第19話 夜ご飯
「う~ん! おいしい~!」
スープの野菜を一口食べたリッカが驚きの声を上げ
「これって、野菜を煮る前に炒めてるんですかね? すごく香ばしいですし歯ごたえもあってとても美味しいです!」
厨房で何かの仕込みをしている獣人族の男性に向かって語り掛けるリッカ。
「嬢ちゃん、良く分かったな。まだあるから足りなかったら言ってくれ」
こちらを見て淡々とした口調で応えた獣人族の男性が視線を手元に戻すと、また仕込みを始めた。
「ありがとうございます! よく手入れされた畑にとてもおいしそうな野菜が沢山生えてたから、料理にすっごく期待してたんですけど……、思ってた以上に美味しいです!」
仕込みの手を止め僅かに口角を上げる男性。何か言うのかと思ったが何も言わずにまた仕込みを始めた。
「ちょっとアンタ!」
カウンター席で腰掛けていた獣人族の女性が厨房に向かって怒鳴ると
「ゴメンよ。本当は料理と自慢の畑を褒められて嬉しいくせに……、うちの人っていつもあんな感じで不愛想だから困っちゃうよ」
「あ~、全然気にならないので大丈夫ですよ~」
カウンター席の女性が苦笑いを浮かべながら
「本当にゴメンね、でも主人が言ったようにまだスープもパンも沢山あるから、人族の彼もいっぱいお代わりしてね」
「はい。ありがとうございます」
骸骨迷宮を六十階層まで踏破したところで探索を終了させた俺とリッカは、街に戻ると先ずは戦利品である魔石を換金しに魔石屋に訪れた。
ここの迷宮の魔物の魔石は俺が思っていた通り、名もなき迷宮の迷宮主と同じくらいの買取金額だった。
なので、採取した六十七個の魔石を全て換金すると金貨二枚分の稼ぎとなった。
金貨を受け取り店を出ると、リッカが
「この調子で明日は六十階層から七十階層まで探索するつもりよ。ただ、今日みたいに下の階層へ続く階段を最短順路で目指すんじゃなくて、明日は少し各階層の魔物を多めに倒しながら移動しようと思うんだけど……、良いかしら?」
「俺はリッカが倒した魔物から魔石を採取するだけだから特に異論はない。だから、好きなだけ暴れれば良いと思うぞ?」
ゴリラが立ち止まると頬の肉をヒクヒクさせて
「魔法を使うと魔石がダメになっちゃうんだから殴るしかないでしょっ!」
リッカは魔族なので魔法に秀でた種族である。しかも、幼い頃から魔族領に存在する高難易度の迷宮を幾つも踏破していたので、物凄く魔法の威力が高かった。
なので、そんなリッカが魔法を放つと魔物と一緒に魔石も粉々になってしまっていた。
上手く魔石を採取出来なくて落ち込んでいたリッカを見て俺は、高難易度の迷宮の魔物を倒して育ってきたのなら、身体能力もそれなりに上がっているんだろうと考えた。
そこで、俺では傷を付けることさえ出来なかった氷の塊をリッカに殴ってもらう事で、リッカの身体能力を探ろうとした。
すると、リッカは拳一撃で氷の塊を粉砕出来るほどの腕力の持ち主である事が判明した。
見た目はゴリラだが身体能力もゴリラだったリッカに【打撃増加】【腕力増加】【体力増加】【体力回復】の宝玉が埋め込まれたガントレットのレア装備を渡すと、
魔物を殴ってほぼ一撃で葬り去るようになった。
しかも、採取した魔石の大きさから鑑みるに、俺が必死で倒した迷宮主と同程度の強さであろう魔物をだ……。
魔物を倒すリッカを見ていたら、俺でも簡単に骸骨迷宮の魔物を倒せるんじゃね? って思ったが、複数体で襲って来る迷宮主並みに強い魔物を一撃で倒す自信は俺にはない……。
そう考えると、リッカの魔力や身体能力の高さに若干恐怖すら感じるのだが、鼻息を荒くし歩くゴリラを見ていると不思議と恐怖心は薄れて行く。
リッカなりに魔石を採取しようと頑張っていたのに、暴れてるって言われたのは気に入らなかったのかな?
