第7話
ルーフス公爵家。
現在私が連れ込まれたのはその屋敷で間違いは無いと思う。
屋敷によって、各々守護している精霊は違うのだと記憶している。
代々それを継承していくはずだから、三回目の人生の時から一体どれだけの時間が流れたのかは分からないけれど、それでも確実にルーフス公爵家のモノだと思う。
火の精霊。
その系統の精霊と分家含めて代々相性が良いのがルーフスの一族だったはず。
感じ取れる限りこれ程強い火の精霊の格と気配から察するに、どうみてもルーフスの本家である公爵家の屋敷だろう。
それにこの火の精霊の感じはとてもとても馴染みのモノで、精霊違いもあり得ない……と思うのだ。
――――ルーフス一族は我が家とは代々懇意にしていたと記憶している。
幼い頃から行き来をするのが当たり前の関係だった。
であるにも関わらず、どうして私を此処に……?
私が死んだ後に関係性が変わるようなことでも起こったのだろうか……
そこまで考えて自分を殴りたくなった。
――――馬鹿だ。
関係性が変わるのも当然だろう。
私は処刑されたのだから……当時の婚約者の手によって。
三回目の人生での幼馴染だった内の一人の顔が浮かぶ。
早々に次期ルーフス公爵となるのが決定していたほど優秀だった。
……他の兄妹と彼が折り合いが悪かったのも思い出す。
優秀過ぎたが故に家族の期待が彼にばかり圧し掛かっていたから。
どうしてもどうやっても敵わないと幼くして諦めたのは、彼の双子の弟で。
双子だけれど二卵性だったからだろう、二人の性質も外見も似てはいなかった。
加えて妹の――――
回顧していた私の脳味噌さんが緊急停止する。
いきなり布を外されて光が目に差し込んできたからだ。
慣れれば部屋に置かれた卓上の灯だけで、部屋の主の灯は灯されておらず、カーテンの様子からも相変わらずまだ夜なのだと感じ取れた。
そしてキョロキョロと当たりを見回していたベッドらしき代物に寝かされている私を覗き込んできたのは、十代半かそれより若干幼い優しい表情の少女だった。
「あ、ビックリさせちゃったね。ごめんごめん、大丈夫だよ。大丈夫だからね。私が面倒を看るからね。貴女のお母さんはお仕えしている屋敷に帰ったけど心配いらないから。お父さんとちゃんと話をしてから迎えに来るからね。安心して……って不安だよね……それまでは私が世話するからね。お母さんじゃなくてごめん。よろしくね。私はアニーって言うの。貴女のお母さんの従姉妹だよ……って、まだ産まれたばっかりの赤ちゃんだもの、言葉は分からないよね……でも、ちゃんと伝えないとやっぱり赤ちゃんだって不安だろうし……まだ名前決めてないって言ってた……エミ大丈夫だよね。戻ってくるよね……話し合い、上手くいって欲しいよ……」
そう後半は独り言のように呟いた彼女は、正気で真面に見える。
親戚の赤ちゃんに話しかける様に優しい声音と表情。
まだ赤ちゃんであるにも関わらず、母親が居なくなるから不安だろうと心配そうな色も瞳に見てとれた。
――――私を攫ったらしい少女の親類、で合っているだろう。
従姉妹だとも言っている。
お母さんだと言っているのがあの少女であれば、だが、間違いない気がするのだ。
赤ん坊の勘でしかないが、私を攫ったらしい少女は私を産んだ存在ではない。
感覚が違う。
少なくとも胎の中にしばらくいたのだ。
抱かれていれば心臓の音や気配、臭いが違う事も分かっていた。
――――だからこそ攫われたのだと理解したのだ。
あの攫った少女が何を考えているのかがさっぱり分からない。
身内を巻き込んで何を考えているのだ。
恐らくだが計画実行をしたのはあの狂った瞳の私を攫った少女だと思う。
どうにもあのオカシイ瞳の少女から聞いたのだろう、目の前のアニーの話を聴いていても違和感しか感じない。
アニーも不安なのだろう。
私を攫った少女はエミというらしいが、アニーの不安も分かる。
彼女は赤ちゃんの私を案じてもいるけれど、赤ちゃんの母だと思っている親類のエミの心配もしているのだ。
――――最もだと思う。
正式に結婚をしていない相手との子供。
いわゆる婚外子にこの世界は非常に厳しかった印象だ。
不倫の果ての子供に立場は無い。
未婚の父母にこの世界での居場所は無い。
――――あの少女は一体何を考えているのだろう……?
身分が高ければ高い程、それはマイナスにしか働かないと記憶している。
婚外子に才能があった場合でも、それでも風当たりは非常にきつい。
だからこそ、あのエミというらしい少女が分からない。
今の段階の情報ではあるが、どうやらルーフス公爵家は無関係だと思って良いのだろうか……?
だとしたら本当に嬉しい。
彼の一族と不和になっているのは本当に悲しいから……
兎に角思考が昏くならないようにした結果、どうにも思考が泳いで仕方がない。
ため息と共にこれからどうしたら良いかと考えようとしていたところ、唐突に部屋のドアが開いて、何処かで見た事のある面影を持った小さな少年がピョコンと入ってきたものだから、思わず目を見開いた。
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