第一章
第6話
今までの人生を振り返っていた理由は――――
四回目の人生が始まって間もないというのに、現在絶賛誘拐されている真っ最中だからだ。
見事に赤ん坊でしかない今の私にとって、抵抗する術はまるでない。
暗闇に飲まれてからしばらくして、いつもの通りに狭く苦しい思いをしてから、ようやく意識がハッキリしてきたところだった。
まだまだ本当に赤ちゃんでしかない。
見慣れた天蓋の様子に部屋の作り。
どうみても親近感がわきすぎているそれらを見て、もしや三回目と同じ家にまた産まれたのかな……?
という感慨に浸っていたら、見覚えのない十代後半から二十台前後といった少女に、寝ているベッドから暗闇の中強奪され強引に運ばれている。
何か布に包まれているので周りは全然見えない。
焦る様子も無く淡々と私を運んでいるのだが、どうにも現下私を運んでいるこの少女が怖い。とても怖い。
全てが抜け落ちた様な表情の中、両の瞳だけがギラギラとしているにも関わらず、底が抜けた様に昏い色をしているのだ。
これは泣いたらどうなるか……
差し当たっては殺されるなという核心を得てしまったものだから、ベッドにいた私は、彼女が覗き込んできた時に愛想笑いをするという選択肢以外無かったのだ。
どうやらそれで気を良くしたらしい彼女は、そのどちらかと言えば可愛い系統ではなく綺麗系だろう容貌を笑みの形に歪なまでに歪めてくれた。
……瞳の色は最初と変わらず発光でもしているのかと言わんばかりにギラギラしているのも加わって、普通の赤ん坊なら絶対瞬時に泣いたと思う。
――――普通の赤ん坊の様に泣いていたら、攫われなかったかも……
そうは思うが、確実に無事ではなかったという私の直感は当たる。
残念な事に外れた事は無いのだ。
今までの三回の人生においては。
四回目で初めて直感が外れたのなら、それはそれで新たな発見だろう……
どこか達観しながらぼんやりと距離を測っていた。
先程まで私が寝ていた部屋は、どうやら私が三回目の人生で使っていた部屋とは違うけれど、見えないながら同じ屋敷だと思う。
感覚というか、家に居る精霊や妖精の気配が家のモノだと思えるのだ。
非常に馴染み深く懐かしい。
間違いなく三回目の人生での家と同じだ。
だとすると、魔力を持っているだろう複数から感じる気配は我が家の眷族の魔獣達だと思うのだが……
少なくとも魔力を持った人の気配と、魔力を持った人ではない気配を感じるので、人ではない方は魔獣以外ではないと思う。
懐かしく馴染む魔力を持った気配を発する人ではない子達を間違うはずも無し。
魔獣というのは、魔に属するからではなく、魔力を有した獣を総じて魔獣というのだ。
それは二回目でも習った。
ただ二回目の時は魔獣を眷族にして使役するという事は無かったのだ。
周りに居たのは魔物だけ。
魔物は魔の眷属だから魔物。
これも二回目の時と同じだった。
だからこそ三回目の時に同じ世界なのだと実感したのだが、それに気が付くまでの年数はかなりかかったのだ。
二回目の人生が短かった所為でもあるだろう。
産まれた世界に対する知識が少なかったのだ。
何せ二回目に産まれた里の場所さえ分からないのだから。
二回目の時に地図を見た記憶が一切無い。
どうにか符合する事柄の多さから、どうやら同じ世界だろう……くらいの認識である。
……ハタッと気が付いたのだが、屋敷から既に出ているだろう事は分かっている。
家を守護している精霊達や妖精の気配が無くなったので。
――――そう、我がアルゲンテウス大公家を守護する精霊ともあろう存在が、無断に、だと思う、そう無断に、あの部屋の感じから察するに一族の赤ん坊を連れ出されて黙っているとは、一体全体どういう事だろう……?
もしや、包まれているこの布。
何等かの魔法的な効果があるのかな……?
そうでもなければ大公家から赤ちゃんを盗み出す等不可能のはず……
どこへ向かっているのか、周囲から感じる精霊達の気配を感じながら推察していく。
途中で馬車に乗ったようだが、予め用意していたらしいのは会話から察していた。
御者はどうやら男性で、彼女とは親しいらしい。
だが、布に包まれている赤ちゃんがどこの誰かは知らされてはいないのも把握した。
馬車の速さが予測できない。
その為に距離が測れない。
この馬車は前回の人生よりも進化しているらしく、おそらく貴族用ではないだろう馬車であるにも関わらず、振動がほぼほぼ感じられない。
眼も見えない現状、どこへ向かっているのかがさっぱりわからなくなった。
焦っても仕方がないかと、四回目ともなればトラブルにも慣れてきたもので、静かに事態の推移を見守る事にする。
そうしていつの間にか止まった馬車から出された私は、どこかの屋敷に運ばれながら入っていったのは感じられた。
私の家から出た時と同様裏口からだというのも。
そしてここも精霊の気配と妖精の気配がする事から貴族の屋敷だろうと当たりを付ける。
精霊の感じから察するにかなりの高位貴族の屋敷に思えた。
そしてどうにもこの屋敷の精霊の感じは懐かしいし覚えがある。
――――三回目の人生での知り合い、否、仲の良かった大切な幼馴染の家だろう……
高位の貴族で親しかった存在を脳裏に過らせた結果、精霊の気配と相まってすぐさま誰の屋敷か分かってしまうほどに親しかった相手なのを、喜ぶべきか悲しむべきか……
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