第15話 グリーンキャニオン②


 飲食店が軒を連ねる通りを歩いていると大きな噴水のある広場に出た。


 リッカが辺りを見渡しながら


「探索者らしき人を全然見かけなかったわね」


「だな。それに武器屋も見かけなかったしな」


「そうね、魔道具と魔石を売ってる店は見かけたけど、武器屋らしきお店は見かけなかったわね。もしかしたら裏門の方に行けばあるのかしら?」


「グリーンキャニオンは迷宮よりも農作物の方が有名だからな。宿屋の人が言ってたが、訪れる人は野菜や果物の買い付けで来る人の方が多いんだろうな。それに、ここの迷宮ってあまり難易度が高くないから出現する迷宮主のレア装備の性能も高くないんだろうしな」


「なるほど~、探索者からしたらあまり稼げない迷宮って事なのね。そうなると、街の特産品でもある野菜や果物の買い付けにくる人達を優遇した方が色々と街が潤うわね」


「だな。それに、その日暮らしの生活が多い探索者よりも、特産品を求めて訪れる人達の方が経済的にも余裕があるんだろうしな」


 俺の話しを聞きながらリッカが顎に手をあてると


「う~ん。でも、魔物が迷宮から溢れるような事がないのは探索者達のお陰でもあるのよね? あまりないがろにしてたら探索者が寄り付かなくなって魔物の数が増えちゃうんじゃないのかしら?」


「街の有力者が抱える私兵隊か、街の自警団が定期的に迷宮の魔物の討伐はしてるんじゃないか? だから、その件に関しては街の外から来る探索者はあてにしてないんじゃないのかな?」


「そっかあ。うちも定期的に兵士で編成された討伐隊を迷宮に送り込んではいるけど、全ての迷宮の魔物をある程度まで討伐するとなるとかなりの日数と人数を要するのよね。だから、魔物の討伐に関しては探索者頼みなとこがあったりもするのよね」


 魔族領に存在する迷宮の殆どが高難易度なので性能の良いレア装備を求め迷宮探索者が多数活動している。なので、魔物を討伐し街にお金を落としていく探索者達を魔族領では優遇している街が多い。


「ここの迷宮は街の人達でも対応できる程度の魔物なんだろうから、訪れてくる探索者にわざわざ気を遣わなくたって大丈夫って事なんじゃないかな?」


「住人達で何とかなる迷宮だなんて羨ましいわね……」


「それに、この街は野菜や果物で潤ってるようだから、迷宮に関しては魔石の採取場としてしか機能してないのかもしれないな」


 などと話しながらしばらく歩くと、馬車が余裕ですれ違えるくらいの大きな橋が見えて来た。左右を見ると街を横断するような形で川が流れていて等間隔で大小様々な橋が架かっていた。


 川岸では桶で水を汲む人もいれば衣類や食器を洗っている人達の姿が見て取れた。


「そっか、私達だったら水魔法を使って色々と済ませちゃうけど、魔法が使えない人達からしたら近くに水源がある生活って便利よね」


「だな。俺の村では少し離れた場所にある湖から水を引いたり井戸を掘ったりしてたな」


 綺麗な川の水を眺めながら橋を渡ると、店舗や露店は減り代わりに民家が目立つようになって来た。


 二階の窓から洗濯物を干してる人族もいれば家の前で立ち話をしている獣人族と魔族もいる。かと思えば、通りで追い掛けっこをしている人族と獣人族の子供達もいた。

 

 そして、美味しそうな料理の香りが漂ってくる家もあれば、子供を叱っているのか大きな声が窓から聞こえて来る家もあった。


 どうやらグリーンキャニオンは川を境に正門側は商業区域で裏門側は居住区域になっているようだ。


 正門側のように、人がやたら多くてガヤガヤと活気がある場所も悪くはないが、喧騒から離れ穏やかな時間が流れている裏門側の方が個人的には居心地が良かった。


 そんなのどかな居住区を歩いていると、まだだいぶ距離はあるが立派な門が見えて来た。


 宿屋の人が裏門と言っていたので貧相な作りなのかと思っていたが、正門よりも丈夫そうで頑丈な作りをしていた。


「やけに重厚な門だけど、あれが裏門よね? 魔物の襲撃に備えてるのかしら?」


「もしかしたら過去に迷宮から溢れた魔物に襲撃されたか、近くに生息していた魔物にでも襲われたんじゃないのかな?」


「なるほど~。そういわれて見ると街を囲む街壁も立派な造りになってるもんね」


 リッカにつられて辺りを見渡す。


 言われて気づいたが、裏門から居住区を流れる川の辺りまで石材を使った防御壁が囲っていた。しかも、民家の屋根と同じくらいの高さがあり簡単には破壊出来なそうな強固な壁に見えた。


