僕は望む、もう一度

 タピオカを飲みながら、二人でぶらぶらと、デパート内を巡った。時間の許す限り、二人で楽しんだ。昔に、まだ、何も知らずに遊んでいたころの僕らに戻った気がした。


「明日も学校だし、そろそろ帰る?」


 日も落ち、時計を覗くといい時間になっていた。帰る判断をするにはにはちょうどいいだろう。


「だな。あまり遅くまで遊んでいるわけにもいかないしな」


「じゃあ、帰ろっか」


 デパートを、煌びやかに彩られた街を後にする。時雨のペースでゆっくりと、坂を上る。学校の話や友人の話、懐かしい、昔の話。そんな他愛もない、おしゃべりをしながら。


「でね、あの時の彩人、すっごく怒ってたんだよ?」


「やめてくれよ、恥ずかしいじゃんか」


「あたしはうれしかったけどなぁ」


「……そっか」


「あ、照れたぁ」


「照れてない」


「照れた、絶対に照れた」


「照れてない」


「照れてた」


 頑固なところは相変わらずで。時雨は一度決めたら意地でも曲げない。てこでも動かない筋金入りの頑固者だ。ぷくっと頬を膨らませてこちらを見られると、僕は折れるしかない。僕の扱いを熟知していらっしゃる。


「……」


「はぁ……、降参。照れました」


 両手を力なく上げ、降参を体でも示す。そんな僕を見て、ぱぁっと顔が笑顔になる。


「よろしい」


 上機嫌で、鼻歌すら聞こえてくるほどの笑顔。そんな時雨を見ていると、言い負かされた僕も、笑顔になってしまう。まったく、僕の扱いに長けている相手はやりづらい。どうすれば僕が喜ぶか、完璧に知りつくしている。


「あ、ここまででいいよ。じゃあね、彩人」


 いつの間にか、いつもの交差点に来ていた。僕はこの交差点を右に、時雨は左に曲がる。学校は、この交差点を右へ行き、僕の家を通り過ぎた、坂を上っていく。だから、僕が付いて行くのはここまで。


「うん、じゃあね、時雨」


 その時だった。ブレーキの甲高い音と、迫りくるライトに気づいたのは。僕はまだ歩道の中で、時雨は……横断歩道の真ん中で。


「時雨ぇっ!」


 気づいた僕は、必死に手を伸ばす。横断歩道に全力で足を動かし、必死で彼女を求める。迫る車と、伸ばす僕の腕。それに気づいた時雨の、伸ばされる腕。静かな交差点に、ドンっと低い音が鳴り響いた。






「……」


 僕の腕は、時雨を捕まえれなくて、宙を舞う時雨の体が、やけにスローモーションに映る。


じゃあね、彩人。


 時間の流れが緩やかな世界で、彼女は弱弱しく笑顔で、口を動かしていた。鏡を見なくても分かるほど、僕は驚いているだろう。ただただ、目の前で最愛の女性を失ったこと、助けることができなかったこと。その状況は、僕を絶望させるには有り余るだけの破壊力を持っていた。


「あ……あぁ……」


 できるだけ早く、力なく、僕は時雨の元に向かう。そこにいた時雨は、紅く彩られてしまっっていた。


「時雨っ! おいっ! 冗談だよな? 笑ってくれ、時雨っ!」


 もう、動かないし、笑ってもくれない。何も、返事すら、返してくれない。頭をなでても、口づけしても、何も、何も返してくれない。


「ぁあぁ……」


 僕は、その時もう、時雨は戻ってこないと理解した。僕は、時雨を守ることはできなかった。そばにいただけで、助けてやることもできなかった。


「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛」


 助けられなかった後悔に、死なせてしまった事実に、ただただ、僕は泣き叫んだ。もう、周りなんて気にしてられなかった。僕はただ抱きしめて、泣き叫ぶことしかできなかった。

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