第5話 回想 5

 自分の身体が赤ん坊になっているのだと、二回目の人生の時母だった人を想起させる存在のおかげで気が付けた。

 その人に抱き上げられてあやされたので。


 二回目の時、言葉を憶えるのに苦労した記憶が在ったけれど、彼女の言葉は不思議と分かったので、もしや同じ世界なのではと思い至った。

 そして彼女が私のこの、おそらくは三回目の人生での母なのだとも同時に理解する。


 ただ分からなかったのは、三回目の生での母親が、二回目の人生での母とよく似た面差しであること。

 他人の空似にしては似すぎているので、考えられる可能性としては血縁者。


 二回目の母親の身内は全て里に居たはずだと思っていたので困惑。

 遠縁、なのだろうかと結論付けた。


 三回目の私もやはり最初から記憶が在る事の理由を考えていたのだが、二回目の両親が言っていた事が脳裏に過った。

『大丈夫』とはつまり、里を襲った相手に捕まりさえしなければ、死んだとしても記憶を持ち越して転生できるから、なのかもしれない。


 裏付ける様に私の容姿も何もかも、二回目と同じだった。

 一回目とは髪の色と瞳の色が違うだけだった二回目とは違い、三回目は完璧に二回目と同じだ。

 人に言わせると私の容姿は、月の様に優しく温かでもあり春の陽光さながらに輝く鮮やかな金糸の髪と、極上の宝石よりなお麗しい瑠璃の瞳。

 正に創造の女神を彷彿とさせる小柄で在りながら誰よりも完璧な優雅で優美な姿。

 勝るもの無しの小さく白皙でバランスさえ完全な至高の美貌を誇る絶世の美少女。

 これになるらしい。


 ――――本当に聴いた時は居た堪れなかった……


 この三回目での私の立場は、アウレウス神聖帝国というその世界で一番の大国の筆頭貴族であると同時に皇族でもある、アルゲンテウス大公家に生まれた長女というもの。

 母は、アウレウス神聖帝国より劣るとはいえ大国の王女だという。

 その時の私には兄妹がいて、兄が一人、妹が一人、弟が一人。


 三回目の人生での父は、金属さながらの銀の髪に深く鮮やかな青い瞳が印象的な、冷気漂う怜悧な容貌の、背も高くバランスも申し分なしの美形だった。

 容姿において欠点らしい欠点が全く見当たらないという、二回目の父同様恐ろしいスペックの父だったのだ。

 どこか二回目の父にも似ていてとても親近感があった。

 すぐに家族だと思えたのだ。


 母は大国の姫君で、どうやらその国と現在の生まれた国との休戦のために嫁いできたという。

 確かにアルゲンテウス大公家の祖は、この国を建国された方の息子だったと聞いている。

 それ以降も事あるごとに帝室との間に婚姻を結んでいるので、その権威は下手な王国の王族など敵うものではないらしい。

 どうやら父に白羽の矢が立ったのもそこら辺が影響しているという話だ。

 母は金糸の様な髪と鮮やかな緑の瞳の優美さあふれる人だった。

 私が幼い頃に他界してしまったのが、本当に心が抉られる様で……

 二回目の人生での母ともよく似ていて、あっという間に大切な家族だと思えたのだが……


 兄は完璧に父親似で、父のクローンなのではと疑いたくなるほど容姿がそっくりだった。

 成長すればするほど本当にそっくり。

 仕事中毒な所などいっそ以心伝心一心同体しているのではレベル。


 ――――クローンのようだと思ったのがある意味間違いではないと知った時は驚いた。

 本当に驚いたのだ。


 父も兄も私が執務室に襲撃もとい突入して、強制的にお茶タイム兼休憩を取らせないと、いつまででも机から動かない。

 仕える人達がいくら言っても聞いてはくれなかったのが理由だ。

 エコノミー症候群になったらどうするつもりだったのか……

 いつも立って軽くストレッチしてとお願いし、その間にお茶とお菓子、もしくは軽食の準備を整えていた。

 庭に私の薬草スペースが出来たのは、三回目の人生でも幼い内だったのが深刻度を表している気がする。

