僕は望む、夕暮れ時に君を

 放課後、どこの部活にも所属していない僕は、帰路をたどる。隣には誰もいない。それが当たり前だった、はずだった。


「彩人、どうかした?」


「いや、なんでもないよ?」


 部活に所属しているはずの時雨が、なぜか僕の隣を歩いている。部活はどうした、と問いただすと、休みになったそうだ。でなきゃ僕と一緒には帰れていない。言われれば、その通りだ。


「友達と帰らなくていいのか?」


「今は彩人のほうが優先。朝飛びついてくるぐらいビビってるあんたのこと、放ってけないじゃない」


「それは…ごめん」


「まぁ、おとなしくしておきなさい」


 そう笑う君は、夕暮れよりも綺麗で。あぁ、惚れた弱みなのか。綺麗だよ、最高に。


「ありがとう、彩人」


 ……言葉になってしまっていたみたいだ。だが、恥ずかしいとは思わなかった。本心から漏れた言葉に、恥ずかしいもなにも、今さら感じない。


「あぁ、本当に」


 この先は、もう言わない。これ以上言うと、壊れるかもしれない。この幸せな夢から覚めてしまうかも知れない。だから、言わない。


「さっさと帰りますか?」


「そうしましょうか」


 朱色に染まる君がいる。それだけで、なんと彩られた世界だ、と錯覚するほどに、僕は君に首ったけみたいだ。今、この一瞬一秒がずっと、続けばいいなと思った。






「ただいま」


 玄関を開けると、暗い空間が広がる。まだ、誰も帰宅していないことを理解した僕は、二階にある自分の部屋に入る。今日は疲れた。懐かしさと、嬉しさに身を焦がし、殺風景な部屋を見渡す。物の少なさに自傷気味に笑いながら、服装を変える。流石に学生服のままでは服にシワができてしまう。クローゼットの中はあまり趣味の良くない柄の服が並んでいた。


「着る服すら悩まなきゃだめなのか」


 当初の己のセンスを恥ながら、出来るだけまともな服装を見繕って、袖を通す。


「うーん、我ながら良くできたのではないか?」


 この痛いクローゼットの中身を変えるべく、僕は再度、家を出た。財布の中身は悪くない。何着か買うことができるだろう。


「あれ? 彩人?」


 どうしてだか、そこに時雨はいた。服装は学生服ではなくなっており、完全に私服姿の時雨だった。


「どこか出掛けるのか?」


 かなり気合いの入った服装を見て、胸が痛いが、それでも、聞かずにはいられない。


「さぁねぇ」


 ぼかされたことが不満で仕方がない。けど、僕はそれ以上聞かない。嫌われたくない。ただ、その程度のことだが、僕はこれ以上踏み込めない。


「あんたもどこか出かけるんじゃないの? 見た感じ気合入ってるみたいだけど?」


「そう見える? まぁ、ダサすぎるのもプライドが許さないし、それ以上にかっこ悪いじゃないか」


「そうね。じゃあ、行きましょうか」


「え?」


 当たり前のようにデパートの方角へ足を向ける。僕は無意識のうちに時雨に連絡していたのだろうかと気になるくらいに自然の行動だった。


「え? いかないの?」


「い、行くけども。時雨も行くの?」


「うん、あんたに付いて行く。だからエスコートしてね」


 そう言って僕を引っ張ってくれる。まだ時間は経っていないはずなのに、長い時を過ごしたように感じた。でも、こんなことでもうれしいから、僕は君を守るよ。


「はぁ・・・。分かったよ」


 はじけるようにはしゃぐ君を眺めていると飽きない。そんな君を、ずっと見ていたいと、僕はそう思った。

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