第16話 グリーンキャニオン③


 喉が渇いたので少し休みたいと言うリッカの為に飲食店を探す事になった。


 リッカはとても機嫌が良いらしく、時折何かの曲を鼻歌交じりに口ずさんでいた。


 そんな上機嫌で軽い足取りのリッカだが、今は白いワンピースを着たゴリラだ。


 突然人族領にゴリラの姿で現れた件に関しては、レア装備が原因だとは聞いているが、それ以外の事は深く詮索しないで欲しいと言われたので触れてはいない。ただ、本人曰く見た目はゴリラだが正真正銘の魔族との事だった。


 リッカを魔族領の家まで送り届ければ俺の依頼というか役目は終わるのだが、リッカは直ぐに家には帰らず色んな場所に行って見聞を広めたいらしく、早くて一ヶ月。遅くても三ヶ月後には家に帰ると言い出した。


 そして、その間に掛かる移動費や宿泊費は迷宮探索をしながら稼ぎたいと言って来た。


 あまり気乗りのしない俺だったが、リッカは物凄く高値で取引される【蘇生】の宝玉が埋め込まれた指輪を報酬の一つとして渡して来た。


 俺のなかでは既に終わっていた迷宮探索だったが、希少価値の物凄く高いレア装備を渡されてしまった俺は、再び迷宮に赴くことを決意した。


 だが、これから行こうとしている迷宮は今迄探索していた『名もなき迷宮』よりも数段難易度が高い。


 なので、魔石屋で魔物の情報を仕入れたり武器屋に行って装備を整えたりもしたいのだが、俺の依頼主はリッカなので雇い主の意見を尊重しようと思い、先ずはリッカの喉の渇きを潤す為に飲食店を探していた。


 だが、やはり気になるので


「今ってワンピースを着用しているが迷宮では装備を変えるのか?」


「えっ? 変えないわよ。それに、今ってワンピースしか持ってないし」


「なら、装備を整える為に後で武器屋に行こう」


「えっ? ワンピースだけで問題無いしお金がもったいないから大丈夫よ」


「いや、いくら魔法が得意だからと言っても……、身を守る防具は必要だろ?」


 すると、リッカが口元に笑みを浮かべ


「これから行く迷宮は難易度が高くないんでしょ? だからこのままで大丈夫よ。心配してくれてありがとね」


 大丈夫だと言われても魔物が潜む迷宮に行くのだから絶対に大丈夫とは言い切れないんだろう。それに、もしリッカが負傷してしまったら俺ではリッカを庇いながら迷宮を脱出するのは難しそうなんだよなあ。


「参考までに教えて欲しいんだが、リッカは今迄に何処かの迷宮に挑んたことがあるのか?」


 リッカが少し胸を張り


「魔族領に四つある未だに誰も踏破出来てない迷宮は別として、それ以外の迷宮は全て踏破済みよ!」


 しっかりと確認はしていないが、確か魔族領には三桁近い迷宮が存在している。しかも、階層数は余裕で三桁を超す迷宮ばかりのはずだ。


 そんな高難易度の迷宮の殆どを踏破していると言うリッカ。見た目がゴリラなので良く分からないが、実は物凄く強い魔族なんじゃないのか? 


 目を細め口角を上げたリッカが


「な~に、信用してないんでしょ? でも本当よ。身を守るために身体能力を上げとかないと危険だから、我が家では小さい頃から定期的に迷宮に行かされるの。だからこのままで大丈夫よ」


「えっ! まさか子供の頃から迷宮に行かなくちゃいけないような環境だったとは……。魔族領には迷宮は沢山あるし強暴な魔物もけっこう生息してるって聞いてはいたが……。魔族領の人達って物凄く大変な場所で暮らしてたんだな……」


 人族と魔族との暮らしぶりの違いに驚いていると、少し困った表情を浮かべリッカが


「う~ん、うちは少し特殊な家庭事情だからなあ……。でもまあ、魔族領の住人の殆どが迷宮で魔物から魔石を採取する仕事に就いているし、子供も親と一緒に迷宮に行って荷物持ちとか色々と手伝ったりしてるから、他の種族よりも身体能力は高い傾向にあるわね。そう考えると、ケビン達の幼少期とはだいぶ違った暮らしぶりになるから、驚くのも無理ないかもね」


