第18話 腕力も強かったゴリラ


 床に散らばった骨を掻き分け魔石を採取して行く。


 五十階層から始めた魔石の採取は五十五階層に到達すると三十個近くになり、五十九階層に到達した今では採取した魔石の数は五十を超えていた。


 階層内の全ての魔物から魔石を採取するのではなく、下の階層に続く階段を目指しながら移動しているので、踏破している階層数の割には採取している魔石の数は少ない。


 だが、この骸骨迷宮に出没する魔物から採取した魔石は、俺が必死で倒した名もなき迷宮の迷宮主よりも少し大きかった。


 なので、今所持している魔石を換金すれば余裕で一ヶ月くらいは何もしなくても宿暮らしが出来る額にはなるだろうし、全ての魔石を消費すればここから魔族領まで一気に移動も可能となるだろう。


 ただ、リッカとしては見聞を広める為に早くて一ヶ月。遅くても三ヶ月の期間は欲しいみたいなので、後二日か三日くらいここの迷宮内の魔物を倒せば、その間に掛かる移動費や宿泊費は稼げるだろうと俺は推測している。


――うふふふふぅ~


 部屋の外の通路から微かに陽気な笑い声が聞こえてきた。魔物が装備していた武器や防具を部屋の隅や壁際に追いやる。同時に、床に散らばった骨も可能な限り部屋の壁際まで移動させる。


――あははははぁ~


 少しずつだが俺が待機している部屋に笑い声が近づいて来ている。戦闘を妨げないよう、念のため部屋の隅に移動する。


――いひひひひぃ~


 通路の方から笑い声がハッキリと聞こえ始める。


「あっはははは~!」


 白いワンピースを着たゴリラが獣型の骸骨を引きつれて部屋に入ってきた。


 部屋の中を全速力で走るゴリラを六体の獣型が追い掛けている。


 ゴリラが振り返り即座に左手を横に振り払う。


 先行していた四体の獣型の足元が凍りつきその場に足止めされた。

 二体の獣型が足止めされた獣型の間を縫うようにして走り抜けるとゴリラに飛び掛かった。


「ふんっ!」


 ゴリラの右拳を喰らって吹っ飛ばされる獣型。一緒に飛び掛かってきたもう一体の獣型を巻き込むみ部屋の壁にぶち当たる。


 壁に激突した二体の獣型は体中の骨がバラバラになり息絶えた。


 ゴリラは今【打撃増加】の宝玉が埋め込まれたガントレットを装備している。

 なので、ぶん殴られた魔物は宝玉の効果で威力の増したゴリラの打撃と衝撃に耐えきれず、吹っ飛ばされて体中の骨を砕かれていた。


「ふっ!」


 ゴリラが床を蹴り足を凍らせたまま動けずにいる獣型に迫る。


「ふんっ! ふんっ!」


 左右の拳を振り回しゴリラが獣型をぶん殴った。


 背骨や肋骨あたりを殴られ吹っ飛ばされた獣型の骨が床に散乱する。近づくゴリラに噛みつこうとした獣型は頭をぶん殴られて首から下を残した状態で息絶えた。


 足止めしていた四体全ての獣型をゴリラが殴り終え、ゴリラを追い掛けて来た魔物は全て排除した。


 なので、魔石を採取しようと部屋の隅から移動しようとすると


「まだっ! 後三体!」


 剣とハルバートを装備した人型の骸骨が部屋に入ってきた。


 上の階層では剣か戦斧、いわゆるバットルアックスを装備した人型が多かったが、この階層にはハルバートを装備する人型もいるのか……。


 長柄武器ポールウェポンとも言われるハルバートだが、槍の穂先に斧頭、その反対側に鉤爪が取り付けられていて、穂先や斧頭で斬ったり突いたり、鉤爪で引っかけたり叩いたりといった使い方や、鉤爪で鎧や兜を破壊したり敵の足を払ったりと様々な使い方が可能で、屈強な者が使えば鎧を粉砕する事が出来るくらい威力の高い武器だったりもする。


