに上へと全て集まっている。
砕けた窓と共に侵入してきた人影は片手の指より若干多いかという所。
黒装束で統一され、顔まで隠して規律だった動きから察するに、どこか名門の俗に”隠”と呼ばれる存在に違いないだろう。
黒装束の中、一人小柄な人物が進み出る。
「精霊操作を使いました。抵抗は無意味です。ルーフスの精霊並びに傘下の精霊、妖精、魔獣は沈黙しました。おとなしくアルゲンテウス大公家の姫君を返していただく」
それを告げた人物は、顔を覆っていた布を取っていたから分かるけれど、一度目の人生でいう小学生の低学年と言っていい年齢に見える。
銀の髪に青が強い青緑の瞳と、幼いながら整った峻厳な容貌をしている彼はおそらく――――
「いくらアルゲンテウスの血族とはいえ、いきなりの急襲と制圧はあまりに非道。これは一体どういう事です?」
いつの間にかこの部屋の扉が開いていて、とても見覚えのある人物が登場していた。
私の知る姿よりは確かに年齢は重ねているけれど、ルーフスの当主ともなれば長命で不老だ。
見間違うはずも無しだと思いたい。
だから銀の髪に青緑の瞳を持つ少年へと憤りも露わに告げているのは――――
「ルーフス公爵オースティン閣下。急の訪問失礼致しました。わたしはアルゲンテウス大公殿下より全権を任されました、デュランダルと申します。昨今の情勢を鑑みまして、一刻も早く救出せねばとの一心でのこと。どうかお許し下さい。つきましては――――」
そこでデュランダルと名乗った少年は言葉を止め、見知った姿より貫禄のついた、赤みの強い茶金の髪と碧の瞳がこれ以上なく似合った、すこぶる整った男性的な容貌の男性。
私の三回目の人生での幼馴染の一人。
オースティンへと、彼は……銀の髪に青緑の瞳をした少年は、その端正な顔に慇懃無礼な微笑をを浮かべながら視線を向けたのだ。
「申し開きの段、皇帝陛下へとお願い致します」
顔色の変わったオースティンを綺麗に無視して、デュランダルと名乗る美しい少年は私の寝かされているベッドへと足を向ける。
険しい表情のまだ幼いレギオンへと、落ち着いてとの意思表示で、握っていた指に力を込めた。
私の思いを感じ取ってくれたのか、レギオンは名残惜しそうに指を離してベッドから距離を取る。
――――良かった……!
アルゲンテウス大公より正式に全権を任せられた存在に、もし今ここでレギオンが見つかったら……!!
このデュランダルという少年、『彩印』がアルゲンテウスの本家かどうかは置いておくにしても間違いなく一族のモノ。
何より『精霊操作』を執行出来るというのだから、これだけでアルゲンテウス大公の意思を受けている事が分かるというもの。
だからこそオースティンも強く出られなかったのだ。
『精霊操作』は自らの一族を守護している精霊以下の存在に対しての絶対命令権だ。
使う事が出来るのは有力な皇族。
それこそ帝位を狙える存在。
もしくはアルゲンテウス大公のみ。
――――唯一の例外として、『精霊操作』を執行できるものから直接の命令権を授かった、同じ一族の者だけ。
ではこの銀の髪に青緑の瞳の少年は、四回目の人生での同じ一門という事か。
しかし本当にこんな出来事が、ルーフル公爵家にアルゲンテウス大公家の強襲部隊が襲撃するなどという話は記憶にない。
アルゲンテウス大公家の姫君という位だ。
間違いなく本家の直系。
そんな大物存在の誘拐事件が、この『会者定離シリーズ』、俗に『定世界』とも言われるこの物語群に記されていたということはなかった……はず。
あり得ないのだ。
アルゲンテウス大公家は、間違いなくこの『定世界』シリーズにおいて根本ともいえる存在だ。
その一族の少女が誘拐されたならば、何かしら描写が無ければおかしい。
物語が変わってしまうレベルの出来事だ。
『会者定離』の言葉が示す通り、出会った存在には必ず別れの時が訪れる運命にある、この世や人生は無常であるというのがこのシリーズのコンセプト。
ならばこの誘拐事件にも意味はあるはず。
私がこの出来事を知らないだけなのかもしれない。
確かに一度目の人生を生きている時は、全てのシリーズを集めていたし全て読み込んでいた。
けれど死んだ後。
一度目に死んだ後に新しくシリーズに追加されていたのなら分からない。
記憶にないのも当然。
けれど今言える事は一つ。
本当にレギオンが離れてくれてよかった……!
もしここで彼の正体が発覚したらどうなっていたか……
考えるだけで恐ろしい。
彼がいないと魔帝――――
……そこまで思い至った時、私は逃げ続けていた現実と向き合わざるを得なくなる。
魔帝とこの『定世界』シリーズで呼ばれる存在はたった一人だけ。
後にも先にも彼だけだ。
――――そう、アイオーンただ独り。
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