 特製薬草茶や紅茶にコーヒー、お菓子に軽食。

 時間やお疲れ度を見極めて色々持って行っていた。

 仕事を始める前にコーヒーが良いと聴いていたから、いそいそと準備するのも楽しかったのを思い出す。

 フレーバーティーやアレンジした紅茶、コーヒーも色々アレンジしたものだ。


 この国、というより帝都のアウルムが軟水なのだ。

 だからかもしれないが、私が三回目の人生を生きていた当初は基本アウレウス神聖帝国民はコーヒー党だった。


 だったにも拘らず茶器やら何やら含めて紅茶を大流行。

 図らずも大流行というより貴人の嗜みにさせてしまったのは誤算だった。


 アイテール神王国では紅茶が主に楽しまれていたという文献を見つけたのと、二回目の人生では紅茶が主に飲まれていた上、その時の茶器が紅茶用のモノだったからきっと大丈夫と軽く思ってしまったのだが、凄まじい効果があったのだ。

 ”アイテール神王国”の名前はそれだけ効力があった。

 今でもは、他国からまったく相手にしてもらえないくらいだ。

 だから新たに国を興したとしても、是が非でもアイテール神王国の王族の血を引いている配偶者とその人物との間の子供が必須。

 そうでなければ誰も国としてみてはくれない。


 は偽装が出来ない。

 調べる術が確立しているのだ。


 だからこそ、『血が濃い』という判断がされた場合、恐ろしい程の権威が与えられる。

 そして世界中を見渡してもそれは常にこの『なのだ。


 ……他にはお米を定着させてみたり……

 こちらも食べられていた記述があったのだ。

 二回目の人生でお米を食べていた記憶もあったものだから……


 知らずにやらかしてしまったが、帝国の直轄領とアルゲンテウス大公家の領地にお茶とお米の生産地があったものだから頑張ってしまったのだ。

 一回目の人生でお米類とお茶類が大好きだったのもあっただろう。

 勿論、パンや麺、コーヒーが嫌いな訳ではない。

 ただ両方楽しみたかっただけなのだ。


 それに加え帝国と大公家が更に裕福になれば……という思いもあった結果ではある。

 ――――どんどん帝国内で植物が育たなくなっていったのだ。


 どうやら土が何等かの病に汚染されたとの話だったが、私には”呪い”にしか思えなかった。


 ――――そうして私は色々あった結果また若くして死ぬことになったのだ。


 もう端折る。

 本当に目まぐるしく様々な事が走馬灯のように蘇るが、既に済んだことだ。


 本人としては満足して死んだ。

 守れたと思う。

 大切な存在も家族も。


 だから後悔は微塵も無いのだが――――


 問題は、三回目の人生でも紫苑と子供の頃に出逢ってしまった事だろう。

 三回目の父が紫苑、否、その時は私同様名前が違ったのだが、彼を連れてきた。


 アイオーン・アイテール・アウレウス。

 それが三回目の時の紫苑の名前。

 髪の色だけが一回目と同じ艶やかな闇夜よりなお暗い漆黒。

 能力を使うと二回目同様太陽の様な黄金の髪になる所。

 他は何もかも同じだった。

 吸い込まれそうな黄金と真紅の瞳孔、至極色の虹彩を誇る瞳も、神域の他の追随を許さない絶世の妖艶な容姿さえも。


 そして私の名前は、レイア・オプティマス・レーギス・プリンケプス・アイテール・アルゲンテウス。

 舌を噛みそうなその名前。

 素直な感想は……長いね。

 これ以外にはない。

 勿論意味があるのは知っている。

 だからこそ更にそこから名前が変わったのだ。

 レイア・オプティムス・スッケーソル・レーギーナ・プリンケプス・アイテール・アルゲンテウス。

 そしてその名前になったからこそ、アウレウス神聖帝国の皇太子の婚約者になったのだ。

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