 俺が子供の頃に親の畑を手伝っていたのと同じで、魔石の採取をする親の手伝いを子供がしているって感じなんだろうな。


 にしても、子供の頃から戦いとは無縁な生活を送っていた俺とは違って、子供の頃から難易度の高い魔族領の迷宮の魔物と戦っていたリッカ。


 それなら、たとえ防具がワンピースだけだったとしても、これから行く迷宮も踏破出来ちゃうんだろうな。


 などと考えていると風に乗って甘い香りが漂って来た。


「ねえ、あそこのお店で休憩にしない?」


 リッカの指さす店からは甘い香りが漂って来ていた。


 店の前に出されているメニュー表を眺めていると、俺達に気づいたエルフのお姉さんがわざわざ店の扉を開けて


「何処でも空いてる席を使って下さいな」


 と言って来た。リッカを見ると一度頷き


「ここで休みましょう」


 店内に入ると壁側の席は全て埋まっていて、窓側と店の奥のカウンター席が空いていた。


 さて、どこら辺に座るかなと考えていると、リッカがグリーンキャニオンの景色を一望できるテラスを見つけたのでそこで休憩をとる事にした。


 エルフのお姉さんがコップに入った水を俺とリッカの前に置いて立ち去る。


 リッカが両手でコップを持ってゆっくりと水を飲み始めた。


 喉が渇いたって言っていたのに一気にグビグビと水を飲むのではなく、ゆっくりと飲む仕草に育ちの良さがうかがえる気がするのは、俺の気のせいだろうか? 


 コップの水を半分くらい飲んだリッカが


「少し早いけどここで昼食を取って迷宮に行こうと思うんだけど、どうかしら?」


「分かった、少し早いが飯にしよう。それで、俺は迷宮で何をすれば良いんだ?」


「戦闘に関しては全て私に任せてもらって構わないから、ケビンには私が倒した魔物の魔石の採取をお願いしたいのよね」


 難易度の低い迷宮を約三ヶ月間ほど探索しただけの俺が、魔族領に存在する高難易度の迷宮の殆どを踏破しているリッカの戦いを援護なんて出来るはずもない。それに、戦闘中に下手に動くと足手まといになりそうだ。


 なので、俺としてはちょっと情けない気もするが


「分かった、魔石の採取は任せてくれ」


 すると、リッカは笑顔で頷きメニュー表を見始めた。


 俺もメニュー表を見ながら何を食べるか考えるが、これから行く迷宮の準備を全く何もしていないので


「リッカはそのワンピースで大丈夫って事だがら防具をわざわざ新調しなくて良いとしても、迷宮内の地図は必要だかろ? だから、やっぱり後で武器屋に行こう」


「どれも美味しそうだから、迷うわね」


 メニュー表を見ていたリッカが視線を俺に向けると


「そうね……。探索者のジャマはしたくないから、どの階層に探索者が多いのかは予め知っておきたいかもね。でも、地図に関しては魔法があるから必要ないわよ?」


 ちょっと良く分からなかったので目をパチパチさせていると


「なるべく探索者が少ない階層で魔石の採取をしたいのよね……」


「なるほど、確かに獲物を横取りされたって思う探索者もいるかもだな」


「でしょ、だから探索者が集中してない階層が分かってた方が、変ないざこざも起こさなくて済むでしょ」


「それは分かったが、魔法があるから地図はいらないってのは、どういう事なんだ?」


 リッカが少し胸を張りながら


「空間魔法をある程度使いこなせるようになると、自分がいる建物の構造が分かるようになるの、でも迷宮内だと全ての階層は把握出来ないんだけど、自分がいる階層の構造だったら分かるのよ。だから地図って必要ないの」


「空間魔法ってスッゲーな!」


 思わずデカい声を出してしまった……。


 俺のリアクションを見たリッカはちょっと嬉しそうに


「それと、自分の周りにいる生き物の存在も分かるようになるから、階層内の魔物が何処に潜んでいるかも分かるようになるのよ」


「スゲーな! 魔物からの不意打ちの危険はなくなるし、魔物を探して迷宮内をウロウロする必要もないなんて、本当に魔法って便利なんだな」


 リッカが少し顎を上げニヤケている。


「それは全ての魔法使いが出来る事なのか? それともリッカが凄いから出来る事なのか??」


 目を細め口角を上げるリッカ。


「ん~、空間魔法に秀でた魔族でも私みたいに扱える者は少ないと思うわよ」


 少し顎を上げ自慢げな様子のゴリラに


「俺は魔法が使えないからリッカの凄さが分からなくて申し訳ないんだが……。魔族でも扱える者が少ないってんだからリッカって相当凄い魔法使いなんだな」


「そっ、そんな事はないわよ……」


 と言いながら、リッカはメニュー表と俺を交互に見ながら照れくさそうにモジモジし始めた。


 多分、目の前に座っているのが普通の女性だったら……、胸がときめくような可愛らしい仕草なんだろう。


 だが、今目の前に座っているのはゴリラだ……。


 なので、俺の胸がときめくような事はなかった。

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