第14話 グリーンキャニオン①


 大陸全土の主要な街の正門には、四方を立派な石柱に囲まれた場所があり、中央には石碑のような魔道具が設置されている。


 魔道具の前には台座があり魔石を乗せると魔道具に街の名前が浮かび上がる。

 魔石が保有する魔力量によって移動可能な街の名前が浮かび上がるので、後は行きたい街の名前に触れれば、瞬時に遠く離れた街に転移する。


 四日分の宿代に相当する魔石を消費して、俺とリッカが訪れた先は、人族領の最南端に位置するグリーンキャニオンだった。


 目の前に広がる大草原。何処までも続く立派な山々。そして、ここからでもかなり深い事が分かる険しい谷。

 

 緑豊かな大渓谷だと話しには聞いていたが想像以上だったので驚いていると、隣で深呼吸していたリッカが


「当たり前だけど……、緑の匂いが濃いわね。それに、これだけ緑が多いと生命力というか、活力みたいなモノが溢れてる感じがして圧倒されるわね……」


 目を輝かせながら目の前に広がる景色を堪能するリッカ。

 しばらく無言で俺達は目の前の大渓谷を眺めていた。


 魔族領は緑が極端に少ない為に荒れ果てた大地のようになっている。野菜や穀物を植えても育ちが悪く直ぐに枯れてしまうのだ。


 過去に魔族領では何とかして植物や穀物を育てようと、国を挙げて真剣に取り組んだ時期があったが、迷宮の魔物の数が急激に増えてしまい、周辺の村や街が壊滅の危機にまで追いやられた事があったんだそうだ。


 なので、昔の魔族は他種族の領土を侵略する事で食糧難を凌いでいた。


 だが、大戦後からは領土内で豊富に採れる魔石を有効利用し、使用頻度の高い人族領や獣人族領に輸出するようになり、輸出先の領土からは大量の食糧を得られるようになったので、今では昔みたいに食糧難に陥る事はなくなった。


 ちなみに、魔族領で植物が育たないのには色々と諸説があり、そのうちの一つに、他種族の領土よりも迷宮の数が異様に多いので、植物が育ちにくいのではないかと言われている。


 まず、全ての生き物には生命力なるものが存在していて植物にも生命力は存在していると言われている。そして、迷宮に出没する魔物は自然界に溶け込んだ生命力を素にして生まれているのではないかと推測されている。


 なので、階層数が多い迷宮が多数存在している魔族領では、自然界に溶け込んだ生命力だけでは魔物を生み出せないので、迷宮が不足している生命力を植物から奪っているのではないか? と言われている。



 大渓谷を眺めていると、街の門から少し離れた場所に飛竜が舞い降りて来た。グリーンキャニオンから仕入れた物資を空輸するのだろう。


 この緑豊かなグリーンキャニオンは野菜や果物の名産地でもある。


 なので、複数の街に店舗を構えるような名うての商会などは、鮮度を保つ為に輸送費用は掛かるが飛竜を使っていたりもする。更に財力のある店ならば、高価な転移魔道具を購入し直接店舗間で品物を転移輸送させていたりもする。


 だが、転移させる距離や品物の重量によって魔力量が変わるので、使用する魔石の費用も変わってくる。なので、状況に合わせて馬や走竜、あるいはケンタウロスを利用して輸送する場合もある。


 改めて街の正門周辺を見渡す。


 一軒家くらいの大きさの飛竜に忙しそうに荷物を積込む者達。

 馬に藁を与えてる者達。

 馬よりも二回りほど大きい走竜の世話をしている者達。

 

 そして、弓矢や槍、棍棒といった武器、あるいは荷台の手入れをしているケンタウロス達。


 半人半馬の魔獣族のケンタウロスは、上半身は人で下半身は馬の姿をしている。荷台を引きながら戦闘が可能なケンタウロスは、輸送中に魔物や獣と遭遇しても撃退する事が出来る。


 なので、輸送で護衛を雇う必要が無いケンタウロスは、他よりも安い料金で輸送を行う事が出来るので、他の輸送方法と比べると利用頻度が多いらしい。


 ただ、飛竜や走竜といった竜種は見た目によらずそれなりに賢いので、しっかり躾けながら育てればちゃんと主人の言う事は聞いてくれるし、生物界でも頂点に君臨する種族なので、魔物や獣が寄ってこないので少ない人数の護衛で済むらしい。


 他にも、馬に羽の生えたペガサスや上半身が鷲で下半身がライオンといったグリフォンもいるが、大量の荷物を運ぶのには適さないので、主に兵士や迷宮探索者の移動手段として飼育している場合が多い。


