第17話 魔力が強過ぎたゴリラ


 ~骸骨迷宮~


 ・七十三階層からなる迷宮である。

 ・出没する魔物は人型の骸骨と獣型の骸骨である。

 ・五十階層付近からは魔法を扱う魔物の存在が確認されている。

 ・迷宮主の部屋は七十三階層に存在する。

 ・十階層毎に移動可能な魔道具は設置済みである。


 ※迷宮主の部屋に行く場合は七十階層から移動する事になるのでご注意下さい。


 『迷宮案内掲示板作製組合』


§ § § 



 剣を装備した人型の骸骨が四体。その後ろからは獣型の骸骨が三体迫ってきている。


 ゴリラが右手を横に振り払う。人型の膝から下が氷に覆われその場に足止めされた。


 獣型が足止めされた人型をすり抜けてゴリラに迫って行く。直ぐにゴリラが獣型に向け左手を突き出す。床を走る獣型が鋭利な刃物で切り刻まれたかのようにバラバラになった。


 すると今度はゴリラの右手に火球が出現する。火球を人型に向け放つゴリラ。


 室内が一気に明るくなると腹にズシンと響く轟音と共に熱風が発生した。


 右手を前に突き出し白いワンピースの裾を熱風ではためかせるゴリラ。


 ちょっとこのゴリラ格好いいかも……。


 熱風が収まり室内が静かになるとゴリラが振り返り


「ねっ。全然問題なかったでしょ?」


 四体いた人型の骸骨を見る。膝から下が残った状態で消え去っていた。


 初めて目にした魔法による連続攻撃と魔法の威力の凄まじさに驚き過ぎて声を出せないでいると


「これでも加減はしたんだけど……、魔石がダメになっちゃったわね」


 申し訳なさそうに頭をポリポリとかくゴリラ。


 切り刻まれた獣型の骨と一緒に床に転がる灰色の魔石。本来ならば赤い魔石が灰色に変色してしまっていた。


 ゴリラの魔法で魔物と一緒に切断されてしまった魔石は、魔力が四散してしまって使い物にならなくなっていた。


 人型の魔物に関しては装備していた剣すらも消し炭と化し、魔石すらも存在していなかった。


「凄いもんだな。獣型を倒したのは風魔法なのか? 人型を倒したのは火属性最上位の燼滅じんめつ魔法か?」


「獣型は風魔法で人型は火魔法よ。どちらも中級程度に抑えたつもりだったんだけど……、上手く威力を抑えられなかったわ……」


 そう言われてみると、ゴブリンファイターを消し去った燼滅じんめつ魔法と今使った火魔法とでは火球の色が違ったような気もしたが、俺にはどちらも凄い威力の攻撃魔法にしか見えなかった。


 やはり、幼い頃から高難易度の迷宮を踏破してきたリッカの魔力は相当高いようだ。


 魔物を倒せば身体能力が上がるのと同様に、魔物を倒せば魔力も上がって行く。


 もちろん筋力や体力が上がっても攻撃手段を学ばなければ強くなれないのと同じ様に、魔力だけが上がっても魔法を上手く使えなければ強くはなれない。


 なので、リッカは今迄相当魔法の勉強をしてきたのだろう。


「試しに一階層の魔物を相手にしてもらったが、リッカの言う通り全く問題無さそうだな。ただ、魔法攻撃が凄すぎて魔物の魔石が耐えられない方が問題だけどな」


「あははははぁ……」


 また、申し訳なさそうにリッカが頭をポリポリかいていた。


 下の階層に行けばこの階層よりも強い魔物が存在しているので、リッカの魔法を喰らっても簡単に魔石が損傷する事はないかもしれないな……。 


 それに、昼食を取った店のエルフのお姉さんからは今現在この迷宮で盛んに探索者が出入りしているような階層は特にないと言っていたので、俺達が下の階層に移動して魔物から魔石の採取をしていても、他の探索者のジャマになるような事もないだろう。


「一旦外に出て他の階層に行ってみよう」


 いつもは姿勢の良いリッカだったが心なしか肩を落とし少ししょんぼりとした感じで俺の前を歩き始めた。


 う~ん、もしかしたら移動に使う魔石と宿代は自分で何とかしたいって思ってるリッカからしたら、上手く魔石を採取出来なかったので少し気落ちしてしまったのかもしれないな。


