僕は求める、君の隣を
僕は、何時家に戻ったんだ?
そんなことすらわからないほど、僕は疲弊していた。あの後のことは全く覚えてない。どうやって帰ったのかも、どれだけ泣いていたのかも、いつ着替えたのかも、何にも、何にも覚えていたかった。
「20:00……」
時計はまだ変わっていない日付を指し示し、事故を目撃した時間もわからないが、ある程度は時は経っていた。
「時雨……」
僕は、また、君を助けられなかった。目の前にいたのに、誰よりも近くにいたのに、それでも、僕は何もできなかった。悔しい、悲しい、会いたい。そんな気持ちたちが頭の中を、ぐちゃぐちゃにする。もうわけわからないぐらいいろんな感情が頭をかき乱し、僕が僕でなくなる。
「会いたい……」
それだけを言葉に溢し、僕はベットにすべてをゆだねた。
「――――――――」
何か聞こえる。一度も聞いたことはないけど、どこか安心する、そんな声が。
「す――――、こ―――け―や――――だ」
耳を声に傾ける。耳をすませばはっきりと、聞こえた。
「何度でも、何度でも繰り返さねばならない。それが今、お前を縛る契約だ」
それをトリガーに回りは知らない空気に包まれた。懐かしい、それでいて触れることはできない空気。霧のように濃くてなにも見えない空気に、僕は恐怖した。
『おねがい、あたしのすべてをつかってあのひとを……―――をたすけて』
それは、声だけで分かるほど幼くて、拙いセリフ。でも、それだけで声の主はわかった。きっと、あの頃からずっと、僕を守ってくれてたんだ。
「これは契約。誰にも干渉されない、唯一無二の契約。そして、これは少女だけの契約だ」
知ってるよ、そんなこと。僕の力じゃどうにもならないことぐらい、覆せないことぐらい。でも、だから、ねじ曲げるために。僕も―――――。
「成る程、だが、それは受理できない。とっくの昔に、お前の契約は受理している」
必ず彼女を死なせないように、僕がずっと守れるように、
「時雨が死んだとき、時雨を生かさなければならない」
それは、僕の声なのか、あるいは話している見知らぬ誰かなのか。そんなことを考える暇はなく、ゆっくりと意識は現実に帰る。
目覚めの悪い、憂鬱な朝だ。だが、天気は正反対で、まるで、昨日みたいにきれいな青空で。
「昨日…みたい?」
おかしい。時間は、時は進んでて、昨日、目の前で時雨が死んだはずなのだ。
「日付は……!?」
時間が、日付が、変わっていない。
「う、嘘だろ?」
大急ぎで身支度をして家族の元に顔を出した。昨日なはずはない。そんなはずはない。
「あら、早かったじゃない」
「義母さん……」
「どうかした?」
「い、いや、何でもない」
食卓に腰を下ろすと、昨日と同じ朝食が並ぶ。新聞も、昨日の日付で、昨日と同じ内容。
「ねぇ、義母さん」
「ん?」
「・・・・・・いや、何でもない」
「そう? 母さん、出かけてくるから。学校遅刻せずに、時雨ちゃん待たせるんじゃないよ」
「わかった」
いや、本当は、全然わかってない。今は、時雨に会いたくない。二度目だ。二度目なのだ、君が死ぬのは。二度目は、昨日、実際には今日の放課後、日が落ち切った後だが。一度目は・・・あれ?
僕は、一度目にどうやって君を失った?
「彩人ぉ? いるんでしょ?」
いるに決まってるじゃないか。そんなの、聞かないでくれよ。答えたくなるじゃないか。僕を待ってくれてるんだ、うれしいに、決まってる。だから、呼ばないでくれよ。
それでも、時雨は当たり前のようにドアを押し、家に入ってくる。当たり前だ。うちの合鍵のうちの一本を持つのは時雨だ。鍵がかかっていようが、内鍵がかかってない限り、時雨は家に入ることができる。
「あんた何やってんの? 今日学校あるのよ?」
「知ってる」
「あたし、待ってるから。早くして」
「わかった」
鏡を見る。情けない顔だ。こんなので、時雨の隣を歩けるはずがない。
「っし!」
僕は、昨日を繰り返さないと誓い、今日も家を出た。
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