 果たしてそんな武器を魔物が上手く扱えるのかは不明だが、危なそうなら無理しないで魔法を使ってくれ。


 ハルバートを装備した人型がゴリラの胴体を穂先で突き刺そうと突っ込んで行く。同時に剣を装備した人型もゴリラに襲い掛かって行く。


ゴリラが一歩踏み込み突き出されたハルバートを横に躱すと、ハルバートの柄の部分を両手でガッチリ掴んだ。


「ふんっ!」


 足を踏ん張りハルバートを横に薙ぎ払うゴリラ。


 剣を装備した人型とハルバートを装備していた人型が凄い速さでぶつかり二体とも体中の骨が砕かれて床に崩れ落ちた。


 ガントレットに埋め込まれている宝玉の【腕力増加】の効果が凄いのか、あるいは、ゴリラの身体能力が元々高いからなのか……。


 今の戦いっぷりを見ていると、もう魔法は使わないで腕力だけでこの迷宮を踏破出来るんじゃないかと思ってしまう。


 すると、今度は杖を持った人型の骸骨が部屋に入ってきた。


 そして、すぐさま腕ぐらいの太さの氷の矢をゴリラに向かって放った。


「ふんっ!」


 氷の矢を左手で叩き落とすゴリラ。


 ……躱さないで何故ぶっ叩いた? だが、ちょっと格好良かったぞ。


「ふっ!」


 床を蹴り杖を構える人型との距離を詰めるゴリラ。


「ふんっ!」


 人型の胴体を狙って下から上に拳を振り上げるゴリラ。構えていた杖ごと腕と肋骨を吹っ飛ばされた人型はその場で膝から崩れるとただの骨と化した。


 そして、ゴリラの一撃で吹っ飛んでいた杖が壁に当たり乾いた音を立てて床を転がると室内は静寂に包まれた。


「もう大丈夫よ」


 ゴリラが満面の笑みでこっちを見た。


 魔法の威力が強過ぎた為に魔物から魔石の採取が上手く出来なくて落ち込んでいたリッカだったが、打撃優先で戦うようにしてからは元気よく魔物を倒しまくっていた。


「うふふふ。まさかこの歳で追い掛けっこをするなんて思ってもみなかったけど、全然疲れないから楽しいわ!」


 【体力増加】と【体力回復】の宝玉が埋め込まれたガントレットを装備しているリッカは、宝玉の効果により疲れる事なくずっと魔物を倒しまくっていた。


「それと、この装備のお陰で魔石を損傷させることなく採取出来るようになったじゃない、だからもっと魔物を倒して魔石を集めたいのよ!」


 リッカに魔法を使わずに魔物を倒す方法は何かないかと考えた俺は、殴り合いが得意なゴブリンファイターが使用していたレア装備をリッカに渡してみた。


 すると、レア装備のガントレットに埋め込まれた宝玉の【打撃増加】【腕力増加】【体力増加】【体力回復】の効果によって、元々身体能力の高かったリッカは魔法を使わなくても打撃だけで魔物を倒し、尚且つ魔石を損傷させる事なく採取も出来るようになったていた。


 床に散らばった骨を掻き分けていると


「ねえ、ケビン。今って何階層だったかしら?」


 リッカを見ると目を閉じていた。どうやらサーチ魔法で階層内の魔物の存在を確認しているようだった。


 床に転がる魔石を拾いながら


「今は五十九階層だ」


 リッカがゆっくり目を開け


「う~ん、そろそろ近くに魔物がいなくなって来たのよね……」


 魔石をリッカに手渡し


「その魔石でちょうど六十個になったと思うぞ」


 リッカが空間魔法のポケットに魔石を入れると


「じゃあ、次の六十階層の魔物を倒て今日は終わりにしましょう」


 すると、部屋の隅に集められた装備品を見ながら


「ケビンから見てこの階層でも気になる装備品ってなかったかしら?」


 部屋に散らばる装備品を見渡しながら


「そうだな……。さっき倒した人型が装備していたハルバートは気になったが、ただ単に今迄の階層で目にしてなかったから気になっただけだしな……。特にこの階層でも気になる装備品はなかったな」


「そう……。もし気になる装備品があったらポケットに入れるから教えてね」


 リッカからは気になる装備品があったら教えて欲しいと言われていた。俺からしたら持ち帰るにしても荷物になるのでポケットに入れて保管してくれるってのはありがたかった。


 ただ、リッカを家に送り届ければここで手に入る装備品よりも高価な物が手に入るので、あまり気にして装備品を物色したりはしていなかった。


 だが、何となく損傷の少ない装備品が多いような気はしていた。


 難易度が低い名もなき迷宮でしか探索をした事がないので良く分からないが、この骸骨迷宮はそこそこ難易度が高いので、魔物が所持する装備品はそれなりに質の良い物になっているのかも知れないな。などと考えていると


「ねえ、この先の突き当りを右に曲がると下の階層へ続く階段があるんだけど……。そこまでどっちが先に辿り着けるか競争しない?」


 目をキラキラさせながらリッカが提案して来た。


 さっきもチラッと話していたが、走るのが楽しくて仕方がないのか? まあ、今日の俺は魔石の採取しかしていなくて全く疲れていない。


 なので、部屋を出て通路の前で立ち止まると


「こう見えて……、俺は意外と足が速いぞ」


「階段までの順路に魔物は一体もいないから全力疾走して大丈夫だからね」


 横に並んだリッカを見る。


 迷宮内の魔物を全て相手にしてもらっている手前、駆けっこに勝って少しは格好良い所を見せておきたいな……。などと子供みたいな事を考えている俺。


 すると、魔物の骨を持ったリッカが


「この骨を投げて床に落ちたら開始よ」


 前傾姿勢でいつでも走り出せる体勢になると、リッカが放り投げた骨が床に落ちた。


 床を強く蹴り走り出す。


 リッカよりも先に走る体勢を整えていたので、かろうじて今はリッカよりも先を走っている。


 全速力で走るだなんて何年ぶりだろうか? 肌で風を感じながら走るのが何だか楽しくなってきた! 


 通路の先に曲がり角が見えて来た。俺の方がリッカよりも少し先を走っている。


 角を曲がる時に抜かされるかもしれない……。


 リッカの進路を塞ぐ感じで曲がり角に向かって走って行く。


 この角を制すれば負ける事はない! と思った瞬間だった


「あっ! 手がぶつかっちゃった!!」


 背中に物凄い衝撃を受けた俺は突き当りの壁まで吹っ飛ばされていた。

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