 いつもよりも小さく見えるゴリラの背中に向かって


「まあ、高難易度の迷宮の魔物を相手にしていたリッカからしたら、ここの魔物は弱すぎるんだろうから仕方ないと思うぞ?」


「うん……、今度は違う攻撃魔法を使って魔石を傷つけないようにしてみようと思う……」


 何となく、まだ元気が出ないようなので

 

「だな、それにここよりも深い階層の魔物ならリッカが加減した魔法にも耐えられるだろうしな」


「うん……」


「それと、さっきの獣型の魔石の大きさなんだが……、名もなき迷宮の迷宮主と同じくらいの大きさだったんだが……」


 リッカが振り向き「それがどうしたの?」って感じで首を傾げる。


「つまり、この迷宮の一階層の魔物ですら俺が必死で倒した迷宮主と同じくらい強いってことだろ? 更に下の階層に行けば魔物はもっと強くなるわけだが……」


 リッカが「当たり前じゃない」って感じで目をパチパチさせている。


「魔法が得意なリッカが一緒だから大丈夫だよな?」


 リッカが大きく目を見開き


「大丈夫よ! 絶対にケビンに魔物は寄せ付けないから安心してね!」


 姿勢が良くなりキビキビと歩き始めるリッカ。


 少し落ち込んでいた様子だったので、リッカを頼りにしてるぜって感じで話してみたが、どうやら上手くいったみたいだ。


 などと、考えて歩いていると迷宮の出入口に設置されている十階層毎に移動可能な魔道具に辿り着いた。


 胸の高さくらいまである石碑のような魔道具の台座に魔石を乗せる。

 すると、十階層から七十階層までの文字が浮かび上がってきた。


 後は行きたい階層に指で触れれば瞬時に移動できるのだが、リッカがすかさず五十階層に触れ一瞬で階層を移動した。


 直ぐにリッカが光る球体を発生させ辺りを明るく照らし始める。球体の光で陰影がつき、彫りの深さが際立つゴリラに


「いきなり五十階層は……、ちょっと怖いぞ!」


 十階層くらいならば、例えリッカとはぐれたとしても何とか魔物から逃げ切る自信はあったが、流石にこの階層に出没する魔物から逃げ切る自信は全くない。なので「違う階層にしよう」と言おうと思ったら、リッカの顔が怖くて思わず本音が漏れてしまった。


「大丈夫! 私を信じて!」


 目をつむり魔法に意識を集中させているリッカ。


 さっきまで見ていたはずのゴリラがやけに恐ろしく見えたのは、一気に五十階層まで来てしまった為に心理的に不安になっているからかもしれないな……。


 光の陰影で彫りの深さが際立つゴリラは、まだ魔法に意識を集中している。


 一階層でもそうだったが、階層内の構造と何処に魔物が潜んでいるのかを魔法で探っていた。


 空間魔法の一種で『サーチ』という名の魔法らしいのだが、発動させると高い場所から階層内を見下ろしたように見え、通路や部屋に存在している生き物が光る点で示されるんだそうだ。


「真っ直ぐ進んで二つ目の部屋に魔物が四体潜んでる。その部屋を抜けた先の少し開けた場所には三体の魔物が潜んでいるけど……、もう少ししたら移動してる別の魔物もそこに辿り着きそうな感じよ」


 魔物が潜んでいる場所を把握出来る空間魔法って本当に便利だよなって思っていると、リッカがスタスタと歩きながら


「今度はさっき足止めに使った氷結魔法とアースランサーを試してみるわね」


 とりあえず二つ目の部屋に潜んでいる四体の魔物の魔石を狙っているのかな? 


 アースランサーってのは何となく土属性の槍魔法ってのは想像出来るな。


 足止めに使った氷結魔法ってのはさっき人型の足元を凍らせた魔法のことなのか? 