「あれなら魔物が街に入って来るって事はないだろうな」


「そうね、あれならこの街の住民は魔物に怯えることなく安心して生活出来るわね」


 立派な街壁を眺めつつ目的の建物を探して歩いていると、通りの角にそれらしき建物が見えて来た。


「多分、あの建物なんじゃないかな?」


「えっ? どれ?」


 リッカがどの建物か分からなかったようなので指さすと


「ふむふむ。さっきの宿屋と比べると建物は古そうね。けど、いい材木でしっかり建てられてるって感じがするし雰囲気も良さそうよ」


 などと話しながら建物に近づいて行くと、宿屋の敷地内では野菜を育てているらしく、虎の獣人族の男性が畑の手入れをしていた。


 畑を横目で見ながら通過すると、リッカが小声で


「ケビンから見て畑はどんな感じなの?」


「ちゃんと手入れされてたし、野菜も元気に育ってる感じだったぞ」


 リッカが口元に笑みを浮かべ


「出てくる料理に期待しちゃうわね」


 宿屋の一階は食堂らしく虎の獣人族の女性がテーブルを拭いていた。


 さっきの宿屋の獣人族と似ているような気もするが、どうも獣人族は顔の特徴が掴めないので同じ様に見えてしまう。


 すると、リッカが店員に近づき


「こんにちは。二部屋借りたいのですが空いてますか?」


「空いてるわよ。素泊まりで大銅貨三枚よ」


 リッカが振り返り俺の様子を窺っている。


 迷宮探索者が利用するような宿ならば、大体そのくらいの金額なので頷く。


 頷く俺を見るとリッカは店員に振り向き


「食事はいくらになりますか?」


「朝は中銅貨一枚。夜は大銅貨一枚よ」


 リッカがまた振り返る。


 食事代は高すぎず安過ぎずって感じで一般的な金額だった。問題無いので頷くと困った様な顔をしこっちに近づいて来た。すると小声で


「他に何か聞いておく事ってあるかしら? それと、部屋を借りる時ってどうしたら良いの? お金って今払った方が良いのかしら? それとも部屋を出る時に払えば良いのかしら?」


「部屋を借りるにあたって特に聞きたい事はないな。後は店によって色々だが、一般的には前払いが多いかな。ちなみにリッカはグリーンキャニオンにどのくらい滞在しようと考えてるんだ? それによって宿泊日数が変わるぞ?」


「あっ! そっか! う~ん、どうしよう……」


 顎に手をあて考えるリッカ。


 今迄に何度か目にしていたが、どうやらリッカは何か考える時は顎に手をあてる癖があるみたいだ。


「う~ん、とりあえず五日間ほど滞在しようかしら」


「ふむ。じゃあ、予約とかで部屋に空きがない場合もあるから、とりあえず今日から五日間部屋を借りたいって事を伝える。そして、連泊が可能ならば五日分の宿代を先払いしておく。他にも細かいことは色々あるが今はそのくらいで大丈夫だ」


 リッカには色々と仕度を整える為に朝食後に金貨三枚を渡してある。なので、とんでもない買い物をしていなければ五日分の宿代くらいなら問題なく払えるはずだ。


「ありがと。じゃあ、早速部屋を借りてくるわね」


 少し緊張しているのか歩き方がぎこちないリッカ。


 そういえば、いつも出掛ける時は執事かメイドが支払いを済ませていたって話していたな。あの様子だと今迄自分で部屋を借りた事がなかったんだろうな。


 そう考えるとリッカって実は物凄いお嬢様なのかな? などと考えていると、まるで何かを成し遂げた後のような物凄く充実したような笑みを浮かべ


「部屋を借りたわよ! 五日分の宿代も先払いしてきたわ! 階段を上がって一番手前の部屋とその次の部屋を使って良いみたいよ!」


 何だかとっても楽しそうなリッカの勢いに驚きつつ


「おっおう! ありがとな」


「どういたしまして! なんだか喉が渇いちゃった。少し休憩したいんだけど良いかしら?」


 やはり少し緊張していたのかな? 宿を借りれたのでホッとしたのだろう。俺達を見てニコニコしている店員に


「近くに飲食店ってありますか? あと武器屋と魔石屋って近くにありますかね?」


「店を出て右に行けば飲食店もあるし迷宮探索に必要な物を取扱ってる店も並んでるわよ」


「ありがとうございます。それと、今日は初日なのであまり遅くまで探索しないと思いますが、一応二人分の夜ご飯は取っておいてください」


「分かったわ。あまり無理しないようにね」


 するとリッカが


「よく手入れされた畑にとても美味しそうな野菜が育ってたので、今から夜ご飯が楽しみです!」


「ありがとね、今日から泊まるお客さんが、あなたの畑の野菜を褒めてたわよって、ちゃんと伝えとくわ。それと、うちは主人が調理担当だから今晩はいつもより頑張っちゃうかもよ」


ウインクする店員にリッカが


「わーお! 益々夜ご飯に期待しちゃいますね! では、行ってきます」

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