 たまに、馬の代わりに額の中央に一本の角が生えたユニコーンに荷台を引かせている業者もいるが、非常に獰猛な性格なので人に懐く事はないとされている種族だ。


 なので、多分話題作りの為に馬に角をくっつけただけだろうと言われてたりもする。


 幾つか輸送手段はあるが様々な状況によって上手く使い分けられているので、これからも無くなる事はない職種なんだろうな……。


 すると、リッカが俺の視線の先を見て


「魔族領内ではあまり見ない光景ね」


「だろうな。魔族は空間魔法で色んな物を転移させられるんだもんな」


「そうね。強いて言えば国境付近の村や街がこんな感じだけど……。私達って基本的に魔法で何でも済ませちゃうからね」


「さて、どうするんだ? 直ぐに迷宮に行くのか? それとも泊まる宿を見とくのか?」


「大丈夫だと思うけど、部屋が取れなかったらイヤだから先に宿の手配を済ませときましょ」


 グリーンキャニオンの立派な正門を抜けると、通りに面して野菜や果物を売る店が軒を連ねて沢山の人で賑わっていた。


 人族もいれば獣人族もエルフもいる。種族的に巨人族や小人族であるドワーフは、主に鍛冶を好んで行うのであまりこういった食材を扱う店で見かけた事がない。


 ちらほらと、魔族も見かけるが他種族と比べると極端に数が少ない。やはり、魔族は自国からの魔石の輸送を行う者が多いからか、魔石屋を営んでいる者の方が多い気がする。


 ちなみに、エルフは魔道具屋を営む者が多いが、他種族と比べると回復薬や解毒剤といった薬品を扱う店を営む者も多いような気がする。


 ただ、長命族であるエルフは知識に富み知的探求心も強いので、積極的に他種族と関わり様々な知識を得ようとする者も多かったりもするので、飲食店を営む者も多かったりもする。


 野菜や果物を売り込む店の人を躱しつつ、活気溢れる通りを進んでいると、斜め後ろを歩いていたリッカが


「領内で見た事ある物もあるけど初めて見る野菜や果物ばかりね」


 一度立ち止まりリッカの歩調に合わせながら


「実家で野菜を作ってるが、俺も初めて目にする物ばかりだな」


「へ~、じゃあケビンは野菜に詳しいの?」


「どうだろうか? 多少知ってる程度だから人に自慢出来るほどの事ではないな」


「ねえ、ケビンって迷宮探索者のわりには謙虚な性格よね。腕力だっだり色んな知識をひけらかしたりして、俺ってスゲーだろう! って感じを見せないもんね」


「いや。迷宮探索なんて始めてまだ三ヶ月しか経ってないし、そもそも俺は最近まで武器屋で働いてたしな」


「じゃあ、常に一歩引いて周りを見て行動してるのは、お店の接客で培ったモノなのかしら?」


「客の機嫌を損なわないような接客を心掛けていた事は確かだが、俺はリッカがいうほど冷静に周りを見てはいないと思うが?」


「ん~、何かいつも落ち着いてる感じがするのよね。実は見た目よりも全然年齢が高かったりするのかしら?」


「あ~、それは多分世話になってた武器屋の主人がドワーフの爺さんだったからかもしれないな。大戦経験者だったから当時の悲惨な話しも聞かされたしな……。それでじゃないか?」


「なるほどね。お店の主人が経験豊富な高齢な方だったから、自然とケビンも落ち着いた性格になったのかもしれないわね」


 ニコニコしながら話すリッカを見て不意に思った事を聞いてみる。


「今更なんだが、リッカって歳は幾つなんだ? 同年代か少し上なんじゃないかと察してはいるが、まさか俺よりも物凄く年上って事はないよな?」


 立ち止まり目を見開くリッカ。


「何で私のこの肌のハリとツヤを見て年上って思うのよ! どう見たってケビンと同じくらいにしか見えないじゃないのよ!」


「すまんが俺にはゴリラの年齢を当てられる程ゴリラに詳しくないんだ」


 リッカがハッとした表情をし、急に肩を落とすと


「そうだった、今の私はゴリラだった……。今年で十九よ」


「あ~、やっぱ思ってた通り俺と同じだ。俺も今年で十九だ。それと、今更だが毛に覆われてない指先や顔とか見てみると、確かにツヤツヤしていてハリもあるよな……。リッカは健康的な肌をしてるんだな」


 胸元で指を揃えて擦りながらニコニコし始めるリッカ。


 どうやらリッカは魔法の事だけではなく、肌も褒められると機嫌が良くなるみたいだな。などと考えていると、通りの角に宿屋らしき建物が見えてきた。


「あの建物が宿屋っぽいぞ」


 指さす方を見てリッカが


「そうみたいね、部屋が空いてれば良いんだけど、とりあえず行ってみましょう」


 扉を開けるとカウンターで帳簿のような物に目を通す虎の獣人族の女性がいた。


 リッカがカウンターに近づき


「こんにちは。二部屋借りたいのですが空いてますか?」


 帳簿から目を離しリッカと俺を見た店員が


「いらっしゃい。もしかしてお二人は迷宮の探索で来たのかしら?」


「えっと、こちらの宿では探索者はお断りでしたか?」


「そんな事はないわよ。ただ、うちの宿って野菜や果物の買い付けにくる人向けの宿だから若干高めなのよね。だから裏門の方でやってる宿をお勧めするわ。あっちは探索者向けに部屋を貸してるからうちよりも良心的よ。それに、迷宮に行くなら裏門からの方が近いしね」


 リッカが振り向き俺の様子を窺っている。てっきり探索者に対して良い印象が無いので拒否されたのかと思ったが、普通に親切心で教えてくれたようなので


「色々と節約したいので裏門にある宿屋に行ってみようと思います。ご丁寧にありがとうございました」


 軽く頭を下げると店員が


「店の前の通りを左に進むと大きな噴水のある広場に出るんだけど、そのまま真っ直ぐ進んで行けば裏門よ。探索頑張ってね!」

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