第8話

 次に私は首を傾げた。

 その少年の髪の色と瞳の色に違和感を感じたからだ。

 顔と色彩が違う様なという考えが湧いてきて困惑する。


「……アニー……? その赤ちゃんは何?」


 どう見ても幼児といって良いだろう年齢の少年。

 だが明瞭で聞き取りやすい可愛らしい声。


「ああ、サリオス様。いけませんよ、従士族の部屋にいらっしゃっては。貴族で在らせられるのなら、ましてや高位貴族でありましょう。そのような御方は従士族は呼びつけるモノです。自らお探しする必要はございませんししてはなりません。いわんや部屋にわざわざ呼びに来られるなどあってはなりませんよ。……ご理解頂けますね?」


 アニーは諭しながらも優しい声を幼い少年にかける。

 一度言葉を切った彼女は、少年が肯いたのを確認してから膝をつけて幼い彼に視線を合わせながら、また口を開いた。


「この赤ちゃんは私の従姉妹の子供にございます。しばらく預かる事になりました。事情はある程度家政婦長様に説明致しておりますし、御当主様からも御許可は頂いておりますが、朝に改めてきちんとお話するつもりです。烏滸がましいですけれどもしよろしかったらサリオス様もよろしくお願い致しますね。まだ本当に幼い赤ちゃんなのだそうですよ」


 それにサリオスと呼ばれた幼い少年は微笑を浮かべながら肯いた。

 ……年齢から考えると違和感を感じるどうにも妖しい色気を含んだシロモノだったが……


 やはりどうにもサリオス少年が気になる。


 彼の瞳の色は緑青。

 そして髪の色は焦げ茶。


 アニーという少女の話から察するに、サリオス少年はこの公爵家の人間だろう。

 高位貴族という時点でどうあっても公爵家の人間。


 上位貴族というのならば辺境伯や侯爵家。

 中位や下位、最下位でもない。

 准貴族や騎士爵の最高位だったとしても、高位貴族とは決して言わないし言ったのならば罰せられる。


 だからこそ、このサリオスという少年はこの公爵家の人間であるはずだ。

 高位貴族と言われるのは公爵家の者だけであり、この家の精霊の気配からルーフスの一族であるのは確信している。


 そう、ならばサリオス少年はルーフス公爵家の血を引いているはずだ。

 それも本家のモノを。


 だというのに、私の記憶にある幼馴染のオースティンやその父であり当時の当主、トレヴァー様とどうしても違う色彩に困惑するしかない。


 ルーフスの一族であるのなら、あの特徴的な赤系の髪の色ではないのは何故なのか?

 加えてその「アウレウスの」、正確には『アイテール神王国』の血を引いている証とも言われる碧の瞳とは、微妙にではあるが確実に異なる瞳の色。


 ルーフスの本家に赤系の髪ではなく、碧の瞳でもない子が産まれた事などあっただろうか……?


 少なくとも私の記憶にある限り無い。

 全く無かった。


 曲がりなりにも大公家の娘であると同時に皇太子の婚約者だったのだ。

 ルーフス公爵家に異端の子供が産まれたか否かの情報は教育されている。


 ――――そう、異端。


 この国、否、どうやらこの世界において、髪の色や瞳の色というモノはとても重要なのだ。

 古い一族であればあるほど、その重要度は増していく。


 髪の色と瞳の色を見ればどの一族か分かるし、どの血が濃く出たのかが分かるのだ。


 そしてこの世界で最も貴ばれる色彩は――――

 アイテール神王国の王族の色。

 これは血が濃くないと出ないのだ。


 一族の色は、不思議と正式な結婚をした夫婦の間の子供には必ず出る。

 何故かは分からないけれど、基本的に嫁や婿に入った者の一族の色は出ない傾向にあるのだ。

 とはいえ、傾向であって皆無ではないのが難しい点だろう。

 同じ一族の場合は特に問題は出ない。

 勿論色の濃い薄いはある。

 あるけれど、色彩が違う子供は古い一族には存在しないはず。

 髪の色と瞳の色をセットで一族の色彩。

 ”彩印”とさえ称されるその一族であるという『印』。


 同時に一族の有する能力、魔力の属性、型を受け継いでいるという確かな”証”。


 どういう訳かこの世界では、一族の色彩を受け継いでいない存在は一族の能力さえ正確に受け継がないのだ。

 一族の能力は、その一族たる証明。


 だからこそ、一族と違う『彩印』を持って産まれてしまった子供は――――


 それを鑑みるに、ルーフスの一族でこの髪の色と瞳の色の子供はあり得ない。

 であるならば、仕えているだろう従士族のアニーの態度もあり得ない。

 そう、ルーフスの本家に、ルーフスの『彩印』を持たない子供が産まれたにしては従士族として落ち着きすぎている。


 もはや色々諦めたという事なのだろうか……?


 名門の本家に『彩印』を髪と瞳両方持たない子が産まれる。

 もし産まれたのだとしたら、産まれてしまったのだとしたのなら、それは――――


 その一族が、守護を喪った証。


 そう頭を過った時、コンコンとドアをノックする音が響いた。

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