第1話 回想 1

 この世界で始めに私が生れた里は、今思えば隠れ里だったのだろう。

 山と山の間。

 深い深い鬱蒼とした森の中。

 滅多に人は訪れない秘境。


 複数の湧き水に恵まれ、食べるのに困らない自然の豊かさと、厳しくもない気温を含めての住みやすい環境に疑問も抱かず、森を含めた周囲数キロが世界の全てだった。


 それが突然全て炎の中で踏み躙られ消え去ったのを昨日の様に思い出す。

 未だに胸が引き裂かれるように痛い。

 あの時から、心は絶えず血を流している。


 記憶の底から思い返す、私という存在の記憶が始まる一回目の生。

 2000年代の日本に生まれた普通の少女だった。


 幼馴染と一緒に出掛けた先で事故に遭い、十代の半ばをいくらか過ぎたくらいで死んだのだ。

 バスが火に包まれ崖下へと落下したのをどうしようもなく鮮明に覚えている。


 幼馴染の彼の言う事を聞かずにバスに乗った事をどれだけ悔やんでも悔やみきれない。

 あの事故を思い出せばすぐに分かる。

 間違いなくあの時、一緒に居た幼馴染の紫苑も……


 後悔してもしきれない。

 謝っても謝り足りない。


 どう償ったら良いのだろう。

 そればかりが消えない。

 消えた事は無い。


 赦してほしい訳ではない。

 赦される事ではないのは心の底から分かっている。


 少しでも彼の心が救われて欲しい。

 けれどその方法が分からない。


 どうしたら良いのか、今もって本当に見当もつかない。


 ごめんなさい。

 ごめんなさい。

 本当にごめんなさい。


 何でもする。

 私に出来る事なら何でもするから……


 ――――紫苑。



 丁度私が、一番前の席に座っていた子供が落として転がってきたおもちゃの汽車を、その子供に届けた時だった。

 後方から突然猛烈な火の手が上がって、気が付いた時には崖下へとバスは向かい、通路に居た私は誰より先に投げ出されてしまったのだ。

 普段の無表情をかなぐり捨てて紫苑が血相を変えて駆け寄ろうとしていたのを、確かに忘れられず覚えている。


 私は、紫苑と居られればそれだけで幸せで。

 親が親戚でもあり友人同士だったから、それこそ物心がつく前からの付き合い。

 紫苑に好きな人が出来たなら心から祝福して、ちゃんと離れる予定だったのだ。


 友人に、幼馴染でも彼女や奥さんじゃないんだから、南条君に好きな人が出来たら離れるんだよと教えてもらっていて良かった。

 知らずに側に居たら大変だったと思う。


 相手の女性にしてみると、幼馴染で親戚だからといって、他の女性が自分の夫や彼氏と親し気に一緒に居たら嫌なものらしいから。


 私にとって紫苑は家族も同然だったので、気が付きもしなかった。

 どうやら紫苑に好きな人が出来たらしいとまことしやかに噂が出て、どうやら本当らしいと思った私は、紫苑との最後の思い出にしようと日帰りで一緒に出掛けたのだ。


 紫苑は自分の家の車を出すと言っていたし、運転手さんの坂本さんも昔から知っていた。

 だが私は、紫苑と二人で出掛けたくて、それだけの理由で、バスを選択してしまったのだ。


 ――――結果が、あの事故。


 いつもの様に、車を坂本さんに運転してもらえばよかったではないかと、未だに強く思う。

 どうして私は、珍しくあれ程強固に我がままを突き通したのだろうか……?


 分からない。

 ――――分からないという事にしておく。


 今更私が何を考えたとしてもどうしようもないのだから、考えない。

 私の心はどうでも良い。


 そうして逃げて逃げて逃げ続けていたから、全ての生でも二十を超えられずに結局死んでしまうのだろうか……


 罰なのだと分かれば、当然の報いだと納得する。

 今までの人生の幕切れの多くが酷いものだったのは、私への罰なのだろう。



 二回目の人生は、とても温かくゆったりとしたものだった。

 忙しない一回目より充実していた様な気さえする。


 基本的に地産地消を当たり前の様にしていたのだ。

 春の手仕事、夏の手仕事、秋の手仕事、冬の手仕事。

 季節に合わせて様々な森の恵みで生きていた。


 村の全員が家族の様なもので、皆の顔を知っていたものだ。

 たまに外部から行商人が来るくらいの、そんな静かな村だった。


 私は二回目の生を授かった時から、一回目の記憶が全て在ったのだ。


 最初は酷く混乱した。

 一回目の時は、意識が暗闇に包まれてグシャっとした記憶が最期。

 次に意識が戻ったのはこれまた暗闇だったけれど、どこか安心する揺蕩う感覚の場所。

 それが終わって苦しい所を通り抜け突然明るくなった。


 しばらくして目が見える様になって見渡しても、今いる場所に見覚えがまるで無い。

 本当に訳が分からなかった。


 二回目の時の母のお腹の中に居た時から意識があったのは幸いだったと思う。

 そのおかげで一回目での事故についてある程度冷静になれたから。


 どうにか自分が転生らしきものをしたのだと認識したのは、目が見える様になって意識もよりはっきりとしてからだったと思う。

 とはいえ、衝撃的な事は言葉を理解できるようになった時だった。


 その時の私の名前は、一回目と同じ『ルカ』だったのだ。

 勿論二回目の時に漢字等はなかったけれど、音が同じ名前。


 一回目の人生での名前が『如月 瑠華きさらぎ るか』。

 二回目の人生での名前が『ルカ・レギナ』


 記憶も最初から地続きで在るし名字は違えど名も同じ。

 不思議ではあったし頭の中はハテナマークの乱舞ではあった。

 それでも理由らしい理由を思いつかなかったのだ。

 ――――そう、あの時までは……

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