フンフン言いながら歩くリッカに
「でも、魔法の威力が凄いだけじゃなくって、リッカは身体能力も凄く高かったのには驚かされたよ。明日も頑張ろうな」
「もちろんよっ!」
ガントレットを装備した腕を曲げ拳を握り締めるリッカ。
一瞬ガントレットがキラリと光ったように見えて格好良く見えた。
その姿はとても頼りがいのあるゴリラに見えるのだが……。
「宿に着いたら飯だろ? そろそろガントレットを外さないか?」
「えっ!」
腕を捻りながらガントレットを眺めるゴリラが
「やっぱり外さないとダメかなぁ……」
「装備したままだと食べずらいんじゃないか?」
「このガントレット……。気に入っちゃったのよねぇ……」
「まてまて、それは俺が必死で倒した迷宮主の戦利品であってだな、帰ったら部屋に記念に飾ろうとしている物だから……」
俺の話しを聞きながら、ガントレットに頬ずりするゴリラに
「……やらんぞ?」
口角を下げ悲しそうな表情を浮かべるゴリラ。
「そっかぁ……。じゃあ、また明日装備させてね……」
リッカが腕からガントレットを外すと、渋々俺に手渡して来た。
――どうせ食事が始まればガントレットが邪魔してナイフとフォークなんて持てないんだろうから、結局装備は外すんだろうけどな――
そんな事を宿に向かう道すがら考えていた俺だったが……。
明らかに俺よりもデカい手でナイフとフォークを上手に使い、美味しそうに食事を取るリッカを見ていると、ガントレットを装備したままでも普通に食事が出来たかもしれなかったなって思えてくる。
そういえば、朝食と昼食でもリッカはナイフとフォークを使っていたが、あの時はリッカの上品な仕草に気を取られて、手元に関しては全く気にしていなかったな。
視線に気づいたリッカが手を止めると
「どうしたの?」
「いや……、上手にナイフとフォークを使うんだなって思ってな……」
そのデカい手で……。などとは言えなかったので、上手く本当の事はぼかして伝えると
「テーブルマナーは小さい頃から厳しく躾けられてたからね。それでじゃないかしら?」
やっぱりリッカはお金持ちの家庭で育ったのかな? だが、一般家庭でも食事中のマナーに関してはそれなりに躾けはされるからそうとも言い切れないか?
「ちょっと良いかしら?」
さっきまでカウンター席に座っていたと思っていた獣人族の女性が、音もたてずに俺達のテーブルにグラスを置き
「この果実酒は店からのサービスよ。初めてうちで食事をするお客さんにはいつも出してるの」
「わー、いただきます! ちょうど食後にお酒も飲んでみたいって思ってたんですよね。ありがとうございます!」
リッカがグラスを掴み果実酒の香りを嗅いでから一口飲むと
「美味しいです! このお酒は街の名産だったりするんですか?」
「嬉しいことを言ってくれるじゃないのよ。名産ではないけどうちの家族が作ってるお酒よ。良かったらお土産に買って行ってね」
「はい! とても飲みやすいし香りも良いので必ず買って帰ります!」
宿屋を営んでいるだけあってお客を喜ばせる気配りが上手だな。
しかも、さり気なく身内のお酒も売り込んでくるだなんて、なかなか商売上手な人だ。なんて思っていたら、リッカがあっという間にお酒を飲み干し
「お代わりってもらえますか?」
獣人族の女性が目を開き
「あら、気に入ってもらえたみたいで嬉しいよ。いつもならお代を貰うんだけど、もう一杯だけサービスしといてあげるわ」
「ありがとうございます! でも、このお酒ってグラスじゃなくて瓶でも売ってますか?」
「売ってるわよ?」
「でしたら酒瓶のお代は私が払いますので、お近づきのしるしに私達と一緒に飲みませんか?」
獣人族の女性が腰に手を当てゲラゲラと高笑いすると
「気に入ったよ! あたしはジョリー、旦那はブラットよ」
「私はリッカ、彼はケビンです」
ジョリーと目が合ったので軽く会釈し
「どうも、ケビンです」
「よろしくね、ケビン」
ジョリーが手を差し出し握手を求めてきたので握り返す。
「うっ!」
思っていた以上に強く握り返されたので思わず声が漏れてしまった。
「おっと! ゴメンよ。大丈夫だったかい?」
少しジンジンする手を擦りながら
「ええ……、大丈夫です」
一瞬骨が折れるかと思ってヒヤッとした。やっぱ獣人族は力が強いな……。
「軽く握ったつもりだったんだけど、ゴメンよ」
と言いながら、ジョリーが椅子を引くと
「ちょっとアンタ! 聞こえてただろ! リッカとケビンに何かつまみを作ってちょうだいな。ついでに酒も持って来るんだよ!」
俺よりも背が高く肩幅もあってガタイの良いジョリーは、声も異様にデカかった。あんな感じで怒鳴られたら怖くて身が竦んでしまいそうだ。
リッカも大きな声に一瞬驚いたようだったが、俺の手を見て小声で「大丈夫?」と聞いて来たので、問題ないと応えといた。
それにしても……、俺が思っていた以上にリッカは社交的なのかもしれないな。俺だったら、いくら世話になる宿の人達だからといっても、わざわざ一緒に酒を飲もうとは思わないもんな。
椅子に腰掛けジョリーが改めて俺とリッカを交互に見ると
「ところで、あんた達はどの階層まで行って来たんだい?」
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