 などと考えながら通路を進んで行くと、一つ目の部屋の扉を通過し二つ目の部屋の扉が見えて来た。


 歩きながらも光る球体が俺とリッカの頭上を浮遊しながら着いて来ているので、薄暗い迷宮内の通路が良く見えていた。


 この迷宮の壁や天井には光る苔が生息しているので、光る球体がなくても移動するのに支障はないが、やはり明かりがあると精神的に負担が少ない気がする。


 リッカが二つ目の部屋の扉の前で立ち止まると、部屋の外にまで伝わる振動と共に大きな音が部屋の中から聞こえて来た。

 

 特に警戒する様子もなくリッカが扉を開け部屋の中に入ると


「加減するのって難しいわね……」


 肩を落とし俯くリッカ。


 部屋の奥では分厚い氷の壁の中に二体の人型骸骨が氷漬けにされ、手前では先の尖った太い砂の柱のような物に、二体の人型骸骨が天井付近で串刺しにされていた。


 魔法の威力を加減したのに部屋の半分くらいを氷で覆ってしまう氷結魔法。槍というよりは柱といっても過言ではないアースランサーってのも驚きだが、それよりも部屋の外から室内を見ないで魔物を倒した事に驚かされた。


 とりあえず天井付近で串刺しにされた骸骨の魔石の状態を確認してみる。アースランサーで見事に貫かれたのか床に魔石の破片が散らばっていた。


 次に部屋の奥で氷漬けにされている骸骨に近づく。氷が硬すぎて魔物から魔石を採取する事が出来そうにもなかった。


 部屋の入口付近で肩を落として項垂れているリッカに


「部屋の外からアースランサーと氷結魔法で魔物を見ずに倒した事には驚かされたが、この硬い氷の壁の中からどうやって魔石を採取するんだ?」


「ごめん……。魔法の威力を加減するのって今迄してこなかったから難しくって、また失敗しちゃった……」


「ここの魔物が弱すぎるからいけないんだろうな。だからリッカは悪くないと思うぞ」


「うん……」


 う~ん、元気のないリッカを見ていると何だか調子が狂うな。さて、どうしたもんかな? 


 リッカは高難易度の迷宮の強い魔物と常に最大出力で魔法を使って戦っていたんだろうから、急に弱く魔法を調整するって方が難しいのかもしれないよな。


 ん? いや。ちょっと待てよ……。

 強い魔物と戦っていたのならリッカは身体能力もかなり高いはずだよな? 


「ちなみに、リッカはこの氷の壁って殴って壊せる?」


「うん……」


 やはりリッカは身体能力も高いみたいだな。何回殴れば氷漬けにされた魔石を採取出来る? あまりにも時間が掛かるようなら違うやり方を考えないとだな……。


 肩を落としてトボトボと歩くリッカ。氷の壁の前で立ち止まると何の躊躇もなく右拳を振りかぶり


「ふんっ!」


 思いっ切り拳を氷の壁にぶち当てた。


 ズシンと腹の底に響くような音をたてると、拳を当てた場所からピキピキと放射線状にヒビが広がり一気に氷が砕けた。


 おいおい……。氷の壁が少し砕ける程度だろうと思っていたのに、ゴリラの身体能力って凄まじいな……。


 室内に冷気が漂い始め一瞬身震いをするが、決してリッカの身体能力の高さに怯えている訳ではない。


 とりあえず氷結魔法で倒した魔物からは魔石を採取する事は出来たが、このやり方だと効率が悪い。


 なので、俺は革袋から記念に部屋に飾ろうとしているレア装備を取り出す。


「リッカの得意とする魔法で魔物の動きを阻害しながらこのレア装備で魔物を倒すってのはどうだろうか?」


「えっ? でもそれはケビンにとって大切なレア装備なんでしょ?」


 リッカの手を取り左右の腕にガントレットを装備させる。【伸縮】の宝玉の効果でリッカの腕の大きさにガントレットが伸縮し問題なく装備する事が出来た。


「今のリッカに必要な装備だと思ったんだ。だから使ってくれ」


 少し目を潤ませながらガントレットを装備したリッカが


「ありがとう! この装備で魔物をぶっ倒すわね!」


 ワンピースを着たゴリラがガントレットを装備して闘志を燃やしている。


 物凄く変な感じだ……。


 だが、毛むくじゃらの太い腕に装備されたガントレットは物凄く似合っていた。

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